0:神様に見捨てられた国
大陸の多くの国では女神ヒルデガルドを唯一神とするバルーア聖教を信仰している。バルーア聖教では、この世は女神の加護により守られ、人々の信仰心が国が発展させるとされている。
しかし、大陸の北。痩せた土地と厳しい寒さの影響で貧しい小国、ノースタリア王国に女神はいない。
それは、その昔。時の王アレキサンドロス一世が女神ヒルデガルドを怒らせたからだと伝えられている。
「厳しい北の大地で、それでも我々が生きていけるのは王の子孫を憐れんだひとりの天使が、女神ヒルデガルドを裏切り、我々に加護を与えてくださったからなんだ」
国王アレキサンダーは神のいない神殿で祈りを捧げながら、息子アレンにそう言い聞かせた。アレンはその話をフムフムと真剣な眼差しで聞き入っていた。
(……ほんとかよ)
そんな王と王子のやりとりを、祈るフリをして後ろで眺めていたアレン側近クロードは、心の中でそのおとぎ話を嘲笑う。
3ヶ月に一度の祈りの日。王は必ずこの話をするが、正直なところ、ノースタリアでは誰もその話を信じちゃいない。熱心にその天使様とやらを信仰しているのは彼ら王族くらいだ。
言い伝えでは、ノースタリア国民の信仰心の薄さは、女神が裏切り代償として、王国民の中にあった天使への親愛の情を消し去ったからだと言われているが、その真偽は定かではない。
(そもそも神も天使も、非現実的な存在だ…)
非科学的で曖昧なものに縋るよりも、やるべきことは沢山あるとクロードは思う。
厳しい北の大地。大した軍事力もなく、まともに作物も育たないこの地域では外交が肝となる。過去の偉人の努力により、今や大陸中から多くの学者が訪れ、多分野の知識が集まる学問の国となったが、大陸ではまだまだ立場が弱い。
今のノースタリアは、大国の顔色を窺いながらコバンザメのようにおこぼれをもらうことでしか生きていけないのだ。
(加護があるならこの国はもっと豊かなはずだ。だから天使なんていない)
祈りを終えた国王親子に続き、クロードは神殿を出る。
入り口に建てられた美しい天使の像に一瞥をくれると、フッと乾いた笑みをこぼした。
-----馬鹿馬鹿しい。