50-7 ささやかなお祝い。①
翌日。
ルークは早速、グリディアに昨日のイルゼアの提案二つを報告した。
無論、メルディナも聞いていた。
かなりいい意見だったらしく、すぐに動くとのことだった。
それから、メルディナに“呪紋”の書を渡した。
浴槽に施す“呪紋”の情報が載った書である。
現在建設中の騎士団の浴場への、“呪紋”処理を依頼したのだ。
正式な依頼はまだ先の話だが、メルディナに依頼することにしたのだ。
それと、宝珠を20個渡した。
都市ミルディアには、騎士団が二つあり、且つ浴場が男女で合計四つ設置される。
一つの浴場に5つ宝珠を設置するので、20個あれば足りるはずである。
メルディナはそれも受け取り、仕上げは任せた。
これで、ルークの仕事は無くなった。
また、各地からお風呂に関して、政務官が派遣されてきているらしく、この辺の対応もグリディアが中心に行っていた。
ルークに仕事が回ってくることは、一切なかったのだった。
ルークは執務室でのんびり過ごしていると、一つ思いついた。
城の皆に、ご褒美をあげられないものか?と。
せっかくの新年なのだ。
何か、おいしいものを食べてもらいたいと思いついたのだ。
だが、自分には、料理のスキルは全くない。
そこで、ケーキ作りと言えば、リリアーナである。
早速、相談することにした。
ルークはリリアーナの部屋に行くと、リリアーナはのんびりと読書をしていた。
「あっ、ルーク様、どうされましたか?」
「実は、リリアーナにお願いがあるんだけど、いいかな?」
「はい、何でも言ってください!」
ルークはちょっと考えた後、話し出す。
「実は、新年だから、城のみんなにおいしいものを食べてもらいたいと思ってね。
そこで思いついたのが、ケーキなんだ。
ケーキ作りと言えば、リリアーナかなと思って、相談にきたんだ。」
「はい。
ケーキであれば、なんでもお任せください。」
リリアーナは自信満々だった。
「そこで、普通のケーキではつまらないので趣向を凝らすことにしたんだ。
果物を使ったケーキを作れないだろうか?」
「果物を使ったケーキですか?」
リリアーナにとっては、未知の領域だった。
果物は、滅多に食べられない、珍味だ。
そんなに簡単に手に入るものでもないのだ。
それをルークが提案してみた。
「あの、果物はどうされるのでしょうか?」
リリアーナは、肝心の部分を質問してみる。
「うん、それはね、魔法で用意するよ。
こんな感じで。」
ルークの手のひらに、梨が現れた。
これには、リリアーナはびっくりした。
「すごいです!
となると、あとはどんな果物があるか次第になります。
特に、ケーキは焼きますので、焼くのに耐えられないと困ります。」
「じゃ、僕が知っている果物を出してみよう。」
ルークはぽんぽん果物を出す。
出てきたのは、梨、林檎、オレンジだった。
「皿を用意しよう。
試食も必要だし。」
ルークは、メイドにナイフ、皿、フォークを依頼する。
その間、リリアーナは梨と林檎に触れて観察する。
この二つは、実もそこそこ固いので、焼くのに耐えられそうだ。
このオレンジはどうであろうか?
「ルーク様、このオレンジというのは、どうやって実をとりだすのでしょうか?」
「ちょっとまってね。」
ルークはオレンジの皮をむき、実を取り出す。
それは、触感がぷにぷにしたものだった。
「食べてみてもいいですか?」
「どうぞ。」
リリアーナは口に含んで、噛む。
すると、甘酸っぱい味が口に広がる。
「・・・甘酸っぱいです!
でも、これだと、焼きには耐えられないですね。」
「となると、梨か林檎かな。」
「甘味が強いのは梨のほうです。
梨で作ってみたいと思います。
どうでしょうか?」
「いいですよ。
じゃ、明日にでも試してみましょうか?」
「はい。
ただ、一人で創作料理はしたことはないので、
助っ人を呼んでいいでしょうか?」
「ん?
誰を呼ぶんだい?」
「はい、ミシェリと、お母様です。
ちょっと待っていてくださいね。」
リリアーナは立ち上がると、早速、二人を呼びに行くのだった。
ミシェリとメイリアが揃うと、ルークは説明をはじめから行った。
二人は趣旨を理解してくれた。
そして、創作料理に力を貸してくれることになった。
「じゃ、まずは梨を使うことにしたのはいいけど、どんなケーキを作るんだい?」
「はい、ケーキの上に、梨を乗せるのです。
こんな感じで・・・」
リリアーナは羽ペンで、紙に想像図を描く。
「梨自体、結構甘いので、砂糖は少な目で。
あと、フライパンで、梨を煮詰めます。
味付けとして、砂糖と白ワインがいいでしょうか。
この辺で試してみようと思います。」
「ケーキ生地はどうするの?」
ミシェリの質問に、リリアーナが答える。
「そうですね、いつも通りでいいと思います。
卵、バター、小麦粉に、砂糖。
ケーキが出来たら、梨の上にケーキを乗せます。」
「そして、オーブンで焼くのね?」
メイリアの言葉に、リリアーナがうなずく。
さすがは女性陣である。
味付けまで理解しているようだ。
「じゃ、本日の夕食後に早速試してみましょうか。
ルーク様、梨の皮むきを教えて頂けますか?
それと、多めに梨を用意して頂くと思いますが、大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ。」
ルークもうなずく。
「じゃ、夕食後、厨房に集合です!」
こうして、ケーキ作りが始動するのだった。
夕食後、早速四人は厨房に集合していた。
まずは、梨の皮むきから開始だ。
ルークは梨を五つ創り出す。
そして、ナイフを片手に、皆に見えるように、皮むきを開始する。
リリアーナたちも、ルークに教えてもらいながら、皮むきを開始する。
「そう、リリアーナは大丈夫そうだね。
ミシェリ、ちょっと皮が分厚いから、気を付けて。
メイリア殿も上手ですね。」
ミシェリが、ナイフの扱いに、ちょっと慣れていないようだ。
その時である。
「痛たっ!!」
ミシェリが、梨を落としたのだ。
ルークが慌てて梨をキャッチする。
「どうしたの、ミシェリ?」
リリアーナがミシェリの手を見る。
すると、ナイフで切ったのであろう、親指に血がにじんでいた。
「いたたっ・・・
指切っちゃった。」
ミシェリの親指が切れていた。
リリアーナは梨とナイフを置くと、ミシェリの親指に手をかざす。
「“癒し”!!!」
途端、傷が消えたのだ。
ミシェリは血を拭き取ると、切れたはずの皮膚が、元に戻っていることに気が付いた。
「すごい!
回復魔法が使えるのね!?」
「はい、簡単な魔法でしたら、使えます。
気を付けてくださいね。」
「はい、気を付けます!」
ミシェリはルークより梨を受け取ると、皮むきを再開する。
こうして、皮むきが順調に進むのだった。