16-8 暗雲。
ルークとニコラウスは、講堂を出ると、3階の執務室に移動していた。
2人はソファに座ると、落ち着いて話を開始する。
「なんか、すいません。
怒ってしまって。」
ルークは反省していた。
勢いとはいえ、講義とは関係ない事を言ってしまったからだ。
「お気になさらずに。
今回は、いい薬になったことでしょう。
皆、気持ちが切り替わることでしょう。」
「そうですか?」
「えぇ、私は、そう信じていますよ。」
ニコラウスは笑顔のままだ。
「ルーク様の言葉が、身に染みていると思いますよ。
ルーク様は、正しいことを彼らに伝えてくださりました。
だから、私は感謝しているのです。」
「そうでしょうか?
僕は、当たり前のことを話しただけで。」
「その当たり前が大事なのですよ。」
ニコラウスは、ルークに感謝していた。
ルークの言葉は間違いなく、皆に理解されている。
そして、彼らの心にいくばくかの変化が生まれることを願っていたのだ。
司祭としての心構えが。
もし、彼らが優秀に育てば、それはルークのおかげということになるだろう。
「本日は、誠にありがとうございました、ルーク様。
また、よろしければ、講義して頂けますか?」
「はぁ、その、魔法の講義であれば、いつでも。」
ルークは、頬をかきながら、了承するのだった。
ルークが去った後、数人の司祭がニコラウスの元を訪れていた。
「どうしました?」
ニコラウスの問いに、皆困っていたが、一人が告げる。
「私は、どうかしていました。
ルーク様の言葉を聞いて、自分の役割を思い出したような気がします。
その、ルーク様に謝りたいと思ってきたのですが・・・」
「ルーク様は、ご用事のため、既にここを発ちました。
ですが、ルーク様は許してくださると思いますよ。」
「そうでしょうか、ニコラウス様。
かなりお怒りでしたから、我々を許して頂けないかと・・・」
「そんなことはありませんよ。」
ニコラウスは強い口調で言うと、言葉を続ける。
「ルーク様は、君たちに期待しているのです。
ですから、あのようなことをおっしゃったのです。
だから、自分を責める必要はありません。
ルーク様の言葉を胸に刻みなさい。
そして、自分の役割を全うするのです。」
ニコラウスの言葉に皆うなずく。
ニコラウスはそれを確認すると、笑顔になるのだった。
ルークは、大教会を離れると、まっすぐ王城に向かっていた。
とりあえず、クリシュナへ報告のみ済ませて、帰るつもりだったのだ。
時刻はすでに夕方になろうとしていた。
その時だった。
「ルーク様、聞こえてますか?」
レヴィの“思念連結”での連絡だった。
「はい、聞こえています。
どうかしましたか?」
「今すぐに、王城に来られますか?
殿下がお話しがあると。」
何かあったのだろうか?
「了解しました。
既に向かってますので、お待ちください。」
「了解しました。」
“思念連結”が切れると、少し速足で歩き始める。
何か、妙なことが起きていないといいのだが。
王城に到着すると、すぐにクリシュナの執務室に通された。
部屋には、クリシュナ、ベルガー、レヴィが既に待っていた。
ルークが着席すると、話が始まる。
「ルーク済まないな。
ついさっき情報が入った。
ミーディアス王国が戦争の準備をしているとのことだ。
ミーディアス王国の王都には兵が集まりつつあるそうだ。
当然、こちらに戦争の話は一切無い。
つまり、条件なしの戦争を仕掛けてくる可能性が高い。」
「となると、本当に戦争が開始される可能性が濃くなったということですね?」
「ああ、そうだ。
前線となる貴族たちにも通達を入れる予定だ。
こちらもすぐに軍備を整える必要がある。
ルーク、済まないが、レヴィとすぐに連絡が取れるようにしてくれ。
それと、一つ気になる情報を入手した。」
クリシュナは少し苦い顔をしていた。
「どうかされましたか、殿下?」
ベルガ―が気になったのか、問いかける。
「あぁ、かなり厄介な情報なんだが、
“西の砦”たるフェイブレイン公爵が、どうもキナ臭いらしい。
レヴィの配下が内偵中なのだが、そんな情報を入手してきたのだ。
裏切りの可能性もあってな、ミーディアス王国と同調する可能性もある。
それに、最近、あの公爵はおかしいのだ。
レヴィ、報告を頼む。」
レヴィはうなずくと、報告を行う。
「はい、内偵の情報によると、最近、公爵家の領内にて、
行方不明事件が多発しているとのことです。
その事件を起こしているのは、公爵本人ではないかと目下噂になっております。
公爵には良くない噂が目立っています。
最近ですと、不手際を起こしたメイドを斬り捨てたという話も
挙がっております。」
どうやら、フェイブレイン公爵家は問題ありのようだ。
「レヴィ、それが事実であれば、一大事だ。
公爵家取り潰しにもつながる案件だ。
よって、レヴィ、君にも出向いてもらいたい。
そして、ルーク。」
「はい。」
「君にも手伝ってもらいたい。
君の力は、犯人を看破できるのだろう?
それに、君の権限も最大限に利用できるはずだ。
まずは、行方不明事件について、調査してほしい。
できればすぐに発ってほしいところだが、準備も必要だ。
レヴィの準備が整い次第、一緒に向かってくれ。
場所は、レヴィが知っている。
レヴィの“瞬間移動”で移動できる。」
ルークは、うなずく。
「わかりました。
レヴィさん、連絡お願いします。」
「承知しましたわ、ルーク様。」
「済まないが、この件は二人に任せる。
さて、私とベルガーは、戦争の準備を進める。
そして、情報収集を引き続き行う。
皇帝陛下にも情報は伝える。
頼むぞ。」
クリシュナの言葉に、皆うなずく。
事態は、大きく変化しようとしていた。