魔法使い
茉莉とリリーは、クラエスの町以後、順調に西へ西へと進み、遂に国境の町『アルモナエ』に辿り着いた。
町のはずれから国境まで、子供の足でも15分もあれば行ける距離だ。
この国境はわかりやすく、川で線引きされている。4頭立ての馬車も通れる石造りの橋を渡って、そちらは小一時間も歩けば、隣国の村がある。
アルモナエにも、その村にも、軍隊が駐留してはいるが、現在、イェシカと隣国との関係は、まずまず良好らしく、一応橋のたもとには入国を管理するための小屋らしきものがあるが、軍人の姿は見受けられない。人々はその前を特に止められる事もなく行き来している。
そんな様子を、川を望む食堂のテラスから見ていた茉莉は、リリーに聞いてみた。
「ねーねー、リリーちゃん。私たちも、せっかくだから、あっちにちょっと行ってみる?」
茉莉の指差した先、川向こうの隣国コベットを見たリリーは、残念ながらと首を振った。
「あちらに行くには、マリ様といえど、出国許可証と入国許可証が必要です」
「パスポートがいるの?でもあの人達、特に何も見せてないよ?」
ふむふむと、行きかう人を眺めたリリーはすぐに理由がわかったらしい。
「あれはこの近所の人達ですよ。胸に木札のペンダントみたいな物が見えるでしょう?」
「あーそういえば。四角いのしてるね」
「頻繁に行き来する人は、一々許可証なんか見せていられないですからね。あれで十分身分証明になるんでしょう」
随分アバウトな管理に、島国育ちの茉莉は驚いたが、こんな風に陸続きでは、こんなものかとも思った。
だが、自分が少なからず、責任を負う国の警備体制は、やはり気になる。
「あんなの、すぐ偽造できそうだけど、大丈夫かな」
「おそらく、マジックアイテムでしょうね。何らかの魔法がかかっているので、偽造はなかなか手間ですよ」
「お~!マジックアイテム!という事は、魔法使いって本当にいるんだ~!」
会ってみたーい!とはしゃぐ茉莉に向かって、リリーは指をさした。
こちらでも、人に向かって指をさすのは、中々に失礼な行為だが、すっかり気安い仲となった茉莉に、リリーは最近遠慮というものを忘れている。
「ご自分が、何者かお忘れですね。私達の認識では、マリ様は偉大な魔法使いでもあるんですよ」
「…え?魔法…は使ってないよね?私」
あまりにも、目の前の闘神が意外そうな顔をするので、リリーは呆れてしまった。
「今まで、どうやってパワースポット間を移動してるとお思いだったんですか…。
それより一緒に訓練したじゃないですか!物を宙に浮かせたり、何もない所から火を出したり、水を出したり、風を吹かせたり、あれが魔法でなくて何なんですか?」
「…超能力だと思ってました…」
「チョウノウリョク…それは、魔法とどう違うんですか?」
「あれ?どう違うのかな?ほら、呪文とか唱えないし、神秘を感じないというか、MP使ってないというか…」
「だから、すごいんですよ!無詠唱魔法を使ったり、無尽蔵の魔法力を持ってるって事じゃないですか」
それを聞いて茉莉は、納得したような、しないような気持ちになる。
「それにお忘れでしょうが、私も魔法使いの端の端のはしくれです。灯明妖精は魔法で月光石を輝かせるんですよ」
「そうだった!魔女っ娘ステッキ持って毎日お仕事してるよね」
あれはすごく可愛い!とリリーの日頃の仕事ぶりを回想する茉莉だった。
それにしても、自分が魔法使いと言われてもピンとこない。まず、茉莉が魔法使いと聞いて思い浮かぶのは、某超有名長編魔法小説の主人公で、彼と自分を同列に考えるのは何か違う気もする。
その後、リリーから魔法使いについてのレクチャーを受けつつ、名物の魚料理を頬張っていると、今まさに話題にしていた魔法使いにぴったりといった風体の人物が、アルモナエ側に向かって橋を渡ってくるのが見えた。
「リリーちゃん、あの人ものすごーく魔法使いっぽいと思うんだけど、どうどう?」
黒いフード付の外套を昼間だというのにしっかりと着込み、身長ほどもある長い杖を持っている。怪しい。とてつもなく怪しい。
「え?どこですか?」
「ほら、牛を連れてるおじさんの隣を歩いてるじゃん」
ほれほれと、橋の半ばまで来たその人物を指差すが、
「ええ、おじさんは見えますが、もしかして、あの人ですか?緑の服の若い男性?別に魔法使いらしいとも思いませんが…」
確かにその人物もいるが、
「いやいや、その人と、おじさんの間を歩いてる人。黒いマントで杖もってる…」
「……黒いマント…?そんな人今見えませんよ」
その人物は、そろそろこちら側に到着しそうだ。あれほどはっきりと見えているのに、わかって貰えないもどかしさに、「ほらほら今、管理小屋の前を…」通ったでしょうと言いかけて、その人物が、木札を持っているわけでもないのに小屋の前を素通りしたのに気がついた。
「ごめ、リリーちゃん、ちょっと気になるから行ってくる。すぐ戻るから待ってて」
そう言い置いて、すぐさま店から出る。問題の人物は、あいかわらず牛のおじさんの側を歩いて、アルモナエの町に向かっている。
人の流れに乗って、さり気なく近付く。そうやって真後ろまで来ると、その人が自分と変わらない位の身長しかなく、杖を持つ手が異様に白く細いのが見て取れた。クリスティーナも相当な色白さんだが、この人物の白さは、人の皮膚としては異質な感じがする。
人通りもあるし、どうしたものかと思ったが、このまま町に入って問題を起すよりはと、民家のない所を見計らって黒い肩に手をかけた。
「すみません、入国管理局の者ですが、入国証見せてもらえます?」
掴んだ肩は、薄く、頼りなかったが、その後の行動は、機敏だった。
茉莉のハッタリを信じたかどうかは不明だが、その人は、肩にかかる手を無言で振り払うと、すごい勢いで町に向かって走り始めた。牛のオジサンは突然自分の横に黒いマントの人物が現れたかと思うと、女の子に追いかけられて走り去るのを、呆然と見送った。
「こらっ止まりなさいっ、そこの黒マント止まりなさいっ」
ネズミ捕りのパトカーのような事を口走りながら、普通に追いかけた茉莉だったが、ほどなくして易々と追いつき、今度は確実にその腕を捕らえた。
「あなた、逃げたって事は、不法入国しようとしたのね」
自称この国のセコムさんとしては、見逃せない行為だ。
相手は暴れたが、そんなものヘでもない。顔を見てやろうと、フードに手をかけた時、無言だった相手が、何か言い始めた。
言い分でもあるのかと、小声のそれをよく聞こうと耳を傾けたが、あまりに早口で、意味がつかめない。
「ごめん。もうちょっとゆっくり話してくれる?」
茉莉が相手に顔を近づけた瞬間『何か』が茉莉に向かって放たれた。ような気がした。実際には何も起こらなかったので、予定通りフードをめくった。
現れた顔は、驚愕に満ちた表情をしていたが、茉莉も驚いた。
その人は、白い肌に白い髪、真紅の瞳をした、美少女だった。あまりにも現実離れした、美麗な姿に本来の目的を忘れて見入った茉莉だったが、相手がまた何事かつぶやき始めたので、今度こそ聞き逃すまいとした、だがあまりの早口に今回も聞き取りは失敗した。
彼女の呟きが終わると、またしても『何か』を感じたような気がしたが、今回もなにも起こらない。ただ、その少女が初めて意味のある事を言った。
「お前、何者だ!どうして私が見えた」
「どうしてと言われても、普通見えるでしょう。日も高いのに」
どうしよう、これはもしや、電波さんなのかなと不安になり始めた茉莉だった。
「あの場にいた誰にも見えていなかったはずだ。私の魔法は完璧だった」
「見えてたよ、完璧に…って魔法?魔法って言った?」
「そうだ。今まで私の姿隠しを見破った者はいない」
「まあカッコウはなかなか魔法使いっぽかったけど、見えてたし…それに、今はあなたが魔法使いかどうかが重要なんじゃないから」
そうなのだ。茉莉が問題にしているのそんな事ではない。
「不法入国はダメ!ゼッタイ!入国許可証がないなら、国外退去です!」
なにしろ、クリスティーナの国に、許可なく変な人を入れるわけにはいかない。
美少女の手をしっかり握って 国境に戻るべくひきずって歩く。
「ばかな、そんな理由で私を止めたのか?」
「他にどんな理由があるかなーないでしょう?」
「……お前、何者だ」
「さっきもそれ言ってたけど、不法入国した人に名乗る名なんてありませんっつの」
ぷりぷりと怒る茉莉は、少女を管理小屋に引き渡す気満々だった。
「お前、本当に不法入国が許せないだけなのか?」
「そうよ。だからそう言ってるでしょもーっ」
「…すまない。てっきり私の命を狙っていたのかと思ったんだ。
私はシンシア・リンド。不法入国はわけあっての事だ。見逃して欲しい」
「へーじゃあ、お役人さんにそう言いなさいね!」
「お前、入国管理局の者ではなかったのか?」
しまったと思ったが、どう考えても、相手の方が悪いので無視を決め込んだ。
「まあ、私の魔法が効かないような相手が、そんなチンケな役人とは思ってもいないが、どうだろう、話だけでも聞いてくれないか?私を突き出すのはそれからでも遅くないだろう?頼む。大事な役目の途中なんだ」
話し方は変わらず、男っぽく、そっけないが、急にしおらしい態度になったシンシアという少女に、茉莉は不覚にも心を動かされてしまった。
「わかった。じゃ、話だけね」
茉莉はこの事を後々後悔するのだが、さすがの闘神も予知能力までは備わっていないようだ。




