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最終話:また先を越された僕の話

 その日、僕はひとりで書庫にこもって本を読んでいた。外交官として働く父上について家族でこの国に来たのは、ごく最近の話だ。


 なんでも父上は出世したらしく、今回は大使として赴任しているらしい。これの意味するところは、僕はこの国でしばらく生活しなくちゃいけないってこと。


 元々、人と接することが苦手で、部屋に引きこもって本を読んでいることが多い僕だ。住んでいる場所が母国だろうが他国だろうが関係なかった。


 まだ家庭教師も決まっていなかった僕は特にやることもなく、書庫で本ばかり読んでいた。少しは外に出たらどうかと母上に言われたが、のらりくらりと誤魔化して逃げていた。


 本を読んでいる僕の耳に、なにやら騒がしい音が聞こえてきた。沢山の人が道にいるようで、ざわざわしている。



 「リムルノア坊ちゃま、お隣の辺境侯様のお屋敷に、どなたかが到着されたようですわよ」



 僕の侍女兼子守役のアンナが色めき立って窓から外を見ている。



 「まあまあ!辺境侯の騎士団の方もたくさんいらしてますわ!なんて素敵なんでしょう!」



 アンナの熱気についつい僕もつられて、窓際に立つとちょうど馬車からひとりの女の子が降りてくるところだった。年頃は僕と同じくらいだろうか。


 栗色の髪をした可愛らしいその子は、大柄な騎士にうやうやしくエスコートされるのを当然のようにしていて、小さな貴婦人のようだった。



 「辺境侯のお嬢様ですよ。オーレリア様とおっしゃるそうです。なんて可愛いんでしょう!」



 出迎えた人々に淑女の礼をするオーレリア様は、左手になにかを持っている。あれは本?可愛らしい小さな貴婦人が本を片手に持っていることが意外だった。本を持ち歩くほど読書が好きなら、もしかしたら僕とも話が会うかもしれないなと思ったけど、すぐ知り合う機会なんてないと気がついた。


 その日の夜、さっそく辺境侯に挨拶に赴いた僕の両親は、帰ってくると僕にこういった。



 「今回は辺境侯夫人とオーレリア様のお二人で王都まで来られたんですって。社交シーズン中はこちらに滞在なされるようよ」


 「オーレリア様と同い年の息子がいるといったら、ぜひ遊びに来てくれとおっしゃっていたぞ。リムルノアも書庫に引きこもってないで、たまにはお隣にお邪魔したらどうだ」



 分かりましたと答えたものの、どうやって遊びに行けばいいのか僕には分からなかった。


 翌日から僕は、この難問に取り組んだ。いつものように書庫にこもったが、本は読んでいない。隣家に遊びに行く方法を考えているのだ。


 まず先触れを出して、相手の都合のよい日を聞かないといけないだろう。いや、手紙で聞いたほうがいいだろうか。訪問するにも手土産は必要だろう。うーん、女の子が喜ぶものなんて思い浮かばない。


 そうだ、着ていく服も用意しないといけないな。アンナに用意するように言っておかないといけない。


 そんなことを考えていた僕の元に、アンナが慌てふためいてやってきた。



 「坊ちゃま、たいへんでございます!お隣のオーレリア様が坊ちゃまを訪ねておいでです!」


 「はぁ!?」

 


 僕が慌てて玄関に行こうとすると、「そっちじゃありません!」とアンナは裏手の庭の方へ僕を引っ張っていく。


 なんで庭に?と思いながら、邸の裏手に広がる庭に出てみると、なぜかそこに白いワンピースを着たオーレリア様がいた。驚く僕に彼女は美しい淑女の礼を披露してくれた。


 


 「お初にお目にかかります。オーレリアでございます」


 「あ、えっと……リムルノアです」

 



 固まっていた僕を後ろからアンナがつついてくれて、なんとか挨拶することができた。

 



 「こちら、手土産ですわ」

 

 


 そういってオーレリア様が渡してくれたのは、二本の木の枝だった。なんで木の枝?

 



 「えっと、これは……?」

 



 なぜか二本の木の枝のうちの一本を手渡された僕は、どうしていいか分からずに戸惑っていると、オーレリア様は木の枝を剣のようにかまえた。

 その構えは可愛らしいワンピース姿にはまったくそぐわないものだったけど、とても美しく、ピタリと決まっていた。

 



 「領地から王都まで長旅でしたので、訓練があまりできておりませんの。お付き合いくださいませ」


 「えっ!?ちょっと待って!僕は剣とか持ったこともなくて」

 



 僕の返答にオーレリア様は構えを解き、「まあ、そうでしたの?」と可愛らしく小首を傾けた。自慢じゃないが僕の家は文官の家柄だ。剣は握ったこともないし、正直、体を動かすのは苦手だった。

 



 「よろしいですわ。私は教えて差し上げます!」


 「いや、僕は別に……」


 「まずは体からつくりましょう。さあ、走りますわよ!」

 


 

 有無を言わさず走らされ、へとへとになったあとは筋力トレーニング。その後、手土産の木の枝で素振りをやらされた。もう無理!と思っていたところへ、アンナから助けが入った。

 



 「オーレリア様、リムルノア様、お茶の用意ができました。お菓子もございますよ」


 「まあ!いただきますわ!さぁ、リムルノア様、お家まで走って行きますわよ」


 「えーっ」

 



 僕の非難の声にクスクスと笑いながら、軽やかに先を走るオーレリア様は、まるで花の妖精のようだった。いや、木の枝の妖精かもしれない。


 お茶の席でオーレリア様はもりもりとお菓子やサンドウィッチを食べながら、領地である辺境の話をいろいろとしてくれた。


 それが意外にも楽しくて、人と接することが苦手な僕なのに自分から色々と話してしまった。たぶんお茶の前に、一緒に走ったり、木の枝を振り回したりしたせいだろう。ちょっとした連帯感というか仲間意識が自然に芽生えていた。


 それに、オーレリア様は僕の話を遮ることなく、最後までちゃんと聞いてくれる。それもあって話しやすかった。


 お茶の後は、いつもなにをしているのかと聞かれたので本を読んでいると答えた。

 



 「まあ!私も本を読むのは大好きですの。いつもどんな本を読んでいますの?」

 



 やっぱりオーレリア様は本好きだったようで、書庫に案内したら目を輝かせていた。オーレリア様はさっそく選んだ本を手に取り、椅子に座って静かに読み始めた。なので僕も読みかけの本を読み始めたけど、二人でそれぞれ別の本を静かに読んでいても居心地が悪くない。


 熱心に本を読むオーレリア様を見ながら、こんな人となら友達になれるかもしれない。でもどうやって友達になればいいんだろう。母国でも友達といえる人もいなかった僕は、本を読むふりをしながら悶々としていた。


 そうこうするうちにオーレリア様の迎えが来て、帰る時間となった。今度はちゃんと玄関から帰るようだ。きっと、今日のようなことはもうないんだろうなと漠然とした寂しさを感じながら、玄関まで見送りに来た僕にオーレリア様はサッと手を差し出した。

 



 「リムルノア様、今日はたいへん楽しかったですわ。よければ私とお友達になってくださいませんか?」


 「あ、えっと、はい」


 「今後は私のことを愛称で呼んでくださいませ。リムルノア様のことはリムルとお呼びしても?」


 「あ、もちろんです。えっと、じゃあリア様で」


 「様はいりません」


 「リ、リア」


 「はい!」

 



 唖然とする僕の手を勝手に握り、騎士のようなしっかりとした握手をすると、「ではまた明日!」と言い残して帰っていった。そして当然のように次の日も遊びに来て、僕に剣を教えてから書庫で読書という毎日が始まった。


 僕があれだけ悩んだ訪問の仕方も、友達のなり方やこれからの予定も、全部、リアがあっさりと解決してくれた。僕にはできないことを、彼女はやすやすとやってのける。


 それがちょっと悔しかったのと、このままの自分では友達でいられないかもしれないという焦りで、僕は頑張り始めた。


 剣術も正式に習い始めた。なにかあったとき、リアに守られるのはカッコ悪いと思ったからだ。それだけではなく、彼女がやることはなんでも挑戦してみた。


 絵を描く事、ダンス、マナー、語学。今までの自分だったら、ぜったい手を出さないようなこともやってみた。


 あるとき、僕が真剣になにかをやっていると彼女が自分を目で追っていることが分かったので、とにかくなんでも真剣にやってみた。


 真剣になにかをやっている最中に僕がふと彼女のほうをみると、二人の視線が合ってしまうことが多くなった。なんだかそれが気恥ずかしくて、それからはあえて見ないようにした。

 

 


 ジェスト殿下とリアの婚約を聞いたのは父からだった。青天の霹靂だった。そんなことがあるとは夢にも思っていなかった。


 その後、王立高等学院に入ってから会ったリアは、まるで別人のようだった。それまでは互いのことをリムル、リアと愛称で呼び合っていたのに、また最初にあったときのように「リムルノア様」と呼びかけられた。


 だが仕方ないことだとも分かっていた。彼女はもうジェスト殿下の婚約者だ。僕たちが互いに愛称で呼び合うことなどもうないのだろう。


 そんな寂しい気持ちをぶつけるように僕は学業に力を入れた。そして成績発表され、自分がリアを抜いて一位をとったことに気がついた時、これしかないと思った。


 彼女の目にとまるには、優秀な成績を収めるしかない。子供のときは、僕が真剣になにかにとりくんだとき、彼女は僕の姿を目で追ってくれていた。


 僕がいることに、ここにいることに気がついてほしい。それだけのために僕は時間も能力も全て使った。勉強だけじゃない、彼女の目につくであろうことには力を入れた。


 そんな僕の耳に入ってきたのは、ジェスト殿下とアリア男爵令嬢の醜聞だった。大使である父からも二人の様子を探るように言われ、僕個人としてもリアのことが心配だったので色々と念入りに調べ上げた。


 その結果としてアリア嬢は某国の工作員であることが分かった。そしてジェスト殿下はもう彼女の支配下に置かれていることも分かった。


 取り急ぎ、対応策を練るために父と一緒に本国に帰国したあと、ジェスト殿下たちの陰謀が持ち上がった。国王と王妃、それに宰相までいない隙を狙ったらしく、僕の耳に入ったのは直前だった。


 このままではリアが地下牢に入れられ、処刑されてしまうかもしれない。僕はすぐさま行動を開始した。まず両親にリアを助けたいと話し、助力を請うた。両親に受け入れの態勢をとってもらう間に、リアの両親に手紙を書く。今の時期は辺境に留まっておられるので、すぐに助けてもらうことはできない。


 リアにも手紙を書いたが、急いで帰ったため僕のほうが早く着いてしまった。辺境侯邸に行ってみたが、もうリアは卒業パーティに向けて出た後だった。



 卒業パーティでは本当に色々あった。この大事なときに、なぜかリアが僕の狙いを邪魔しまくってくれたけど、でももういい。すべて終わったことだ。なんとかなった。


 パーティ会場を抜け出したあと、リアは僕のことを好きだと言ってくれた。途中から、リアが僕に告白しようとしていると気がついて止めようとしたんだけど、リアがそんなことで止まるはずもなかった。


 思えば彼女にあったときから、彼女には先を越されてばかりだ。そして告白すらも先を越されてしまった。この分だとこの先もずっと先をいかれるかもしれない。



 

「これって、私の完全勝利ではなくって?」

 



 ダンスをしながらそういう彼女を思わず僕は抱きしめた。もちろん、君の完全勝利だ。



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