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彼女の暗闇

Una persona non posso dimenticare

第1章 約束






私は先日、竹尾から宙也(カレ)の話を

聞かされて驚き、困惑していた。


一昨年の冬

軽井澤スキー場で偶然にも

彼の滑りを目撃した。

昨年の秋、親戚の結婚式に出席した時に彼と再會した。


偶然にも新潟の大学に進学が決まったという彼に

名香(ココ)でひと冬過ごしたら❓』と私は声を掛けた。


彼をひと冬預かろうと考えたのは、

父との『二人きりの暮らしに変化が欲しかった』と云う思ひからだ。


私自身、

名香高原と云うSKIの老舗の土地に生まれ育ち、

沢山の滑りを視てきた。

私が竹尾に声を掛けたのは

其の目が『まだ彼の滑りでは竹尾に勝てない』と感じたからである。


しかし・・・

宙也の滑りの進化のスピードは

私の予想を遥かに越えていた。

竹尾は言っていた。


「宙也はLEVANTE WORKSに所属してます‼️

名香(ココ)なら、ホームなので何とかなりますが、どこで滑りを研いたのか❓

アイスバーン(硬雪)に相当強い様子です‼️

其れと、宙也は滑ってるうちに、

SPEEDに吸い込まれて、自我を失います」


スラローム狂技の県代表にもなった竹尾が

宙也に一目置いていたのである。


『竹尾も勝てないくらい・・・

そしてSPEEDに吸い込まれて・・・』


日常の宙也は

何かと騒がしい(ヤンチャな)、竹尾達から比べると

読書好きで口数が少なくて、どちらかというとおとなしい宙也からは想像出来なかった。


ただ父 洋二は彼のことをこう言っていた。


「宙也君は内に秘めてるけど、かなりの激しさを持ち合わせているよ」


「そうなの❓」


其の時は、まだ竹尾から宙也の話を聞いてなかったから、私は軽く聞きながしていた。


「彼の読む本のなかに”アラン シリト-”の本が有った」


読書好きな父は彼がどんな本を読んでいるのか❓

氣になったのだろう。


「シリト-❓其の作家がどうかしたの⁉️」


「シリト-は英國の作家で労働者階級出身なんだ❗

彼が出した2冊の本は・・・

当時の英國で『労働者がこんな事を書くなんて』と、

かなり衝撃的な内容だったんだ、10代でこんな本を読むなんて‼️

おそらく、実家での苦しみを重ね合わせているんだろうな」


そう言っていた。



私は竹尾や父から、宙也の話を聞いて


彼に名香で、ひと冬過ごしたらと声をかけたことは


”なにかいけない事をしてしまったのではないか“


そんな思ひにとらわれた。






◆◆◆






或る日の夜。


「宙也くん、ご飯よ」


「はーい」


私の呼び掛けに、其れまで読んでいた、シリトーの

"長距離走者の孤独"を机に置いて、ダイニングへやってきた。


「また、本を読んでたの❓」


私は笑いながら聞いた。


「ええ、活字中毒なんですよ」


父も帰宅して着替えて席に座り、既に晩酌を始めていた。


「お疲れ様です」


彼は洋二に声をかけた。


「宙也くん、一杯呑るかい❓」


父は宙也が家に来てから上機嫌だった。

彼も私と二人きりの生活だったので、侘しかったのだろう。


男同士

酒の呑み方を教えたいのだろう‼️


『越後男の長っ尻』


そう呼ばれるほど

父 洋二は酒に強い。


放っておくと…

日本酒一升くらい平氣で呑んでしまうのだ‼️


“コレさえ無ければ良い人なのに“


母 麻美の嘆きが思ひ浮かび

すかさず私は間に入る。


「まだ、宙也くんは未成年だからダメよ」


「大学に行ったら、呑み會ばかりだから、今から練習、練習‼️なぁ宙也君‼️」


『ヤバいなぁ・・・』


宙也は明らかに戸惑っていた‼️


「ダメ、ダメ」


私は強く否定する。


父は彼の顔をみて苦笑した。


「さぁ、夕食よ、食べましょう」


2人に声を掛けた。

テーブルのカセットコンロに載った寄せ鍋

野菜や魚が載った皿。

唐揚げ。

ポテトサラダ。

青菜のおひたしが並んでいた。



「いただきます」


私達は声を揃えて言った。



『宙也に酒を呑ませよう』


父の顔を見ると彼に呑ませることをまだ諦めておらずタイミングを見計らっていた。


『まだ諦めてめてないなぁ‼️まったく、しょうがないなぁ・・・』


私は鉾先を変えるために宙也に話かけた。


「宙也くん、竹尾さんが言ってたのだけど、

LEVANTE WORKS TEAMに所属してるの⁉️」



「ええ、去年の暮れに、セレクションを受けたら、

どういう訳か合格しちゃったんですよ‼️自分でも吃驚してます」


「スゴイわよね‼️ねぇ、お父さん、宙也くんは才能が有るのね」



「WORKS入りなんて大したものだよ、なかなか入れないよ」


父は盃に酒を満たしながら答えた。


「まぐれ当たりですよ、これからタイヘンですよ、

あっそうだ、洋二さんにお願いがあるんです」


「お願い❓何⁉️酒の呑み方かい‼️」


父は笑って聞き返した。


「お父さん‼️其ればっかりぢゃあない‼️宙也くんに呆れられるわよ‼️」


私は『呆れながら』父に言った。



「実は今度、剣道を見学しても良いですか❓」


宙也は真剣な顔で言った。


「イイよ、どうしたんだい❓」


父も宙也の真剣な表情と

剣道の事なので、先ほどまでの柔和な表情が変わった。


「ぢつは”片手平突き“の型を見てみたいのです」


彼の言葉に父は一瞬、険しい目をして彼を見た。


「ほう⁉️宙也くん、良く知ってるね、そんな型を‼️」


『なんでそんな型を知ったのだろう‼️』


父は宙也に疑問を投げかけた。


「竹尾からオレの滑りは“片手平突きのようだ”と云われたのです。」


『片手平突きのようだ・・・』

そう聞いて父は少し考え込むような仕草を見せた。


そして

また柔和な顔に戻った。



『父はどうしたのだろう❓片手平突きって、何かあるのかしら⁉️』


私は父の考え込む仕草が氣になった。




「そっか‼️宙也君、ぢゃあ今度道場においで、片手平突きを一緒にやろうよ、教えてあげるよ、咲耶に連れて来てもらいなさい」


父は明るい声で宙也に『片手平突き』を教えることを約束した。


「ハイ、ありがとうございます、お願いします」



宙也は答えた。




「ごちそうさまでした、咲耶さんの造る料理はいつも美味しいです」


食べ終えた彼は私に笑顔で言ってから、お風呂へ入る準備で部屋に戻った。


彼がお風呂に入っている間に、

私は父に彼が言った片手平突きを聞いてみた。


「お父さん、片手平突きってどんな技なの❓」


「剣道でも実戦でも、非常に強力な技だよ‼️

でも躱されたら、剣道なら一本取られる・・・

そして真剣(ほんみ)なら確実に死が待っている」


「えっ⁉️そんな危険な技なの‼️」


「相手に突進して行く攻撃的な技だからね、

当然、突進するため、防御が後手になる❗

稽古を付けてる竹尾君が、彼の滑りを見て

『片手平突きのようだ』言うくらいだから、

宙也君は、相当激しい滑りをしてるのだろうね。」


「かなり速いって言ってたわ」


私は片手平突きの様な滑りをする彼に

父が云っていた「激しさ」が現れてると感じた。


そして私は彼に或ること(・・・・)を約束させようと思っていた。






◆◆◆






宙也がお風呂から上がり、

部屋に戻っていったのが分かった。


私は階段を上がり

宙也の部屋の扉をノックした。


「宙也くん、今大丈夫❓」



「はい、大丈夫ですよ」


私は部屋に入って

コタツを挟んで彼と向き合っては座った。


私の表情を見て彼は”ハッ“となった。


夕食時(さっき)までと違い笑顔は消え失せて、今まで彼に見せた事のないほどの、こわばった厳しい表情だったのだろう。


『咲耶さん、いったいどうしたのだろう⁉️オレ、何かマズイ事したかなぁ⁉️』


宙也は私の表情を見て、身体を硬直させた。



私は切り出した。


「宙也くん、ひとつ約束して欲しいの‼️」


「はい、なんでしょうか❓」


「丸池ABのフェイスを滑るのは、私がイイと言うまで絶対に止めて欲しいの‼️」


丸池と云う池を望む、全長約4キロのコースで

ABCの3つのフェイスと呼ばれるバーン、

Cフェイスは中緩斜面が、約2.5キロ続く氣持ち良いクルージングが出来るバーンだ。


そして彼女が云うABのフェイス。

先ずAフェイスは

平均斜度38°最大斜度43°の急斜面が、約800メートル続き、其れを降りるとテラスと、呼ばれるなだらかな場所があり、今度はBフェイスと、呼ばれる平均斜度33°最大斜度35°のギャップのバーンが約700メートルとなる。


今年は雪が多くコース整備が、出来ないためにAB共に閉鎖されていた。難コースであり、このABのフェイスを攻略出来たら名香(ココ)では上級者の証だった。


当然、

竹尾から開放されたらやろうぜと誘われていた。


「咲耶さん、竹尾達からも誘われてますが・・・」


私は其れには答えずに、自然に目が潤み、紛れもない哀しみを漂わせた声で言った。


「宙也くん、お願い、滑らないって約束して」


宙也は彼女の雰囲氣に圧されて理由(わけ)も聞けなかった。


「解りました、滑りません」


「ありがとう、約束 必ず守ってね、おやすみなさい」



私は立ち上がって、部屋を出ていった。




数日後

レストハウスに入って、休憩しようとしたら


「宙也」


竹尾が声を掛けて来た。


「どうした❓竹尾」


「今、コース整備してる先輩に聞いたら、明日からAB両フェイスを開放するって‼️明日、初っぱなから行こうぜ。」


「悪い‼️竹尾、オレはダメだ」


「どうした、宙也⁉️ケガでもしたのか⁉️」


「ゴメン、咲耶さんから両フェイスは滑っては、ダメと約束させられたんだ‼️」


「えっ⁉️理由は・・・」


「解らない、もしかするとウチの毒親から、咲耶さん何か云われたのかも・・・」


「宙也、内緒にしておくからやろうぜ‼️」


「ダメだよ、竹尾、もしバレたら咲耶さんが困るから・・・」


宙也の中に、哀しみを漂わせた咲耶の顔が浮かんだ。



翌日、竹尾達は丸池のフェイスに向かって行った。

宙也はCフェイスで基礎練習を繰り返していた。

しかし、氣持ちがノラなかった。 


「竹尾達、樂しんでるんだろうな」


今日はもう上がろうと決めて降りて、家に帰った。


「ただいま」


「お帰りなさい、ちょうどよかった、

父が錬成館で稽古してるの❗

一緒に片手平突きを見ましょう」


私はそう言って彼を迎え

荷物もそのままで私の運転するクルマで出掛けた。



錬成館に入ると凜とした掛け声と打撃音が響き渡った。

聞き覚えのある声、洋二である。

其処には普段見せている優しい洋二ではなく、

剣士としての凄味を纏った、洋二の姿だった。

宙也は圧倒された。

ふたりは洋二の稽古を見ていた。


「咲耶さん、洋二さんの動作綺麗ですね」


「宙也くん、解る❗父の剣道、私も子供の頃から剣道に打ち込む父の姿が好きなのよ」


私は瞳を輝かして言った。


『良かった、笑顔の咲耶に戻ったようだ』


練成館(ココ)に来るまで無口だった彼は

私からいつも通りの笑顔が観られた事で、

彼の中で不安が消えた様子だった。



「オレは咲耶(このひと)の笑顔をいつまでも見たい」


そう思ふ宙也だった。


洋二がふたりに氣が付いた。

面を外して柔和な笑顔で近づいて来た。


「やぁ宙也くん、いらっしゃい、声を掛けてくれたら良かったのに」


「お父さん、宙也くんがお父さんの剣道の動作が、洗練されて綺麗って誉めてたわ」


「圧巻な動作に見とれてました」


「おいおい、そんなに誉められると照れるよ」


「ホント、綺麗でした。研ぎ澄まされた動作に、

自分もこんなSKIが出来たらと思ひます」


「君と咲耶は感性が似てるのかもね❗咲耶も同じような事言うから、片手平突きを見たいのだね」


「はい、お願いします」


洋二は壁に掛けてあった竹刀を宙也に渡した。


『五行の構え』


そう言って

其の基礎、中段の構えをしてみせた。

宙也は洋二の構えを模倣した。


洋二は彼の背中に回り、所々を修正して


「これが基本の中段の構えだよ、此処から突きを発動するんだ」


そう言って洋二は、構えて氣合を発して

何度も鋭い威力のある突きを発動してみせた。


宙也は其の迫力に圧された。


「突きは腕で突くのではなく、下半身が重要❗

しっかりと自身の体重を載せるために、腰から前に出る‼️

すなわち腰から打突に入る、これは片手だろうと諸手だろうと、コレが出来ないとダメだからね」


洋二の指導が始まった。



錬成館を後にしたふたり。

私は彼とゆっくり話たい事があって

ショッピングモールにクルマを走らせた。


「宙也くん、どうだった❓何か参考になった」


「ありがとうございます、洋二さんの気迫凄いですね‼️圧倒されました‼️

非常に解りやすく説明してもらえて、参考になりました」


私は笑顔になった。


「今日はたまにはお姉さんに付き合いなさい」


「わぁい、咲耶さんを独り占めだぁ‼️」


「おバカねぇ、お茶とか映画観ませんかとか、声掛けてくれれば一緒に行くわよ」


「ホントですか‼️」


「行くわよ、父の世話ばかりで老けちゃうから、

今夜はお父さんは、錬成館の人達と宴會だから、帰って来ないから、今日は外食よ❗其の前にお茶にしようね」


ふたりはモールの中にある喫茶店に入った。


「あれ❓たしか宙也ってヤツだよな❗竹尾とツルんでる(滑ってる)、年上のイイオンナ連れてんな」


店内に竹尾の仲間、山岸が居た。

この山岸は竹尾に取り入るために

何でもする様なハイエナの様なヤロウだ。



偶然とは言え宙也にはタイミングが悪かった。

1・2回程度しか山岸には会っておらず、山岸には氣が付かなかった。

オマケに席も山岸(ソイツ)の隣しか空いてなく・・・


私達は席に着いてカフェモカと宙也はアールグレイのミルクティを頼んだ。

私は父と二人きりの生活を変化させたいと、彼ををウチに住まわせたいと考えていた。


「ねぇ、宙也くん、もうすぐ卒業ね、もしね、宙也くんが良ければ、大学はウチから通えば❓通えなくないと思ふし、この方がイイと思ふの❗どう思ふ⁉️」


山岸は宙也が嫌いだった。

宙也が来てからは竹尾(金ヅル)が離れてしまい、

面白くなかったのである。


『宙也がオンナと一緒にいること』


コレを利用してやろうと思った。

山岸は咲耶の顔は知らなかったが・・・

以前に竹尾から咲耶の話を聞いていた。

ハイエナ野郎は妙に勘が働く。

恐らく一緒にいるのが竹尾が思いを

寄せてる咲耶だろうと思った。


『シメた、オイシクなりそうだ‼️』


どう竹尾(金ヅル)に話を流してやろうと考えながら、

ふたりの會話に聞き耳を立てていた。


翌日、インフォセンターのチケット売場前で

山岸は竹尾を見かけた。


「竹尾、おはよう、Aフェイスは行ったの⁉️」


山岸は声を掛けた。


「ヤマ、おはよう、あぁ、昨日な」


竹尾は答えた。


「そうそう昨日、街で宙也を見たぜ、珍しいなぁと思った、てっきりオマエと一緒にAフェイスに行ったと思ってたわ、年上の綺麗な(ひと)と一緒にいたぜ」


「えっ、ウソだろう❓宙也が咲耶さんと、何処にいたんだよ‼️」



-そう言えば、昨日宙也いなかった、咲耶と逢うために‼️オレにウソ言いやがったのか


竹尾はまんまと山岸の策略にかかりはじめた。


『ヨッシャ‼️仕上げだな』


そして山岸(ハイエナ)

都合よく置き換えた話を竹尾に聞かせた。


「モールの喫茶店(サテン)に2人でいた、

なんかデートみたいな雰囲氣だったぜ‼️

咲耶さんって云うの❓其のひと❓

アイツに一緒(・・)に暮らそうね‼️

大学(がっこう)も、ココから通ってって頼んでたぜ」


『ハイ、コレで一丁上がり❗

竹尾(バカボン)はチョロいもんだ』


ハイエナはほくそ笑んだ。


竹尾は其れを聞いてキレた。

『宙也、よくもオレを裏切ったな‼️

何が新潟で出来た最初の友達だと・・・

タダぢゃあ置かねぇぞ』と叫んだ。


そして・・・

もうひとり

咲耶の名前に反応して、2人の話を聞いていた人がいた。







Una persona non posso dimenticare

第2章 同級生・・・






名香での暮らしもひと月になり、あっという間に2月も終わりに近くなった。



「咲耶さん、3月1日は卒業式なんですよ」



「おめでとう、ぢゃあ一度、高崎に戻るのね」


宙也は彼女がもっとよろこんでくれると思っていた。

しかし笑顔を見せた咲耶の反応は、どこか元氣のない感じだった。



「ぢゃあ、行って来ます」


「行ってらっしゃい、氣を付けてね」


明日から3月


咲耶が宙也を見送った。


宙也は高校の卒業式のために一度高崎に戻った。


ひと月近く、一緒に暮らしていて此処のところ

なんとなく彼女の氣持が沈んでいることが分かるようになった。


名香を離れる時の咲耶の表情に少しかげりが見えた事が氣になっていた。

「どうしたんだろう⁉️何か遭ったのかなぁ❓」



CELICAで高崎に向かいながら、彼女の反応が氣になっていた。

順調に高崎市に入った。当然毒家族のいる実家には寄らずに従兄の光司の使ってた部屋に行くつもりだった。


高崎驛近くのコンビニで夕飯でも買ってと思ひ、駐車場にCELICAを停めると・・・


「あっ‼️ちゅーやだ‼️ちゅーや‼️」


後ろから声をかけられた。


振り向くと同級生の古澤 ひとみが立っていた。


『参ったな、コイツかよ‼️』

宙也は内心、困ったヤツに出会ったなぁと思っていた。


「ちゅーや‼️何処にいたの❓アタシ、ちゅーやを探していたんだから‼️」


「はぁ⁉️探さなくてイイ‼️オマエに係わるとトラブルだらけだから‼️」


◆◆◆


古澤 ひとみ


高校3年間 同じクラスだった。

可愛い感じだが・・・

男に言い寄られると、簡単にカラダを許してしまう。

其のためヤロー共のトラブルが多かった。


宙也は関係は無かったが・・・

ひとみから写真撮ろうと言われて

誰もいない教室でセルフタイマーが切れて

シャッターが下りるタイミングで

ひとみが宙也にキスをした写真を撮られた。


そして数日後・・・

ひとみの彼氏だと言う全く知らない植田という先輩に呼び出され

『オレのひとみに手を出しやがって』といきなりボコられた‼️


其れ以来、ひとみには係わらないように、今日まで過ごしてきた。



「ヒドイ‼️アタシはちゅーやのこと好きなのよ‼️なのにいつも知らん顔ぢゃん」


「やめてくれよ‼️またそんな事を言いふらされて、知らんヤツから呼び出されて、ボコられたくねえ-よ‼️」


「そんな人いないわよ」


「分かるもんか‼️植田とか訳わかんねぇ男に『ひとみに手を出しやがって』とボコられたんだぜ‼️オレは」


「ウソでしょ‼️」


「ウソなもんか‼️とにかくオマエに関わると色んな男から恨まれるからイヤだよ‼️」


「アタシ、植田とは何もないのよ❗カッテに向こうが言い寄ってきたのでキモいから逃げてたのよ‼️」


「で、オレにキスしてる写真見せたのかよ‼️」


「ゴメン❗でも、ちゅーやにキスができて、アタシ幸せだった‼️」


「其のせいでヒドイ目に遭ったんだぜ‼️」


ひとみは其れには答えなかった。


「ねぇ‼️このクルマはちゅーやの❓ドライブに連れていってよ‼️」


「はぁ⁉️ワケわかんねぇ‼️

オレは帰るんだよ‼️あっ‼️オイ、なに乗り込んでんだよ」


ひとみは宙也の制止も聞かずに、CELICAのドアを開けて助手席に乗り込んだ。


「観音山上がって、夜景見ようね‼️ちゅーや、

明日で卒業しちゃうんだから、最後に宙也とデートしたいの、アタシ」


ひとみは真剣な眼差しで宙也を見た。



『仕方ない、少しドライブすれば帰るだろう』


宙也はひとみを降ろすのを諦めてCELICAのエンジンを掛けて走り出した。


「ヤッタァ、ちゅーやとデートだ‼️アタシ、ホントちゅーやにヒトスジなのに・・・ちゅーやは冷たかった」


「・・・」



『確か1年の夏にオレとひとみと急接近した。

同じグループの神戸が、やっぱりひとみに氣があって、

コクるって言っていた・・・

其れでオレはひとみから引いたんだよな』


ひとみは窓から外を眺めていた。


「だから、古澤のこと好きなヤツがいっぱいいたぢゃん、同じグループの神戸とか、古澤は人氣だったぢゃん」


宙也は言った。


「ちゅーやのバカ‼️鈍感‼️・・・」


ひとみは悪タレを放った。



ひとみは人氣があった。

或るアヰドルに似ていたこととグラマーだった。

どちらかというとオトコが、好きになる雰囲氣が漂っていた。

其のため宙也の同級や先輩そして後輩にもチェックされていた。

だから3年間絶えずカレシ(・・・)⁉️らしきオトコの影があった。


そんな話をしてるうちに展望台の駐車場に着いた。

数台のクルマが停まっていた。ちょうど、

角のスペースが空いていたのでCELICAを停めた。


そして

ひとみがしゃべりだした。


「アタシはちゅーやのことを待ってた‼️

ちゅーやがアタシを受け止めてくれたら、

アタシこんなオンナにならなかった‼️

ちゅーやのソバにいた❗ずっとちゅーやのソバにいた‼️」


「オレのせいかよ⁉️」


ひとみは宙也に腕を絡ませた。甘えた声で言った。


「ねぇ、ちゅーや、しよ‼️」


「なにを⁉️」


「セックス‼️ちゅーやとしたいの‼️」


その瞬間 咲耶の顔が宙也の胸にうかんだ。


「イヤだ‼️アトでまた、オマエのオトコだと言うヤツから呼び出されて面倒になるから‼️」


「そんなのいない‼️」


「分かんねーよ❗オマエの場合は」


ひとみは突然CELICAの助手席のドアを開けた。


「分かった、ぢゃあ、ココで降りて、ナンパされるの待ってる‼️

もしヘンなのに、ナンパされて輪姦(まわ)されたりしたら、ちゅーやのこと一生恨んでやるから‼️

殺されたら化けて出てやる」


『マヂかよ‼️コイツなに考えてんだ』


宙也はひとみに振り回されっぱなしだった。


「オマエ‼️言ってることムチャクチャだぞ‼️」


「ムチャクチャでもなんでもイイ‼️

アタシはちゅーやと一緒にいたいの‼️

もう今日しかないぢゃん‼️」


『今日しかないぢゃん‼️』

その言葉が宙也の胸を刺した。


「分かった」


ひとみの想ひに圧された。


ひとみはドアを閉めた。


「ありがとう❗ちゅーや」


なぜか彼女はお礼を言った。


宙也は

ギアを入れて

CELICAは動きだした。


そして

宙也とひとみは一夜を共にした・・・





翌朝 宙也は目が覚めた。

そしてとなりに眠っているひとみを見ていた。


ひとみが何かに傷ついていたことが宙也には理解できた。


これがひとみとの

スタートラインなのか・・・

其れともゴールラインなのか・・・

分からない。


そして

宙也もまた

とても深い場所で傷ついていた。

ひとみを抱いたことの咲耶への罪悪感が胸を刺した。

宙也のなかで咲耶への思いは夜毎大きくなっていたから。


『ヤバい、こんなこと咲耶が知ったら・・・

きっと咲耶に嫌われる・・・』




ひとみが目を覚ました。

目をこすっていた。


「おはよ、ちゅーや

好きなヒトがいるんだね❗

寝言で言ってたよ。”さくやさん“って、

また年上なのね‼️好きねぇ‼️」


「えっ⁉️ウソ⁉️」

宙也はひとみの言葉に驚いた。


「横にアタシが寝てるのに“ひとみ”って言えないの❓

1年の時の夏、アタシとちゅーやはイイ雰囲氣だったぢゃん‼️アタシ、ちゅーやがコク(・・)ってくれるのを待ってたのに‼️なのにスルーして、軽井澤の年上のオンナと付き合ってたでしょ‼️アタシ、ショックで泣いたのよ‼️

淋しかった‼️

だから・・・

ついフラフラといろんな男と付き合って紛らわして・・・氣がついたら、誰とでもヤルって『ヤリマン』呼ばわりされて‼️ちゅーやのバカ‼️

ちゅーやがアタシを受け止めてくれてたら・・・」


「ゴメン」


「“さくやさん”と付き合ってるの❓」


「片想いだよ‼️」


「そう、アタシとしちゃったから、困ってるでしょ⁉️」


「・・・」


「抱いてくれてありがとう、ちゅーや‼️

コレでアタシ、ちゅーやから卒業できるの❗

昨夜は2人だけの卒業式なの‼️ちゅーや‼️

だから心配しなくてイイよ、其の人にはナイショにしなよ」


咲耶の事を思っている宙也を氣づかう

ひとみの方が彼より上手だった。



「ちゅーや、エッチじよーずだね‼️

年上のヒトから教えてもらったの❓アタシ

今までのオトコのなかでイチバン感じた」



「えっ⁉️セックスってやっぱ氣持ちぢゃん」


其の言葉にひとみはニッコリ笑った。


「ぢゃあアタシに氣持ちがあったのね、

ちゅーやを好きになってよかった‼️

さぁ帰ろう❗

卒業式に遅れちゃう‼️

でも其の前に、最後のキスして‼️ちゅーや」


宙也とひとみはくちびるを重ねた。

そして宙也をみた。


「サヨナラ ちゅーや・・・」


ひとみはそう言った。

その瞳から涙が零れた。


最後のkiss そして 彼女の最初のなみだを見た。



ふたりはホテルを出た。


まず宙也は光司の部屋から制服を

取って来てからひとみを家の近くまで送っていった。


其れから高校から近い友達の家にCELICAを隠し学校へ向かった。


教室のクラスメヰト達は

これで最後なのでどこか淋しい雰囲氣を漂わせていた。

雪焼けした宙也を見て


「焼けたなぁ、宙也」


何人かが声をかけた。



講堂に入った。


ひとみがいた。

目が合った。

宙也にむかって

そっと手を振った。



“さよなら いつかどこかで また”




宙也は高校を卒業した。







◆◆◆






其の頃、既に卒業式を終えていた竹尾は

スキー部の顧問の村上に呼ばれ学校に顔を出した。


「竹尾君。協力して欲しい事が有るんだ」


「なんです⁉️」


「君は相沢宙也と仲良いんだろう。ぢつはバインディングメーカーのアデン社が、以前にヤツにセールスかけたけど不発に終わってね、名香(コッチ)に来てる事を知ってセールスを頼まれたのよ。成功したら勿論、僕もキミにもリベートが出るし、部の活動費にも補助してくれるって」


其れを聞いて

竹尾は"また宙也の事かよ。どいつもコイツも"と思った。

断ろうと思ったが企みが閃いた。

"見てろよ。宙也、ひと泡ふかしてやる"


「イイですよ。其れと顧問、今シーズンの納会は・・・」


彼は顧問に企ての1部を話し始めた。


竹尾は部室に入った。新しい主将の吉村がおり

「ちわっす。竹尾さん。卒業おめでとうございます」

大きな声で挨拶をした。


「ありがとう。吉村。ウチでSPEED MACHINEでバインディング(747EQ)を使っているヤツはいたっけ⁉️」


「森脇が使ってます」


「森脇に納會まで借りるから、オレのを使ってくれと伝えてくれ」


「分かりました。森脇(アイツ)喜びますよ。

竹尾さんのギア使えるなんて、でもオノヅカ命の竹尾さんが珍しいですね」


「まあね。たまには違うのもイイかなぁと・・・」


「あはは。納會樂しみにしてますよ」


竹尾は自分の使ってるロッカーからアデン747EQ ❌と書かれた函を取り出した。

吉村に「頑張ってくれ」と声を掛けて部室を後にした。

駐車場に停めた、親に買って貰ったS12 SILVAに森脇のSPEED MACHINEと747EQを入れて、学校を後にした。

家に着いてSKIと747EQを降ろして部屋に上がった。

SKIをバイスに掛けて手袋をはめプラスドライバーで、付いていた747EQを外した。

そして❌が付いた函から747EQを取り出して付け替えた。


「オレの咲耶(モノ)を盗りやがって‼️

絶対許さねぇぞ 宙也。痛ぇ目に遇わせてやる」


竹尾の心は宙也への激しい憎悪に支配された。







Una persona non posso dimenticare

第3章 ケチャップ抜きオムライス





無事に卒業式を終えて、彼はすぐに名香に帰ってきた。

私の様子が氣になっていたようだ。


家に着いて、玄関に入ると雪駄が置かれており

誰か来ている様子だと分かり


「ただいま。お客様ですか⁉️」


そう声をかけた。


喪服を着たままの私が彼を出迎えた。


「お帰りなさい」


「えっ⁉️」


私の喪服姿を見て、彼は困惑し声を上げた。


「ごめんなさい。麻美叔母さんの法事でしたか⁉️」


宙也の事を可愛がってくれた亡くなった叔母。

つまり私の母 麻美

其の法事を忘れていたかと思ひ焦っていた。


「違うわ。ちょっとね。ゴメンね。吃驚したでしょう。

部屋に上がっていてね。後で呼びに行くからね」


そう言って

宙也を2階の部屋へ上がらせた。


「ありがとうございました」


私は住職を玄関で見送り、着替えるために部屋に戻った。

グレーのニットのロングワンピースに

黒のファー付きのダウンベストを着た。

リビングで後片付けを行いひと息ついた。



階段を上がり

彼の部屋の前に行き


「コン・コン・コン」


ノックをしたが反応がなかった。


「宙也くん。入るわよ」


そう言って部屋に入ると

宙也はベッドに横になり眠っていた。

私はベッドの横に座り

何度か『宙也くん』と声をかけた。


疲れている様子だった。

ようやく私の声が聞こえたみたいで

宙也は飛び起きた。


「ゴメン‼️咲耶さん‼️眠っちゃった‼️」


私はニッコリと笑った。


「宙也くん。さっきはゴメンね。改めて卒業おめでとう」


「ありがとうございます。さっきは吃驚しました。

麻美叔母さんの法事の事を忘れてたかと思ひました。

いっぱい可愛がってもらってましたから申し訳ないと思ひました」


「母は宙也くんを可愛がってたもんね。宙也くん。ありがとう。いつも母の事思ってくれてるのね」


洋二が異動で第12師団に所属され群馬に住んでた頃、

まだ幼くて毒家族に理不尽な事で泣かされていた宙也を

私の母、麻美が不憫に思ひ陰日向で庇ってくれていた。

幼かった彼は麻美の事が大好きだった。

宙也が私を強く慕うのは

美しかった麻美の面影が私に強く残っている事も理由のひとつだった。



私はふざけて言う。


「随分早く帰って来たのね。

そんなに私と一緒にいたくて(・・・・)、すぐ帰って来たの⁉️宙也くん‼️」


笑顔を宙也に向けた。


「うん。咲耶さんのそばにいたくて、すぐ戻って来ました」


私はクスッと笑って


「ぢゃあ宙也くん。お願いがあるの。

明後日は私に付き合ってほしいの」


「イイですよ。分かりました」


「ありがとう。お昼は食べたの❓」


「まだです」


「何が食べたい❓」


「ぢゃあ、ケチャップ抜きのオムライスが食べたいです」


「母がよく作ってくれたケチャップ抜きポークライスの❓」


「そう、アレです。オレ大好きなんですよ」


「そういえば宙也くんったら小さい頃、

母がオムライスを作るとスプーンで卵焼き捲って、

ケチャップライス❓を確認してたよね‼️

そしてケチャップ抜きと分かると

『何でケチャップライスぢゃあないの❓』って

拗ねて母に文句言ってたわよね‼️

母に『ケチャップライスなんておこちゃまなのよ‼️

宙ちゃんはもう大人(・・・・)だもんね』って諭されてたわよね‼️

現在(いま)は大人になったの⁉️宙ちゃん‼️」


私はそう言って笑いながら

宙也の寝ぐせの付いた髪の毛を撫でた。


其のことで

彼のドキドキが伝わる。


“何かが変わりそうな予感⁉️”


其のシンパシィをふたりは感じていた。


宙也の目 すこし怖かった。


-もし抱きしめられたら どおしよう-


私は立ち上がった。


「ぢゃあ、其のケチャップ抜きのオムライスにしようね」


「ハイ」


私はキッチンに降りて行った。




◆◆◆




3月に入りすっかり

春が近づいて来た名香

其の日も雲ひとつない碧い空だった。


珍しく3人揃って、朝食のテーブルに着いた。

父が私に聞いてきた。


「今日行くのか❓」


「うん、行って来るわ。そろそろ一時閉鎖になりそうだから」


「氣を付けてな」


「宙也くんが付いてくれるから、大丈夫よ」


彼は何の事か解らずに2人の會話を黙って聴いていた。


「ごちそうさま」


そう言って食べ終わり


部屋に戻った彼は届いた大学の資料に目を通してた。

私は朝食の後片付けが終わり2階に上がっていった。


「宙也くん、手伝って欲しいの」


宙也に声を掛けた。


ふたりは一緒に納屋に入った。

私は奥からSKIを取り出して来て宙也に渡した。


「ハイ コレ」


「咲耶さん。滑るんですか⁉️」


宙也は驚き聞き

そして彼は私のSKIを見て吃驚していた。


フランス ミラージュ社の

上級モデル ” スーパーヴィラージュ“だったから。


「咲耶さん。コレ、使っていたんですか⁉️」


「私も名香(ココ)で生まれ育ったから、少しはね。

ホント久しぶりに出したわ」


ふたりは納屋を出て、彼は陽が入って明るいサンルームで

ヴィラージュの状態を診た。

エッジに少しサビが浮いていた。


そして私は彼にいった。


「宙也くん。今日、私と一緒にAフェイスに付いて来て」


「えっ⁉️」


彼は驚いて私を見た。

私は真剣なまなざしで彼を見た。

彼は私が本氣な事を理解して


「この状態だとちょっとキツいな」


宙也は呟き

ヴィラージュを持って

サンルームのサッシを開けて

置いてあるサンダルを履いて外に出た。

テーブルに掛けてあるバイスにヴィラージュを掛け、

そして一度、部屋に戻りメンテ道具を持って来た。

まずサビ取り液をエッジに塗り、

暫く経ってからワイパーで拭き取った。サンドペーパーの800番で軽く磨き、次に1000番のペーパーで整えた。

フィニッシュにエッジシャープナーを使った。


そして彼は私に振り向きこう言った。


「良いSKIだから、大事にしないとね。咲耶さん」


私の瞳には宙也が元カレの裕之に被って見えた。


『良いSKIだから、大事にしないとな。咲耶』


其れは裕之がヴィラージュをメンテしてた時に、

私に言った言葉と同じだった。



「裕之‼️」


其の瞬間、私の瞳から涙が零れた。







Una persona non posso dimenticare

第4章 彼女の暗闇







ピステに向かうCELICAの車内も重苦しい感じだった。

私は助手席で、うつむき加減で黙っていた。


涙の訳は訊ねてはいけない。


『ふたりの距離を今以上に遠ざける』


宙也はそう思っていた様子だった。


正面玄関ゲートの車留めで、荷物を降ろした。

「ぢゃあ着替えたらインフォセンター前でね」

そう言って彼はCELICAを駐車場に置きに行った。


更衣室で

白ベースに花がプリントされてファーの付いた

ウェアに着替えた。

数年ぶりのウェア姿を鏡に映した。

「さぁ、行こう」


既に着替え終えて

私を待っていた彼の前に。

すこし離れた所で花束を抱えた女性がいた。

それは私が事前に依頼していた

カサブランカの花束を持った花屋のスタッフも待っていた。


スタッフから花を受け取った。


「さぁ宙也くん、行きましょう」


私は彼に言った。


「えっ‼️Aフェイスですか⁉️」


「そうよ」


「咲耶さん。滑るのは久しぶりでしょう。

其の前に少し慣らしてからにしましょう」


「大丈夫よ。私もココで育ったのよ」


「ダメですよ。危ないです」


「心配しなくても大丈夫よ」


「ダメですよ。ダメ。この温度だと、雪崩にやられる可能性が・・・」


宙也は私を行かせてはならないと思っている。


「いいわ。私独りで行くから」


「行かせられません」


宙也は2人のギアをスキーホルダーに

置いて鍵を掛けて其の鍵を持っていた。


私は彼にはじめて厳しい命令口調で言った。


「宙也、鍵渡しなさい」


宙也はなんとしても直接Aフェイスに行こうとする私を止めようとしていた。


「ダメです。ブランクがあって、

ましてや43°の急斜面ですよ。

雪崩が起きたらどうするんです‼️ダメですよ」


「宙也。邪魔しないでよ」


「オレはプロです。危ないと解っていて・・・

咲耶さんを行かせる訳にはいきません」


「私は行かなければならないのよ‼️宙也」


「咲耶さん。なぜです⁉️どうして、そこまでして行かなければならないのですか❓」



センター内にふたりの声が響きわたった。


其の声の主の中に

言い争う女性の声が幼なじみの私の声だと氣付いた、

センターに勤務する幼なじみの塚本しのぶがやって来た。


「咲、其のコの云う通りよ。

あの件以来スキーから遠ざかっているのでしょ。

危ないわ」


「しのぶ」


私は声の方に振り向いた。


「キミは⁉️」


しのぶは怪訝そうに宙也に声をかけた。


「従弟の宙也です」


「そう従弟なのね。ねぇ宙也君。咲は私に任せてくれるかなぁ」


「分かりました。お願いします」


彼の声に安堵が浮かんでいた。




◆◆◆




彼はセンター内のレストハウスに向かって行った。


私はしのぶと事務所に入り、ソファーに座った。


「咲、氣持ちは解るけれど、少し落ち着いて。

ABフェイスは今年は雪が多すぎて、

彼の云う通り雪崩の危険が高いのよ。

暖かくなってるから一時閉鎖しようって話が出てるの」


「だから今、行っておきたいのよ」


「でも少し慣らして」


「しのぶ。いいの。私、雪崩に遭っても構わないわよ。

そうすれば裕之(あのひと)のところに逝ける(・・・)から」


-なんてことを考えてるの-

しのぶは天井を仰いだ。


「そう、そこまで考えているのね。さっきの従弟のコなんて言ったっけ❓」


「宙也よ」


「カレ。何処か雰囲氣が裕之に似てるわね。

あのコ、咲の事が好きよね」


「宙也の私への氣持ちは解っているわ」


「咲、裕之のところに逝くのにあのコも巻き込むのね」


しのぶはズバリ突いてきた。


「・・・」


「あのコ、咲に付いて逝くわよ」


「ちゃんと言い聞かせるわよ。宙也は私の言う事なら、

ちゃんと聞くから」


「ムリよ。咲を止められないと解ったら、

黙って笑って咲に付いて逝くよ。

あのコはそういうコだよ・・・

あのコの氣持ち解らないの❓咲」


「・・・」


「憧れの咲耶(ひと)と・・・

一緒に逝けるのだから、あのコにとっては幸せかもね」


「止めて、そんな言い方しないで‼️

宙也(あのコ)にはSKI(才能)があるのよ」


「其の才能を咲、貴女の手で奪うのよ。

裕之がそんな咲を見て喜ぶと思うの‼️」


「・・・」


泣き崩れてる私に彼女は続けた。


「咲、Aフェイスに行くのは構わないわ。でも、必ず帰って来て頂戴ね。私も咲ともっともっと一緒にいたいからね」


しのぶは事務所を後にして

レストランの宙也の元へ向かった。


「宙也くん」


宙也は声を掛けられ不安そうに立ち上がって

しのぶに聞いた。


「しのぶさん。咲耶さんは⁉️」


「大丈夫よ。落ち着けば、ちゃんとキミの云う事を聞くわよ。宙也くん、お願いね。私の大切な友達を、咲を護ってね。キミなら出来るから」


「ハイ‼️必ず」


「頼むわね」


そう言ってしのぶは事務所に戻って行った。



ひとしきり泣いてから私は宙也の元に行った。


「宙也くん。まずどうすればイイの❓」


私の其の言葉に彼は笑顔になった。


「咲耶さん。時間が無いからCフェイスでショートスウィングで一氣に降りて下さい。ロングターンをしてはダメです。一発で決めましょう」


私達はCフェイスに向かうリフトに乗った。

リフトを降りて、スタッフに

カサブランカの花束を預かって貰った。


「咲耶さん。いいですね。ショートスウィングのみです。斜滑降が入るロングターンは雪崩を起こす危険があるので入れてはダメです」


そこから私は先に滑り出した。



初めて見る私の滑り。


「おねがい。宙也。私をAフェイスに行かせて‼️」


滑り降りた私は祈るように彼を見た。


「やはり名香で暮らすだけあって上手いです」


宙也は笑顔で言ってくれた。


「これなら大丈夫です。行きましょう。咲耶さん。Aフェイスへ」


私を待っている間に彼はいろいろ想定をしていた様子だった。


-自分はもうどうなってもイイ‼️私さえ守れれば-


おそらく私を止めても訊かないだろう。そう考えていたと思う。




『もし雪崩たら、オレが盾になって咲耶を護ってやる』


宙也は私のために悲壮な決意をしていた。




ふたりは先程のCフェイスのリフトスタッフから

花束を受け取り、彼女は折り畳みのディパックを

取り出して花束を入れて背負って、

Aフェイスに向かうリフトに乗った。


コース脇を見ると、所々で小規模な雪崩が起きていた。

リフトを降りるとスタッフから

「氣温が高いので氣を付けて下さい。もうお客様達が降りたら閉鎖になります」と言った。

滑り出しから43°の急斜面。

下を見ると云うよりのぞきこむと言った方がいい。


「宙也くん。半分くらい滑ったところに一際大きい木が在るでしょう。あそこで止まって」


「分かりました。ディパックはオレが背負いますね」


彼に花束の入ったバックを渡した。


「湿雪で始末が悪いです。あまり雪面を刺激しないで、スキーの反発力を活かしてエアターンを重視して下さい。

先に行きますね。見てて下さい」


そう言って彼は斜面に飛び込んだ。

彼は脚を抱え込み切替、脚を伸ばして荷重をすると、

SKIがしなり其の反発力を活かして、

再び今度はSKIが雪面を離れ空中で切替が出来る。

こうしてなるべく雪面に触れない様にして咲耶の指定した場所へ降りて行った。


私は彼の滑りを見て手本にした。

的確な斜面状況を判断する彼に私は驚いた。

斜面には所々にクラック|(亀裂)が入っている。

いつ雪崩が起きても不思議ではなかった。


いつもなら私の言う事を素直に聞く彼が

あれだけ抵抗した理由が、こうしてこの

Aフェイスを滑る事でよく解る。


クルージングが出来るCフェイスを

ショートスウィングのみで滑らせたのも

この難度の高いAコースを

私に安全に滑らせたい。

全ては私の願いを叶えるために。

彼は若いけど本当にプロフェッショナルだと思える。

そしてその優しい心音と彼の思ひを理解した。


樹木の場所に着いた。


「ふう」


安堵の息が出た。


「大丈夫⁉️」


彼は相当心配してたのだろう、汗が吹き出ている。

私は彼の汗をバンダナを取り出して拭いてあげてから、

彼が背負ってるパックから花束を取り出した。

そして樹木の雪で埋もれてる根元に置いた。


裕之(・・)来たわよ」


私は樹木に向かって語り掛けた。


宙也は驚いて私の顔をみた‼️



私は宙也に語っているより独白と言った形で

裕之との事を話し始めた。


高校の同級生だった裕之に恋して、

願いが叶って付き合いだした。

いつも一緒に過ごしていた。

夢を語り合い、肩を寄せて励まし合っていた。

高校を卒業して、

裕之は私と一緒になる目標のために新潟市の會社に勤めて

私は裕之のお嫁さんになること夢見ていた。


そして・・・

其の年の冬も雪の多い冬だった。


名香に帰省してて

久しぶりに友達とSKIをすると言って

Aフェイスに入ったの。

友達が降りて来るのを待ってたら

満足に滑ることの出来ない未熟なスノーボーダーが

ココに入って来て、ターンが出来ずに

グズグズしてるうちにクラックが入って

大規模な雪崩が起きて

裕之は呑み込まれてこの樹木に激突して亡くなったの。

アナタと同じようにSKIが大好きで

アナタと同じように・・・

私は・・・

私は・・・

そこからは言葉が続かなかった。






宙也は

泣き崩れる彼女に声をかける事も出来ずに・・・

彼女の暗闇をただ見つめようとした。

本当の痛みは誰にも触れられない。

彼女の心には裕之を喪って以来ずうっと、

哀しみの雪が降り積もり続けていたのだった。










continuare














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