51-2 メルディナの懐妊。
翌日。
相変わらず、他都市の政務官の出入りが激しい中、ルークはのんびりと城内を散歩していた。
仕事が無い以上、することもない。
のんびりと座っているのもいいが、たまには体を動かさないとである。
やがて窓から見えたのだが、城の入り口に、一人の騎士がやってくるのが見えた。
見覚えがあった。
「あれは、クロウ殿かな?」
そう、クロウ本人だった。
だが、何の用だろうか?
メルディナにでも何か届けに来たのだろうか?
そんなことを思いながら、執務室に戻るのだった。
数分後。
ルークがお茶を飲んでいると、ドアがノックされる。
マークが対応する。
「ルーク様、クロウ殿とメルディナ殿がお話があると、
会談を申し込んでおりますが、いかが致しましょうか?」
会談?
なんだろうか?
「わかりました、応接室に通してください。
僕も向かいます。」
ルークは立ち上がると、応接室へと移動するのだった。
応接室で待つことしばし。
ドアが開き、クロウとメルディナが入ってきた。
そして、ルークに気付き、慌てて頭を下げる。
「さあ、こちらへどうぞ。」
ルークに勧められ、二人はソファに座る。
「今日は、どういった用件なのでしょうか?」
ルークの問いに、口を開いたのは、メルディナだ。
「実は、ルーク様、私たちに子供ができました。
まさか、この歳で子供ができるとは思っていなかったのですが・・・」
メルディナは恥ずかしそうに、そう述べた。
「それはおめでとうございます!
何か、お祝いの品を用意しませんと。」
ルークは笑顔で祝福していた。
「あ、ありがとうございます。
その、お祝いの品を頂くなど、もったいないことでございます。
あの、今日はご相談がありまして。
私の専属魔導士の件です。」
メルディナが真剣な表情をしたので、ルークも襟を正す。
「その、妊娠中も出産後も含めて、
ルーク様の元でお仕事をしたいと思っております。
主人にも相談しました。
もし、ルーク様がお許し頂けるのであれば、
引き続き専属魔導士を続けさせて頂けないでしょうか?」
通常、女性魔導士の場合、妊娠・出産とわかった場合は、退職することが多い。
子育てを優先するからだ。
その後、専属魔導士に復帰することは稀だった。
だから、子供の妊娠イコール専属魔導士の退職につながるのだ。
「ちなみに、子供が生まれた後、子育てはどうされる予定なのでしょうか?」
ルークは当たり前のことを質問する。
もし、メルディナが職務復帰した場合、子供を誰が育てるのか、確認する必要があるのだ。
子供を放置することは、ルークとしては断じて認めるわけにはいかないのだ。
「はい、乳母を雇うつもりです。
それとメイドも。
私が仕事の間、乳母やメイドに見て頂く形になります。
私が家に戻ったら、私が面倒を見る予定です。
仕事と家庭を両立させようと思っています。」
「それはかなり負担が大きいと思いますが、その辺はお考えなのでしょうか?」
ルークの指摘に、メルディナは焦りを覚えた。
その時、クロウが話し出す。
「ルーク様、自分も、子育てに参加するつもりです。
無論、子育てはよくわかりませんが、最近は、
料理の作り方なんかを妻から学んでいます。
できるだけ、彼女に協力できるようにしています。
それで、彼女の負担を減らしていくつもりです。」
クロウは、自分の考えをしっかりと述べていた。
彼にとって、メルディナは大事な妻だ。
そして、彼女のためならば、何でも協力する覚悟なのだ。
現に、子供ができたと知ってから、彼女に協力するようになっていた。
何が起きても、対応できるようにである。
「ふむ、わかりました。
クロウ殿も協力してくれるということですね。」
ルークはうなずく。
ルークは既に結論を出していた。
それを口にするのみである。
「では、こうしましょうか。
メルディナ殿、妊娠中も出産後も、
専属魔導士を引き続きお願いします。
これは僕が決めたことです。
僕が考えを変えない限り、この決定は覆りません。
これでよろしいでしょうか?」
これには、メルディナが目を丸くして驚く。
期待半分、諦め半分の覚悟で来ていたのだから。
まさか、期待が勝つとは思わなかったのだ。
クロウは、妻の顔を見て喜んでいた。
ルークの言葉はまだ続く。
「それから、乳母は雇ってください。
ただし、メイドはこちらから用意しましょう。
マーシャとルーティアを付けましょう。
彼女たちのお給金は、僕が支払いましょう。
これでいかがでしょうか?」
「!?
ルーク様、そこまでして頂かなくても・・・!?」
メルディナが焦った。
あまりにも待遇が良すぎたからだ。
「これくらいは大したことはないですよ。
それから、妊娠中の悩みや子育ての悩みについては、
メイリア殿に相談してください。
無論、気軽に相談に乗って頂けるよう、
メイリア殿にもお伝えしておきますので。
お仕事の悩みであれば、僕が聞きますよ。」
「・・・そこまでご配慮いただき、本当にありがとうございます。」
メルディナは頭を下げる。
クロウも慌てて頭を下げる。
「あと、グリディア殿にもお伝えしましょう。
メルディナ殿の仕事量を減らしてもらいましょう。
僕にできることはこれくらいですかね。」
「本当にありがとうございます。
ルーク様、感謝致します。」
メルディナは泣きそうになっていた。
クロウは、ルークにひたすら感謝していた。
「そうですね、子供が生まれたら、是非僕にも見せてくださいね。
無論、クロウ殿も一緒に来てくださいね。
花嫁たちも喜ぶでしょう。
それに、人生の先輩であるメイリア殿も色々教えてくれると思いますよ。」
ルークは笑みを浮かべ言った。
「はい、必ずや連れてまいります。
ありがとうございます。」
「では、マーシャとルーティアを呼びましょうか。」
ルークは、執事に依頼する。
すると、すぐにマーシャとルーティアがやってきた。
「お呼びでしょうか、ルーク様?」
ルークは二人が座るのを確認すると話し出す。
「おめでたい話ですよ。
なんと、メルディナ殿が懐妊されたそうです。」
「!?
お姉さま、おめでとうございます!!」
「おめでとうございます、お姉さま!
やっと、子供ができたのですね!」
マーシャとルーティアは泣きそうな表情をしていた。
「そこで、二人に依頼です。
当面の間、メルディナ殿とクロウ殿のメイドとして仕えて、
仕事をしてください。
無論、メルディナ殿が出産した後も、お手伝いをお願いします。
後程、マークには説明しておきます。
よろしいでしょうか?」
「はい、ルーク様!
必ずやお勤め、果たします!」
「はい、頑張ります!」
二人は気合が入っていた。
「さて、メルディナ殿、当面は体調に気を付けながら、仕事をしてください。
もし、体調が悪いようでしたら、無理をしないようにしてください。
マーシャ、ルーティア、もし無理をしているようだったら、
止めてくださいね。」
二人は、「はいっ!」と元気よく返事する。
「クロウ殿、メルディナ殿のことをしっかりサポートしてくださいね。
奥さんは大事にしてあげてください。」
「はい、お任せください。」
クロウははっきりと答える。
ルークはその言葉に、安心する。
「さて、では、お話しはここまでにしましょう。
そうだ、二人とも、お風呂に入っていってください。
二人きりで、のんびり浴槽に浸かってください。
マーシャ、ルーティア、三階のお風呂が空いていると思います。
ご案内してあげてください。」
そんなわけで、メルディナとクロウは、マーシャとルーティアに引っ張られてお風呂に連れていかれるのだった。
メルディナとクロウはゆっくりと浴槽に浸かっていた。
「その、良かったな。
ルーク様は話が分かる方だった。
おまえの言葉をしっかりと聞いてくださった。
俺は安心したよ。」
クロウは、そうポツリと呟く。
「そうね。
私は感謝しかないわ。
あの方に仕えて、本当によかったわ。」
メルディナは泣きそうな表情で語る。
彼女にとっては、かなり不遇な魔導士生活を送っていた。
貴族からのセクハラが多かったこともあるが、クロウとの間になかなか子供ができなかったこともある。
そして、貴族から逃げ出すように専属魔導士を辞めた途端、クロウが騎士団をクビになる始末。
二人とも、冷遇されている中、ルークという存在に賭けた。
その結果、二人とも、ルークに仕えることを許された。
自分は専属魔導士に。
夫は騎士隊長になった。
それに、妹たちまで近くに置くことを許された。
彼女にとって、ルークと出会ってから、人生が好転したのだ。
そして、今回の懐妊である。
まさか、この歳で子供ができるとは思わなかったのだ。
ちなみに、メルディナとクロウは30歳を超えていた。
この時代では、いわば高齢出産に当たる。
平均寿命が40歳だから、高齢出産になるのだ。
そんな二人は、幸せの絶頂にある状態だった。
「メルディナ、元気な子供を、生んでくれ。
俺は、何でも手伝う。
おまえのために、何でも協力する。」
「ありがとう、あなた。
子供が生まれたら、ルーク様にお見せしましょう。
そして、お祝いしてもらいましょう。」
「ああ、そうだな。」
二人はお風呂の中、寄り添い、そのまましばらく過ごすのだった。