【御礼SS】パンケーキにはベーコンですわ!
2023年9月27日、日間総合ランキングで74位、恋愛54位と100位入りすることができました。皆様のご声援のおかげです。どうもありがとうございました。また誤字報告もありがとうございます。100位入りを記念してショートストーリーを追加しました。楽しんでいただけたら幸いです。
王立高等学院内にある学食。いつもの定番メニューに加え、月替りで特別メニューを提供しているが、今月は《パンケーキ月間》だ。
《パンケーキ月間》初日の今日、ランチタイムもほぼ終わる時間帯のためか、利用者の影もまばらになっている。
その中でひとり座ってメニューを睨んでいる男子学生がいる。リムルノア大使令息。グレーに近い銀髪、薄いグレーの瞳を持つイケメンである。
そして通路側の席に座っているリムルノアへと、しずしずと近づく令嬢がひとり。
「リムルノア様、ごきげんよう」
優雅に淑女の礼を軽くとるこの令嬢は、オーレリア侯爵令嬢。辺境の国境を守る辺境侯の御令嬢だ。
「あ、ああ、リア……じゃなくてオーレリア様、ご機嫌麗しく」
リムルノアも席を立ち、軽く頭を下げる。
オーレリアはにこやかに微笑んでいるが、目が笑っていない。キッ!と氷の令嬢視線でリムルノアをひと睨みしたあと、軽やかにターンを決め、通路を挟んだ反対側の席の通路側にしとやかに着席する。
通路を挟んで並んで座る。これがこの二人の定位置なのである。
王都の邸宅が隣同士だったリムルノアとオーレリアは、いわゆる幼馴染という間柄だ。同い年ということもあり、幼い頃は毎日のように一緒に遊んだものだ。
幼い頃は人と接するのが苦手だったリムルノアだったが、オーレリアはぐいぐいと有無を言わさず自分の遊びに巻き込んだ。
危険な辺境の地で育ったオーレリアの遊びは実践的だった。木の枝を剣に見立てた剣士ごっこ。木に登ってつくる秘密基地。おやつ確保のために厨房にこっそり入る潜入捜査ごっこ。
本の虫と家族から呼ばれ、書庫に引きこもる生活を送っていたリムルノアは、オーレリアのおかげですっかり活動的で元気な少年に変身した。
そんな二人の関係が変わったのは、オーレリアがジェスト王子の婚約者になってからだ。
それまでは互いにリムル、リアと愛称で呼び合っていたのに、リムルノア様、オーレリア様と呼び合うようになり、オーレリアが王子妃教育で忙しいこともあって、顔を合わすこともなくなった。
リムルノアは父親の大使から「オーレリア様はもうジェスト王子の婚約者になったのだから、お前は自分の立場をよくわきまえないといけないよ」と言われ、釘をさされている。
それもあって王立高等学院に入ってから、またオーレリアの姿を見られるようになり内心嬉しかったものの、自分から近づくのは控えていた。
なんとかオーレリアに近づく手段はないものか、周囲におかしな目で見られず、自然な形にするにはどうすれば……。
リムルノアがあれこれ悩んで眠れぬ夜を過ごしたというのに、例によってオーレリアはポン!と解答を導き出した。
それが、この通路を挟んで隣に座るという形だ。
初めてオーレリアがその席に座ったときは「なるほど!こういう手があったか!」と思わぬ解答を提示され歓喜したが、すぐに「くそ、またリアに先を越されたか……なにやってんだ俺、情けなさ過ぎる」とかなりへこんだ。
オーレリアに近づくことはできたものの、新たな問題が発生した。父に釘をさされているリムルノアは、自分から話しかけることができないのだ。
そしてジェスト王子の婚約者という立場であるオーレリアも、婚約者以外の男性にみだりに話しかけることはできない。
せっかく近くにいるのに声もかけられないなんてと、頭を抱えたリムルノアだったが、当然のようにオーレリアがスパッ!と道を切り開いた。
「ああ、本当に残念ですわ。どこかの誰かさんのおかげで、《王国の歴史Ⅱ》の試験で一位を取り損ないましたわ」
「えっ!?えっと……」
急にオーレリアに話しかけられたと思ったリムルノアは、あたふたした。そんなリムルノアの方に視線を送ることもなく、オーレリアは前を向いたまま、こう言った。
「独り言ですが、なにか?」
「……いえ、なにも。ご自由にどうぞ」
独り言である。
決してリムルノアに向けて話しているのではないのだ。リムルノアもさっそく、この解決策を使わせてもらう。
「ぼっちは独り言をよく言うらしい」
「なんですって!?」
《ぼっち》と言われ、思わず気色ばむオーレリアのほうを見ることなく、リムルノアもこう言った。
「独り言ですが、なにか?」
「ふんっ!銀髪ガリ勉」
「はぁ!?」
「独り言ですが、なにか?」
このときから、通路を挟んだ席に並んで座り、独り言を言い合うという二人の独自スタイルが始まった。
またまたオーレリアが先に問題を解決してしまったことに忸怩たる思いはあれど、人というのは慣れる生き物なのである。
幼い頃より常にオーレリアに先を行かれてきたリムルノアは、一晩、壁にガンガンと頭をぶつけては部屋の中を手負いの熊のように歩き回った上で、朝まで剣の素振りをして気持ちを落ち着かせた。
そして今日である。
《パンケーキ月間》初日、独り言を言い合いながら給仕に注文をし、同時に出てきたメニューは……パンケーキだった。
リムルノアのパンケーキは、バナナの薄切りとチョコレートシロップがかかったチョコバナナパンケーキ。生クリームも添えてある。
細身のイケメンのくせに、リムルノアは甘いもの好きだ。
一方、オーレリアがなにを選んだかというと、プレーンなパンケーキの横に分厚いベーコンとソーセージ、黄金色のハッシュドポテトという辺境スタンダードだ。
「やはりパンケーキに合うのはベーコンですわね。それも分厚くないといけません」
「パンケーキにはバナナとチョコだな。チョコが染み込んだところが旨い」
「「独り言ですが、なにか?」」
「「ふん!」」
パンケーキの好みについて、あーだこーだと独り言を言い合いながら、リムルノアもオーレリアも競うようにパンケーキを食べていく。
オーレリアは家訓として「常在戦場。いついかなるときも気を抜いてはならない。食事も正式の晩餐会などを除き、通常は手早く食べるように。次にいつ食べられるかも分からないのだから」と常日頃、父や祖父から薫陶を受けているため、食べるのが早い。
リムルノアは幼い頃よりオーレリアに合わせて食べていたため、自然と早くなった。
ふたりともマナーはしっかりしているので、傍から見ていると上品な食事風景なのだが、速さがおかしい。
まるで倍速で流れているように見える。
チラリとリムルノアの皿を確認したオーレリアは、若干、自分がリムルノアより遅れていることに気がつく。
先手必勝。オーレリアの判断と行動は早かった。
スクッと立ち上がると、一歩通路に出て淑女の礼をとる。
「学院長、ご機嫌麗しく」
「えっ!?学院長?」
淑女の礼をとるオーレリアを見て、王立高等学院の学院長が来たのだと思ったリムルノアは、慌ててナプキンで口を拭うと立ち上がり、軽く頭を下げる。
「学院長、ごきげんよう」
「……」
返事がない。
おかしいとおもったリムルノアが頭を上げてみると、学院長どころか誰もいない。
反射的にオーレリアを見ると、先程までしとやかに淑女の礼をとっていたオーレリアがいない。振り返ってみると、ドレスを両手でつまんで令嬢らしからぬ速さで小走りに進むオーレリアの姿が見えた。
その先には、学食のカウンター。
「しまった!騙された!」
慌てて走るリムルノア。オーレリアの脚力も相当なものだが、いかんせん今はドレス姿。どうしてもリムルノアのようには走れない。
オーレリアを追い抜き、カウンターに先に着いたリムルノアは、息も荒いままにカウンターの中にいる人影に声をかけた。
「パンケーキのお代わりを頼む!」
ついでカウンターに着いたオーレリアも、注文を飛ばす。
「私にもパンケーキを!」
注文したのはリムルノアが先だが、パンケーキをつくる手間を考えればオーレリアにも十分に勝算はあった。なにせ辺境スタンダードはパンケーキに手早く調理済のベーコンなどを乗せるだけで出来上がるのだ。
まだ負けていない。
カウンターの中の人影が近づいてきて、ふたりににっこりと微笑む。分厚いぐるぐるメガネにお下げ髪の少女だ。学院生のバイトだろうか?
「本日のパンケーキは、好評のため売り切れとなりました」
「「ええええええ!」」
がっくりと下をうつむくリムルノアとオーレリア。幼い頃より続く《パンケーキ競争》、今回は引き分けのようだ。
「今回は引き分けのようですわね」
「そうだな、次は勝つ!」
そう言いながら、思わず互いの目を見てしまい、幼い頃の熾烈な争いを思い出したふたりは、どちらからともなく笑った。
「ふふふ、相変わらずですわね、銀髪ガリ勉」
「あはは、淑女にあるまじき早食いだな、ぼっち姫」
「「……」」
「「独り言ですが、なにか?」」
互いを見ながら独り言を言い合うふたりに、のんびりとバイトの少女が挨拶するのであった。
「またご贔屓に~」