17-3 母親。
翌日。
ルークは、城方面を散策していた。
城は、少し小高い丘の上に建っていた。
城からは、都市内部が一望できるのだろう。
だが、ルークは城の中には入れない。
今は用事がないからだ。
城周辺を散策した後、小高い丘にある屋敷を見つけた。
屋敷は一軒しかなかった。
周囲は林で覆われており、屋敷以外に家らしき建物は一切なかった。
この屋敷周辺を散策すれば、完了である。
ルークは屋敷に向かって歩いていた。
そして、周囲をぐるりと回ると、散策完了である。
これで、“瞬間移動”で、この都市内のすべての場所に移動可能となった。
すぐに転移できる態勢が整ったのだ。
さて、屋敷の入り口前で、ルークは佇んでいた。
入るべきか?
いや、行くと決めたのだ。
ルークは覚悟を決めると、屋敷の扉を叩く。
すると、ドアが開き、老執事が姿を現す。
「どちらさまでしょうか?」
「屋敷の主に、ルークが来た、とお伝えください。」
途端、老執事は驚き、固まる。
じっと、ルークを見た後、驚きつつも言葉をつづる。
「ルーク・・・様!?」
「はい、ルーク本人です。」
老執事は、慌ててうなずくと、奥へと姿を消した。
ルークは後ろに誰もいないことを確認した後、屋敷の中に入り、ドアを閉める。
そして、待つことしばし。
老執事が急いでやってきたのだ。
「奥の応接室へご案内致します。
ついて来てください。」
ルークはうなずくと、老執事に従うのだった。
応接室に到着すると、一人の女性が座って待っていた。
見た目は、40代の女性だった。
簡素だが、貴族の衣装に身を包んでいる。
間違いなく、身分は貴族なのだろう。
そして、おそらくこの人が、ルークの母親なのだ。
ルークは、母親の顔を全く覚えていない。
母親との接点が少なかったのが原因だった。
ほとんどの時間を、乳母のネミアと過ごしていたのも理由なのだが。
だから、母親の顔を見ても、なんとも思わなかったのだ。
そんな母親と思われる女性は、ルークの顔を見て、懐かしそうな顔をしたのだ。
子供の頃の、ルークの面影が残っていたのかもしれない。
ルークは、女性の前に立つと、挨拶を交わす。
「皇帝陛下直属の騎士、魔法騎士ルークです。
現在任務中のため、このような格好をしておりますが、ご容赦を。」
念のため、バッジ二つを見せる。
魔法騎士と大魔道士を示すバッジだ。
それを見て、女性はコクリとうなずく。
「ルーク様、お座りください。」
女性はそう告げると、ルークは対面に座する。
ルークが座ったのを確認すると、自己紹介を始める。
「私の名は、メイリア=フェイブレインと申します。
現フェイブレイン公爵家当主の母親になります。
今は訳あって、この屋敷に住んでおります。」
「訳とは?」
ルークは念のため聞いてみる。
だが、メイリアは首を横に振る。
「それについては、お答えできません。
家族の事情ですので。
それよりも、私はあなたに用件があってここに呼びました。」
どうやら、本題に入るようだ。
ルークは何も答えず、言葉を待つ。
「私は、あなたの実の母親です。
あなたに真実を知って頂きたく、ここにお呼びしたのです。
あなたが何故、4歳の時、家を出ていくことになったのか、その理由を。」
実は、ルークも家を追い出された理由は、乳母のネミアから聞いていない。
ただ、「追い出された」と思い込んでいたのだ。
だから、ちゃんとした理由は全く知らない。
ネミアも話すことは一切無かった。
おそらく、当時のルークは幼かった。
だから、理解できないと判断したのかもしれない。
もし、今もネミアが生きていれば、真相を話してくれたかもしれない。
ルークは、黙って聞くことにした。
メイリアが全てを語るまで待つことにしたのだ。
「あなたが4歳の時、あなたの父親は、あなたを殺すつもりだったのです。
魔力適性が無いと知った時点で、殺そうとしていたのですから。
私は、反対しました。
せめて、教会に預けて、普通の庶民として、
人生を全うさせてあげて欲しいとお願いしました。
ですが、夫は、私の言葉に耳を傾けてくれませんでした。
私は、あなたを殺されないようにするため、ネミアに相談したのです。
すると、ネミアが言ったのです。
『私がこの子を連れて、遠い地に逃げます。
そこで、私がこの子を育てます。
だから、この子を私に預けてくれませんか、奥様?』、と。
私は、ネミアに全てを託しました。
夜中、密かにネミアを外に送り出し、
彼女の親戚の魔法使いに遠い地へ転移してもらったのです。
夫は、あなたが行方不明になったことに怒りました。
ですが、無理に探すようなことはしませんでした。
貴族の名に傷がつくのを恐れたからです。
そして、あなたの捜索が打ち切られたのです。
こうして、あなたは死んだことになったのです。
これが、真相です。」
ルークは、捨てられたわけではないということを理解していた。
全て、乳母のネミアのおかげで助かったのだと。
ルークの父親は厳格だったのだろう、魔力適性が無い時点で、殺そうとしていたのだ。
とんでもない父親だが、実のところ、これが現実だった。
貴族は、魔力適性が無ければ、貴族になれないのだ。
魔力適性が無い時点で、死んだも同然の扱いを受ける。
運が良ければ、教会に預けられる。
いわば捨てられるのだが、これもまた過酷な運命なのだ。
父親や母親に見捨てられ、孤児として育てられるのだから。
ルークは運良く、乳母によって、命を救われたのだ。
ネミアには感謝しなくてはならなかった。
「ルドマンさんより、ネミアが死んだと聞かされた時はショックでした。
ネミアは元々体が弱かったですから、
無理をしないよう注意はしておいたのですが。
彼女が亡くなった後、あなたは村の人々に育てられたと聞き、
安心しました。
ですが、一つ誤算がありました。
あなたに魔力適性があったのだと、今になってわかったことに。」
メイリアは、ルークに魔力適性があったと思っているようだが、事実は違う。
ルークが魔力を得たのは、「創造系魔法」のおかげであった。
「創造系魔法」のおかげで、「無尽蔵の魔力」を得たのである。
この時点で、魔力適性を得たのだ。
ルークはこのことを知っていたが、黙っていた。
メイリアは、ルークを見て、本当の意味での本題に入る。
「ルーク、公爵家に戻りませんか?
今のあなたであれば、兄レイドも無下にはできないでしょう。
兄を助けると思って、公爵家に復帰して頂けないでしょうか?」
だが、ルークの心は決まっていた。
「メイリア殿、その提案は却下させて頂きます。
僕は、ネミアに助けられた身ではありますが、公爵家を出た人間です。
いわば、公爵家から見捨てられた人間です。
それに、今の僕は、皇帝陛下直属の騎士です。
公爵家に仕えるつもりは、毛頭ありません。
お許しください。」
この言葉に、メイリアはわかっていたのか、ため息をつく。
「そうですよね、今のあなたは、皇帝陛下の騎士。
公爵家の人間ではないんですよね。
ですが、これだけは覚えておいてください。
私は、あなたの命を救うため、ネミアに託したのです。
私は・・・
私は、決して、あなたを見捨てたのではないと。」
メイリアは目に涙をためていた。
元気な姿で現れたルークに、感動していたのだ。
そして今、しっかりとした声を聞かせてくれている。
そのことに、感謝していた。
ルークもまた、メイリアの言葉をしっかりと理解していた。
だから、別れの言葉に、感謝を込めていた。
「メイリア殿、それは理解しているつもりです。
乳母のネミアは一度たりとも、僕は捨てられたなんて言いませんでした。
だから、僕はきちんとした理由があって、親元を離れたんだと思っています。
だから、あなたを恨んではいません。
むしろ、感謝しています。
ありがとうございます、メイリア殿。」
ルークはそれだけ言うと、頭を下げた後、立ち上がる。
もう、話すことはない。
ルークは応接室を去っていくのであった。
ルークが去った後、メイリアは、泣き崩れるのであった。