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会社の地味OLがおはぎ作ってきたけど誰も食べないから仕方なく食べたら美味すぎワロタwwwww

 27歳の会社員、名塚なづか八郎はちろうは、オフィスで昼の3時を迎えていた。


 会社におやつタイムなど設けられてはいないが、料理好きな女子社員や出張帰りの男性社員が、なんらかの差し入れをするのはこの時間帯であることが多い。

 しかし、今日は誰の差し入れもなしか、と八郎がキャンディでもしゃぶろうとした時だった。


 営業部営業二課きっての地味OL、曽根そねさやかが動いた。年齢は八郎の一つ下で、おかっぱのような肩ぐらいまでの黒髪に薄い化粧、仕事は真面目だが浮いた話一つない、絵に描いたような「垢抜けてない女」である。

 なんだろうと八郎もさやかを見つめる。

 すると――


「皆さん……おはぎ作ってきたんですけど……食べませんか」


 課内の反応は冷ややかだった。

 八郎も同様である。

 まず、おはぎは甘ったるい。そしてオフィスで食べるおやつとしては重い。あんこで手や口元が汚れる可能性も大。手作りというのも味への期待度を大いに下げる。色んな意味で悪手すぎる、と八郎は思った。


 さやかはまず、上司である課長に持っていくも、「お腹減ってないから」と断られてしまう。

 

 他の同僚も、いつもはスイーツ大好きと言っている他のOLも、やんわりと断る。


 おはぎが一つも減らないままの木箱を手に、途方に暮れるさやか。表情には出していないが、内心傷ついてるのは容易に想像できる。


「……」


 少し考えてから、八郎が手を挙げた。


「曽根さん、よかったら一つ貰えるかな」


「……ありがとうございます!」


 八郎は別に甘党ではない。おはぎも好きではない。しかし、捨てられた仔犬のようなさやかを見捨てることができず、つい手を差し伸べてしまった。

 一個でも食べてくれる人がいれば、彼女のダメージもそこまでにならずに済むだろう、と思いつつおはぎを手に取る。


 見るからに甘そうな赤紫色の塊に、げんなりする八郎。一個食べるだけでとんでもないカロリーを消費しそうだ、とよく分からないことまで考えてしまう。余計な親切心を出さなきゃよかった……と心の中で舌打ちする。


「じゃあ……いただきます」


 一口かじる。

 その瞬間、八郎の中で何かが弾けた。


「うんまっ!」


 思わず叫んでしまう。


 なんだこのおはぎは。あんこは決して過度な甘ったるさを持たず、引き締まった味をしていた。中の柔らかなお米と程よく合い、口の中で極上の味を演出している。

 「27年間気づかなかっただけで、ひょっとして俺の好物っておはぎだった……?」などという考えさえよぎってしまう。

 あっという間に平らげると、


「ごめん、もう一個くれ!」


「は、はい!」


 おかわりをし、もう一個も平らげてしまう。


「ごめん、もう一個!」


「え、そんなに食べて大丈夫ですか」


「大丈夫! ちゃんと運動するから!」


 そういう問題なのかは分からないが、ガツガツとおはぎを食べてしまった。

 食った食ったとばかりに腹をさする八郎。周囲の同僚らは呆然としている。


 八郎がねだるような目つきでさやかを見つめると、


「あの……よかったら明日も作ってきましょうか?」


「頼むよ!」


 八郎はあんこで汚れた口元も気にせず、とびきりの笑みを浮かべた。



***



 次の日の3時、リクエストに応え、さやかがおはぎの入った箱を取り出す。

 待ってましたとばかりに、漫画のキャラのように舌なめずりする八郎。

 ところが――


「曽根君、私にも一つくれないか?」


 課長である。


 当然さやかは断れないし、八郎も「俺のために作ってくれたんですよ」などと主張することはできず、課長はおはぎを手に取ってしまう。

 こうなると、連鎖反応が起こる。

 昨日はおはぎを断った同僚たちが「俺も」「私も」とおはぎを要求する。八郎としては身を削られるような思いだった。


 結局、八郎が受け取ることができたおはぎは一個だけだった。


「ごめんなさい、名塚さん……」


「いや、かまわないよ。みんながもらってくれてよかったじゃないか」


 むろん、心の中では「ちくしょう、たった一個なんて……みんな勝手すぎる」と思っていたのは言うまでもない。


 そして、おはぎを食べる課員たち。


「う……うまい!」

「なにこれ、おいしい!」

「うんめええええっ!」


 皆が絶賛する。口々におはぎを褒め称え、食レポまで始める者も。


 課長が代表して言う。


「曽根君。もしよかったら……また作ってきてくれないかね。もちろん、材料費などは負担するから……」


「喜んでもらえて嬉しいです。また作ってきます!」


 嬉しそうに応じるさやか。

 その笑顔は普段の地味さでは考えられないほどに輝いていた。


 八郎は、彼女を発掘したのは俺なんだぞ……とでも言いたげな表情でそのやり取りを見ていた。そしてやはり、おはぎは美味しかった。



***



 ここから一気にさやかのおはぎの評判は広まった。

 さすがに毎日は作れないが、持ってくるたびに、ちょうだいちょうだいと課外の社員までもが催促にやってくる。

 中には金を払おうという者もいたが、それはさやかが固辞していた。

 商売する気はないようで、その謙虚さがまた周囲には魅力的に映った。


 地味OLだった彼女は瞬く間に課の中心的存在になっていく。

 皆に注目され、おはぎと幸せを運ぶ彼女は、外見が変わったわけでもないのに美しく見えた。“役割が人を作る”というが、その作用だろうか。


 やがて、社内一のイケメンとも言われる柿崎かきざきが彼女に注目するようになる。

 社の花形と言われる営業一課で好成績を誇る彼は、出世街道まっしぐら、まさに期待の星であった。二課の中堅に甘んじている八郎とは大違いである。


 おはぎを食べた柿崎が言う。


「おいしいよ、これ! 噂以上の味だ!」


「ありがとうございます!」


「お礼に、よかったら今度食事でもどうだい? いい店を知ってるんだ……」


「え、でも、あの……」


「まあ、考えておいてくれよ」


 社のエースからのアプローチ。

 彼からしてみればおはぎ作りが趣味の地味OLを虜にするなど、赤子の手を捻るようなものだろう。


 今や彼女のおはぎが自分まで回ってくることもなくなった八郎が、そのやり取りをやさぐれた目で見ていた。

 さやかが美しくなったのとは対照的に、今の彼はすっかりみすぼらしくなっていた。



***



 八郎は残業することが増えた。

 仕事が忙しくなったからというより、ミスが増えたことによるものが大きい。

 その原因はやはり、さやかのことが面白くないからだろう。彼女のおはぎを食べられなくなり、彼女自身も柿崎の手に渡るのは時間の問題。


 俺は彼女が好きだったのか……よく分かんねえ。そんな荒んだ気持ちを抱えながら、八郎はノートパソコンに向かっていた。


「甘い物……食いてえ」


 イライラしながらキーボードを乱暴に叩く。

 すると――


「名塚さん、よかったらどうぞ」


「え?」


 声がした方向に振り返ると、そこには私服に着替えたさやかの姿があった。おはぎを一つだけ持っている。

 八郎は一瞬幻覚かと思ったが、本物だった。


「曽根さんがなんでここに……?」


「ここ最近、名塚さんにおはぎを食べてもらってなかったもので、今日は一個だけ取っておいたんです。それで今日も一人で残業してらっしゃると聞いたので……」


 今や彼女のおはぎは大人気。残ってるものがあるとすれば、必ず誰かが要求する。それを断れるさやかではないので、今日は八郎のために一つだけ隠していたのだ。


 八郎は喜んで受け取ろうとするが、ふと思う。

 今の状況は、さやかが八郎のおはぎ欲求を見抜いてなければ成り立たない。

 おはぎを食べられずミスを連発するという、みっともない心根を暴かれたようで、恥ずかしくなってしまう。


「い……いらないよ」


「え」


「俺を同情してわざわざ来てくれたのはありがたいけど、いらないよ。俺だってそんな同情を受けるほど、安い男じゃないんだ」


 みみっちい男としてのプライド。本当は欲しいのに、青臭いことを口走ってしまう。


「それにさ、君には柿崎がいるだろう? こんな俺みたいなとこ来るより、あいつのところに行ってやんなよ」


 さやかはきっぱりと言った。


「柿崎さんとの交際はお断りしました」


「は……?」


 心底から「なんで?」という表情になる八郎。

 ウチの会社の若手であんな優良物件、他にいないというのに。


「だって私には他に好きな人が……いますから……」


 意味深に目を背けるさやか。

 八郎もここで「他に好きな人」の意味に気づかないほど鈍感ではない。が、それを額面通りに受け取れるほど器も大きくなかった。


「曽根さん、ちょっと待ってくれ」


「はい」


「君はおそらく、あの時……俺が一人だけおはぎを食べたことで、それで俺に好感みたいな感情を抱いたんだと思う」


 頷くさやか。


「だけど、それは錯覚だよ」


 さらに続ける八郎。


「俺はあの時、別におはぎなんざ食いたくなかった。誰にも食べてもらえず右往左往してる君が可哀想だから食べただけなんだよ。俺をすごくいい人だと思ってるなら、それは大きな勘違いだ。これだけは言っておきたい」


 すると、さやかはフフッと笑って、


「そんなこと分かってましたよ」


「え……」


「名塚さんが仕方なく食べてくれたことぐらい、私だって分かりました。でも……だからこそ……“仕方なく”で私に手を差し伸べてくれたからこそ、私はあなたに惹かれてしまったんです。もし、あなたが根っからの優しい人……だとしたら、ここまでの気持ちにはならなかったのかもしれません」


「……」


 皆が断る中、一人だけ嫌々ながらもおはぎを食べてくれた。そして「うまい」と言ってくれた。あの時すでにさやかの心は決まっていたのかもしれない。


「君、悪い男に引っかかっちゃうタイプだよ」


「かもしれません」


 笑う二人。本音をぶつけ合ったのだから、もはやおはぎを拒否する理由はない。


「じゃあ……遠慮なく」


 八郎は久しぶりにさやかのおはぎを手に取り、かじると、


「やっぱりうまぁぁぁぁい!」


 と叫ぶのだった。



***



 ある日のオフィスの終業時刻、すっかり調子を取り戻した八郎は今日は早く帰れそうだと一息つく。

 そこへ、さやかがやってきた。


「あの……名塚さん」


「ん?」


「よかったら、今日ウチに来ませんか?」


「曽根さんちに?」


「はい……ぜひおはぎをと」


「行く行くゥ!」


 八郎をおはぎで釣るのは、馬をニンジンで釣るより容易かった。



***



 さやかはマンションで一人暮らしをしていた。中に招かれる八郎。


「お邪魔します」


「どうぞ」


 さやかの部屋はこざっぱりしていた。

 しかし、ぬいぐるみも置いてあり、八郎はこういうところは女の子だななどと思う。


「じゃあ、おはぎを持ってきますんで」


「お願いしまーす!」


 嬉しすぎて、つい敬語になってしまう。


 おはぎを三つほど、お盆に乗せてきたさやか。


「おいしそうだ……」


「どうぞ、召し上がって下さい」


「いただきます!」


 一つ食べる。おはぎのCMがあったらこのまま使えそうな食べっぷり。


「うまぁぁぁぁぁい!」


 分かりやすく叫ぶ八郎を見て、さやかも嬉しそうに微笑む。


「このおはぎ、曽根さんは誰から教わったの?」


「亡くなったおばあちゃんです」


「へえ、おばあちゃんのもおいしかったんだろうね」


「それはもう。私のよりもずっと」


「ぜひ食べてみたかった……」


 さやかが謙遜しているのは分かるが、それでも祖母のおはぎはまた一味違いそうだと思う八郎だった。今どんな願いも叶うなら、曽根さんのおばあさんを蘇らせるかも、とまで考えてしまう。


「何か特別な作り方をするの?」


「いえ、いたってオーソドックスな作り方ですよ。小豆を煮てあんこを作って、もち米を炊いて……」


「それであそこまでの味が出せるんだから、不思議なもんだね」


「私自身、こんなにおいしいと言ってもらえるとは思ってませんでした」


「きっと曽根さんの愛情がたっぷりこもってるから……だったりして」


 頬を染めてしまうさやか。八郎もまた、我ながらキザなことを言ったと咳をしてごまかすのだった。


「ところで、おはぎって他にも呼び名もありますよね」


「ああ、牡丹餅ぼたもちとも言うよね。棚から牡丹餅」


「春は牡丹餅、秋はおはぎとする説があるんですけど、それによると夏と冬にも呼び名があるんですよ」


「え、そうなの?」


「夏は夜船よふね、冬は北窓きたまどと呼ぶそうです」


「へぇ~、知らなかった! 今度披露しちゃおうかな」


 その後も会社の話題、日常の話題で盛り上がる。もはや二人の間に壁はなくなっていた。



***



 さやかと交際を始めてから、八郎の仕事も軌道に乗った。


「よくやった。今月の成績、お前がトップだぞ」


「はい! ありがとうございます!」


 課長から褒められる。

 これを聞いていたさやかも喜ぶ。


「おめでとうございます、名塚さん!」


「ありがとう!」


 そして、勢いに乗って――


「今日、食事でもどうかな?」


「……ぜひ!」


 八郎は決心を固めていた。さやかにあることを伝えようと……。



***



 夜景の見える最高級レストラン――と言うわけにはいかないが、そこそこのランクのレストランに招待する。

 メインディッシュのムニエルに舌鼓を打つさやか。


「おいしい!」


「たまにはこっちがそう言ってもらえる立場になって嬉しいよ」


 食事も済み、ワインを飲む二人。

 二人ほどかろうじて下戸ではないという程度の酒の強さだが、ムードに流されてつい頼んでしまった。


 おもむろに、八郎が語る。


「もし……仕事に自信がついたら……いや、自分に自信がついたら、ずっと言おうと思ってたことがあるんだ」


「なんでしょう?」


「さやかさん、君のおはぎを食べさせて欲しい」


「はい。それはもちろん……」


「ずっとだ。一生、俺のそばで……作って欲しい」


 真剣な眼差しだった。人生を賭けた瞳に、さやかも射抜かれてしまう。


「……はい! ずっとずっと作ります! あなたのために……!」


「ありがとう……!」


 八郎なりのプロポーズは、見事功を奏した。


 結ばれた二人。

 さやかは真っ赤になってしまう。八郎もまた、我ながら奇抜なプロポーズだったと顔を赤くしてしまう。


 ただでさえアルコールが入っていたところに、さらに真っ赤になってしまったのだ。

 見る人によっては、二人の顔はおはぎのように見えたかもしれない。






~おわり~

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[一言] 昔とあるコピペで胸を痛めた身としては実に染みる話でした。 おはぎ大好きです。
[一言] 〜おはぎ〜
[一言] 好き!
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