17-7 クロムワルツ侯爵の策動。
さて、時は事件解決数日前に、さかのぼる。
ルークとレヴィが、犯人探しで、都市ルクサスメリルに滞在している間のことである。
王城に、クロムワルツ侯爵が訪れていた。
彼は、皇帝陛下にある情報を伝えるべく、訪れていたのだ。
侯爵が応接室に訪れると、皇帝陛下が既に待っていた。
「陛下、お久しぶりでございます。
グレッグ=クロムワルツでございます。」
侯爵は恭しく頭を下げる。
「クロムワルツ侯爵、さ、かけるがよい。」
「それでは、失礼して。」
侯爵は皇帝陛下の対面に座る。
なお、この場には、皇帝陛下の他、クリシュナも在席していた。
最近、皇帝陛下が貴族らと面談する際、クリシュナも同席することが多くなっていた。
今日も同席するだけで、あまり重要ではない話を聞くのだろうと思っていた。
だが、クロムワルツ侯爵の話は、クリシュナの興味を引くことになる。
「さて、今日は、重大な事柄を報告に来たと聞いていたが、誠だろうな?」
皇帝陛下の厳しい視線も、侯爵には通じない。
侯爵は、のらりくらり躱すのは得意なのだ。
「無論です、陛下。
実は、ルーク様についてです。」
「ルークについてだと?」
これには、クリシュナも反応する。
ルークの何の情報なのだ?
クリシュナは侯爵をじっと観察していた。
「はい、実は、彼は4歳の時、
とある貴族に捨てられていたという情報を入手しまして、
調べたのでございます。」
「!?
ルークが貴族の子息だとでもいうのか?」
これには、皇帝陛下とクリシュナが驚く。
侯爵は言葉を続ける。
「はい、そのとおりでございます。
彼は、4歳の時、魔力適性が無かったため、
親である貴族に捨てられました。
その後、乳母によって育てられたのです。
ですから、彼は、一般庶民として育ってきました。
しかし、問題は、その親である貴族なのです。」
皇帝陛下もクリシュナもそこが気になっていた。
もし、大貴族であれば、大問題となる。
「クリシュナ様、今、手を焼いている貴族をご存知ではないでしょうか?」
その一言に、クリシュナが驚く。
クロムワルツ侯爵は、情報通で有名な貴族だ。
どうやら、クリシュナが関わっている件についても、知っているようだ。
そして、その貴族は、大貴族に相違なかったのだ。
「まさか・・・!?」
クリシュナはそこで思い至るのだ。
「そう、そのまさかなのです。
ルーク様は、先のフェイブレイン公爵当主の三男だったのですよ。」
皇帝陛下はその情報を前に、固まった。
クリシュナも同様だった。
まさか、ルークが公爵家の子息だったとは、大ニュースなのだ。
「では、現フェイブレイン公爵の弟になるということなのか!?」
クリシュナは思わず叫んでいた。
「はい、その通りです。
これをご覧ください。」
侯爵が懐から取り出したのは、戸籍書だった。
「これは写本ですが、正確な情報です。
こちらのページをご覧ください。」
そのページは、フェイブレイン公爵家の戸籍情報が載っていた。
そして、そこに、ルークの名前があったのだ。
無論、死亡を示すバツが記されていたが。
「写本の誕生日をご覧ください。
ルーク様は今年で16歳となります。
年齢が一致しております。
そして、もう一つの情報なのですが。」
そこで侯爵は一旦呼吸を整え、続きを話し始める。
「ルーク様には乳母がおりました。
乳母の名前は、ネミアと言います。
彼女は実は、フェイブレイン公爵家に仕えていたのですよ。
これだけ証拠が揃うとなると、ルーク様は間違いなく、
公爵家の子息で間違いありません。」
侯爵が話し終わると、皆、無言となる。
「・・・そうか、ルークは公爵家の子息だったのか。
では、ルークは捨てられた後に、魔力適性が適性値に達したということか?」
「恐らく。
その辺の詳細については、本人に聞かないとわかりませんが。」
侯爵の言葉に、皇帝陛下は「うむ」とうなずく。
「父上、いかが致しましょう?
現在、ルークは、フェイブレイン公爵家の調査に携わっております。
もし、公爵本人が逮捕でもされた場合、家の取り潰しは必定。
その場合、ルークに公爵家を継がせるつもりなのですか?」
「・・・」
皇帝陛下は答えなかった。
深く考えた後、答えを出す。
「・・・いや、公爵家のルークは死んだことになっている。
つまり、生きていないということだ。
安易に継がせるわけにもいくまい。」
「では、どのように対処するのですか?
公爵家は“西の砦”と言われるほど、重要な役割を担っています。
もし今、主が不在である時に、ミーディアス王国が攻め込んできた場合、
対処が遅れる可能性があります。
公爵が逮捕された場合、
素早くルークを公爵位に就けるべきではないでしょうか?」
「・・・とりあえず、今は保留だ。
公爵が逮捕された後、考える。
それまで待て。」
「父上・・・」
皇帝陛下も悩んでいた。
確かにルークを公爵位に就けるのが妥当なのだろう。
だが、ルークは死んだことになっている。
死んだ人間が生き返るわけがない。
他に手がないわけではないが、今は妥当な手段がなかった。
だが、ここに1人、妥当な手段を持っている人間がいた。
そう、クロムワルツ侯爵である。
彼は、フェイブレイン公爵がキナ臭い状況であることを、すぐに察知していた。
そして、ルークに関する情報収集を早めていたのだ。
もし、ルークが公爵家の人間であれば、彼が継ぐのが妥当であろうと判断していた。
あとは、皇帝陛下をうまく誘導できれば、いいだけなのだ。
その手を今のうちに打っておく。
「陛下、死んだ人間は生き返りません。
それに、公爵殿が逮捕されれば、
フェイブレイン公爵の名声は地に堕ちるでしょう。
つまり・・・」
ここで、皇帝陛下が割って入る。
「つまりは、その名声を取り戻すことが可能な人物に、
公爵家を継がせる必要がある、というところか?
そして、それが可能な人間はただ1人・・・といったところか、
クロムワルツよ?」
「流石の慧眼。
おみそれ致しました。」
侯爵は頭を下げる。
どうやら、皇帝陛下も同じ考えに至っているようだ。
「確かに、1人しかない。
だが、かの者がそうそう納得してくれるかどうか、わからんな。
説得するにも、折れてくれるかどうかだが・・・
まぁ、考えておこう。」
皇帝陛下は、やや曖昧ではあったが、考えが纏まったようだ。
「クロムワルツ、クリシュナ、この件、一切他言無用で頼む。
この件、余が預かる。」
こうして、ルークの話は終了するのであった。
侯爵は帰りの馬車の中で、考察していた。
ルークが公爵の子息と知った時、喜んだものだった。
だが、フェイブレイン公爵は現在、兄であるレイドが引き継いでいる。
よって、ルークを公爵位に就けるのは不可能だった。
だが、その肝心のフェイブレイン公爵がキナ臭くなった。
そして、大事件を起こしている可能性が高くなった。
これは好機と睨んだのだ。
そして、皇帝陛下に、ルークの出自に関する情報をもたらしたのだ。
もし、ルークが公爵になれば、縁戚関係が確実に結べるのだ。
早速、ミシェリを送りこむだけでいい。
今は結婚できなくとも、いずれ側室であれ迎えてくれるだろう。
あのルークのことだ、追い返したりはしない。
それに、ミシェリはルークに惚れている。
間違いなく、ルークとの間に子が生まれることに違いないのだ。
侯爵にも、出世のチャンスが訪れるのだ。
この好機、逃す手はない。
侯爵は、皇帝陛下を見事に誘導して見せた。
これで、ルークが公爵になれば、万々歳だった。
「ふっふっふ、これでうまくいけば、私にも運が向いてくるというものだ。」
侯爵は小さくほくそ笑むのだった。