2023年10月10日ー2023年10月17日 十五日分 言葉の不可逆性
「あの時こんなことを言っていないければ、あたしは彼と付き合えたのかしら」
そんなことをこぼしながら、一人さみしく道を歩く。どんどん景色が後ろに下がっていく、何もない空を見上げながら歩いていく。水たまりに片足を突っ込んだままあたしは歩く。
『あんたらなんかにあたしの何が分かるのよ……』
あたしはほかの人から見たら異常者だといわれるような人間だ。だから、生まれてこなければよかったなんて思ったことはない。ただ後悔はしている。もっといい生き方があったんじゃないかと思ってしまう。
コツンと音のなる階段をのぼりながら、コンビニで買ってきた缶ビールを取り出す。プルタブを開けて中身の液体を飲んで、勢いよく口から、吐き出す。記憶、脳というものはよくできている。大好きだった思い出の味は、何年もたっても忘れられない。
苦くて、苦くて、口の中ではじける泡、鼻を通るアルコールの匂い。思い出と深く結びついてるこれは、いつになっても消えない。飲もうとして、そのたびに口から、吐き出す。
時間がたてば炭酸のなくなる飲み物と違って、あたしの思い出は全然なくならない。一度口から出たものを、また口にすることは基本的にできないし、仮に戻せたとしてもそれは全然違うものになっているだろうし。
『僕じゃ、木俣さんの気持ちに寄り添えないから』
目の前に広がる、大量の水で埋め尽くされた景色を見ながら、あたしはまたそこに飛び込もうとしていた。今日こそビールを飲んで、ここに飛び込もうと考えていた。だが、ここに来るまで何度飲んでも、何度も飲もうとしてもこの口から出てしまった。だから今日も飛び込むことができない。
彼の言いたいことはわかる。彼は優しいから、あたしを傷つけたくなかったからそういったんだって、あたしは知っている。そう理解をした。だというのに、まだビールが飲めない。もしかしたら、彼もあたしを理解できないだけだったのではないかと考えてしまう。そのたびにあたしのハートを殴った。
自分の考えていることにあたしは嫌気がさす。なんで信じられないのか、なんでまだ飲み切ることができないのか。体の向きを水で埋め尽くされてた地上から、金属でできた地面に移す。ああ、できなかったと考えながら、コンビニで買ったアイスを口に含む。
口に入る、何にもなかったころの味。溶けてなくなるその前に、あたしはまた吐き出した。