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1:踊り子のイヴ

 ノースタリア王国のお城には幽霊が住んでいるという噂がある。

 城で働くメイドが言うには、夜になると立ち入り禁止のはずの西の一角から、誰かの泣き声や笑い声が聞こえるそうだ。最近では真っ白な長髪の女性の霊を見たと言い出す者まで出てきているらしい。


(科学の国でそんな噂が立つなど、恥さらしも良いところだ)


闇が世界を包み込む夜、月が照らす王城の奥の奥。

クロードは立ち入り禁止の立て札の、さらにその先へと続く回廊を歩きながら大きなため息をこぼした。

 この先にあるのは例の幽霊が出ると噂の場所。

 

「そんなに大きなため息をつくのはやめてくれないか?」

「こんな夜更けにこんな場所に連れてこられてはため息の一つもつきたくなりますよ、殿下」


呆れ顔のクロードは、ランタンを片手に軽やかな足取りで前を行くこの国の第一王子アレンを見下ろした。

 振り返ったアレンは、ムスッとした顔をして彼の足を踏もうとする。しかしそれは華麗に避けられてしまった。

 

「腹立つなぁ」

「殿下如きに足を踏まれるほど落ちぶれてはいません」

「何を!? 本当に失礼なやつだな!」

「はいはい」

「もういい! 行くぞ、クロード」

「はい、アレン殿下」


 アレンは重厚な扉の鍵穴に金色の鍵を差し込むと、それを静かに回した。カチャっと鍵が開いた音が静かな廊下に響く。アレンはその鍵を抜くと、ゆっくりと扉を押した。

 重厚な扉はギギギっと不穏な音を奏でた。中から漏れ出てきた冷たい空気に頬を撫でられ、クロードは思わず身を震わせる。


(……寒い)


 ここは何故か城の中心よりも寒い。遺体安置所かと思うくらいだ。

 しかしアレンは平気なのか、寒そうにするクロードを無視し、先へと進んだ。


 赤絨毯の敷かれた暗い廊下を進むと両サイドに2つづつ、そして正面奥にひとつ、木製の扉が見えた。右側にふた部屋はキッチンと風呂場、左側のふた部屋はトイレと衣装部屋。そして、真正面の奥にあるのが寝室らしい。

 王が住まう城には似つかわしくない、まるでちょっと広めのアパートのようなその場所は、遠い昔に増築されたそうだ。


 アレンはその一番奥にある寝室の扉を勢いよく開けた。そして……。


「イヴ!!」

「あ、殿下! 危な……」


 クロードの制止も聞かず、奥の部屋のベッドに横たわっていた少女目掛けて突進していった。少女はそんなアレンを華麗に躱し、ベッドから降りる。

 結果、アレンはその勢いのままベッドを通過して、壁へと激突した。大きなたんこぶが出来ていそうなくらいには大きな音がした。

 アレンは痛む額を抑えて口を尖らせた。


「どうして逃げるんだよ、イヴ。痛いじゃないか」

「突然寝込みを襲われたら誰だって逃げるわよ! というか、ちょっとクロード! 連れて来るなら前もって言ってってば!」

「すまん、イヴ。アレン殿下がどうしてもと仰るから」

「もう、本当に毎度毎度……。何時だと思ってんのよ!」


 ぷりぷりと頬を膨らませて憤っている少女の名はイヴ。雪のように白い肌と白い髪、そして深紅の瞳を持つ大層美しい容姿をした、元踊り子である。

 

「で? 何の用?」

「イヴ! 一緒に寝て欲しいんだ」

「は? いやよ。馬鹿じゃないの?」

「頼むよ、イヴ! 明日の帝国との会談が不安で不安で眠れないんだ!」


 アレンはイヴの真っ白なワンピースの裾を掴むとめそめそと泣き出した。そんな主人の姿を見て、クロードは銀の長い前髪をかきあげ、顔を歪めた。



 この男、ノースタリア王国の第一王子アレン・フォン・ノースタアリアは文武両道で、どんな事もサラッと完璧にこなす完全無欠の王子様だ。それでいてその能力の高さを鼻にかけることもなく、「自分はまだまだだ」と言って努力を惜しまない謙虚な一面を持つ。故に、皆がそんな王子を慕っていた。

 だが、それは外側から見た彼でしかない。本性を隠しているからこそ素敵な王子様に見えるだけ。

 本当は誰よりも臆病で甘えん坊な情けない王子なのだ。


「どうせ、『明日もお任せください、陛下。必ずや我が国にとって有益な条約を結んで参ります』って、キリッとした顔でキメてきたんでしょう。そして後でそんな大口を叩いたことを後悔していると」

「さすがはイヴだ。大正解」


 まるでその場面を見ていたかのように、一字一句違わずに当ててみせたイヴに、クロードは大きな拍手を送る。 


「さすが、じゃないのよ。このダメ王子をどうにかするのはあなたの仕事でしょ!?」

「何を言うか。管轄外だ」


 側近の仕事は子守ではない。そもそも男が男を『頑張れ、頑張れ』と母のように優しく励ます姿など、想像しただけでも吐きそうになる。そんな真似、死んでもごめんだとクロードはは言う。

 イヴは肩をすくめて首を横に振る彼に向かって、わかりやすく舌打ちした。そして「仕方がない」と大きなため息をつきながらアレンをベッドに座らせ、子供をあやすように彼をギュッと抱きしめて優しくその艶やかな黒髪を撫でる。

 アレンはイヴの心臓の音を聞きながらゆっくりと深呼吸した。


「なんだかんだと言いながらも、アレンはいつも成功させてきたじゃない。大丈夫よ」

「大丈夫だと言う根拠は?」

「えーっと……、ない……

「ないのかよぉ」

「なくても私にはわかるのよ。アレンは大丈夫。それに……、ほら、あれよ!何かあればクロードがなんとかしてくれるわ!」

「なんで俺……」

「会談の場での主人のフォローは側近の仕事でしょう? これは管轄外とは言わせないわよ?」


 イヴは呆れ顔のクロードに向かってにっこりと笑った。



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