10-1 皇太子に呼び出されました。
※本節は少し長めです。(短く切り分けられませんでした)
ご了承ください。
ルークは、レヴィに手を引かれるがまま、歩いていた。
さながら、美女に手を引かれる少年である。
周りに変な目で見られていないか、ルークは心配するのだった。
だが、レヴィはおかまいなしに、ルークの手を引いている。
「あのぉ、レヴィさん。
手を離しても大丈夫ですよ。
僕は逃げませんから。」
その言葉に、レヴィは小さく微笑む。
「えぇ、わかってますわ。
でも、逃げられそうな気がするので。
この手は、ある場所に到着するまで離しませんよ。」
どうやら、手は離してくれないらしい。
ルークはとりあえず、諦めることにした。
レヴィは急ぐわけでもなく、ゆっくりと王城に向かって歩いていた。
「もしかして、王城に向かっているんですか?」
ルークの問いかけにレヴィは答えなかった。
どうやら当たりのようだ。
返事をしないということは、つまり認めたということだった。
ルークは考えてみた。
どう考えても、自分を呼び出したのは、王族関係者に間違いない。
では、誰だろう?
今までの出会いの中で、王族関係者は全く存在しない。
そもそも、王族関係者とお近づきになることすら、ないだろうと思っていたのだ。
思いつくはずもないのだ。
結果、会ってみるまでわからないという回答に行き着く。
ルークは不安一色で、王城に向かうのであった。
王城に到着すると、レヴィはようやく手を離してくれた。
レヴィは受付で入城の手続きを取ると、ルークを引き連れて王城内へと入る。
ルークは王城に入るのは初めてだ。
そもそも貴族や関係者以外、そうそう入ることはない。
もしかしたら、一般人では初めて入城したのかもしれなかった。
とりあえず、レヴィにはぐれることがないように、しっかりついていく。
やがて、応接室と思われる部屋に入ったのだ。
「ルーク様は、そこのソファにお座りください。
私は、あるお方を呼んで参りますので。」
そう言って、レヴィは部屋を退出していく。
ルークは、防寒マントを脱ぐと、ソファに座ることにした。
それにしても、ソファは何故こうもふかふかなのだろう、と違うことを考える。
そういえば、伯爵や侯爵、子爵と貴族の家に出入りしているが、皆ソファがふかふかなのだ。
ちゃんと手入れしているのだろう。
うちにも欲しいけど、高価なのだろうなぁなんて考えていた。
その時、応接室のドアが開き、華美な服装の青年が入ってきたのだ。
それに続き、近衛騎士団の制服を纏った一人の男性が続く。
そして最後に、レヴィが姿を現す。
ルークは立ち上がると、敬礼を行う。
何となくだが、王族に違いないと判断したのだ。
華美な服装の青年は、ルークに話しかけてきた。
「初めまして、ルーク。
君を待っていたのだよ。」
「僕をですか?」
「あぁ、君は私が欲しがる逸材だからな。」
青年はそう話すと、ルークの対面に座る。
そして、ルークに座るよう、促す。
ルークが座った時、青年の後ろに、男性とレヴィが控えたのだ。
「まずは自己紹介だ。
私の名前は、クリシュナ=ウォーンゲーテンだ。
そして、後ろに控える男性は、ベルガ―=ウォーザードという。
近衛師団の団長だ。
そして、御存じだろうが、レヴィだ。
彼女は近衛師団の諜報担当だ。」
ウォーンゲーテンの名字は、王族であることを示す。
だが、クリシュナという名に聞き覚えがなかった。
それでも王族であることに変わりがない。
「ルークと言います。
よろしくお願い致します。」
ルークは頭を下げる。
「ルーク、君を何故ここに呼んだのか、わかっているよね?」
クリシュナの問いに、ルークはうなずく。
「だったら、返事を聞かせてもらおう。」
クリシュナは詳細を言わずに、返答を問う。
「答えは、お断りします、です。
理由はあります。」
クリシュナはわかっていたのか、笑みを浮かべていた。
ルークの言葉は続く。
「理由は、僕は残り二系統の上級魔法を極めるまで、
就職するつもりが無いからです。
ですから、それまで猶予を頂けませんか?」
その言葉に、クリシュナは笑い出していた。
ベルガ―とレヴィの表情に変化はなかった。
クリシュナはひとしきり笑うと、口を開く。
「いや、失敬。
君はやはり私の考え通りの回答をくれたよ。
素晴らしい。
君は、四系統の上級魔法を極めるつもりだと私も考えていた。
それが間違っていなかったのだ。
だが、君ならば、四系統を極める前に、
我ら近衛師団に所属しても問題ないのではないか?
もし、君が入団してくれるのであれば、
私が上級魔術書の手配をし、サポートもつけよう。
好条件だと思うが、どうかな?」
クリシュナはあえて、ルークをサポートする条件を突き付けて来た。
それは、ルークにとっては好条件に違いなかった。
だが、そのサポートを受けるには、近衛師団に入団するのが条件だったのだ。
「確かに、好条件を出して頂くのはありがたいのですが、
僕は一人で極めると決めたんです。
ですから、ありがたい話ですが、お断りさせて頂きたく思います。
その、こればかりは一人でやってみたいのです。」
「そうか。
では、君が残り二系統を極めるのはいつになるのかな?」
「早くて夏かと。」
「なるほどな。
それでは困るのだ。
父上が介入する可能性が高くなる。
私は、父上が介入する前に、君を手元に置いておきたいのだ。」
父上と聞いて、ルークは疑問に思う。
父上とは、皇帝陛下のことだろうか、と。
「しかし、何故、父上という方が介入されるとまずいのでしょうか?」
ルークの質問を聞いて、クリシュナは思い出したかのように、ポンと手を打つ。
「失敬した。
君に説明していなかったな。
父上とは、皇帝陛下本人だ。
私はその息子であり、皇太子なのだ。」
これには、ルークは驚く。
未来の皇帝陛下が今、目の前にいたのだ。
王族とは思っていたが、まさか皇太子だったとは思わなかったのだ。
クリシュナはルークの驚く表情を見つつ、言葉を続ける。
「何故まずいのか、その回答は簡単だ。
父上は、君を必ず自分の手元に置くからだ。
手元に置くということはつまり、近衛師団に入れるというわけでない。
皇帝直属の機関に君を配置するつもりなんだよ。
例えば、『魔法騎士』のような、近衛師団よりも上位の立場とかにね。」
『魔法騎士』と聞いて、ルークは驚く。
まさか実在が怪しい『魔法騎士』が、この国に存在するのだろうか。
その疑問に、クリシュナが答える。
「残念ながら、『魔法騎士』はこの国には存在しない。
いや、他国にも存在しないと聞いている。
その昔、最強の騎士であったというが、滅んだらしい。
生き残りはいるかもしれないが、いても少数だろう。
そして、ルーク、君は最も『魔法騎士』に近い存在だ。
父上は既にそのことを知っている。」
まさか、皇帝陛下にも知られていたとは、ルークは驚くより他なかった。
ただ、ありえない話ではない。
ルークは、多くの貴族に接している。
それに魔導士協会もだ。
よって、皇帝陛下に話題として耳に入る可能性は多々あったのだ。
そして、ルークを手にいれようとしているのだ。
だが、その前に皇太子自らが動いたということなのだ。
クリシュナの話はまだ続く。
「私は、父上の考えに反対なのだ。
何故、既存の近衛師団に力を入れず、
己の直轄機関に優秀な人員を配置するのか。
私は納得いかなかった。
だから、私は、将来のため、そして既存の近衛師団のためを思って、
自ら優秀な人材を確保することにした。
かなり苦労したよ。
父上より先んじて、情報や人材をかき集めるのだ。
情報網だって、整えるのはかなり大変だった。
だが、今や、優秀な人材の情報はすぐに集まるようになった。
私は、そういった人材を自らの手元に置いて、育て、
既存の機関に配置していった。
この国をより良くするためだ。
私は父上のように、皇帝直轄の機関に収めるつもりはない。」
クリシュナの考えは理解できる。
彼は、間違いなく、国のために動いていたのだ。
父親である皇帝陛下に叛旗を翻してでもだ。
考えには共感できるものはあるが、自身の話とは別だ。
ルークは一つの提案を試みる。
「お話は分かりました。
では、こういうのはどうでしょうか。
僕は、四系統の魔法をマスターした時点で、
近衛師団に入るという約束を交わすというのは?
例えば、魔法の誓約書を作り、それを皇帝陛下に証拠として見せるのです。
それであれば、皇太子様の思惑通りにいくのではないでしょうか?」
だが、クリシュナは否定するかのように、首を横に振る。
「それではダメだ。
父上ならば、誓約書すらなかったことにできるだろう。
父上は私にとって、恐ろしい存在なのだ。
私の為すことの裏を突いてくる。
だから、油断ならないのだ。」
どうやら、皇帝陛下をかなり警戒しているようだ。
苦い思い出でも思い出したのか、苦々しい表情をしていた。
だが、これでルークも困った。
近衛師団に今は入るつもりはない。
この考えに変わりはない。
だが、皇太子の考えもわからなくもないのだ。
打つ手がなくなったのだ。
このままでは、話は破談するのが見えていた。
ルークは、今回ばかりは折れるつもりはなかった。
だが、それに気が付いているのか、クリシュナは笑みを浮かべる。
「わかっている。
君も折れるつもりはないのだろう?
君は芯の強い人間だ。
私は多くの人間を見て来た。
だから、よくわかる。
それに君は正直だ。
そう、馬鹿正直だ。
だから、私のこともきっちり考えてくれている。
だからこそ、私は、君を手放したくないのさ。」
クリシュナはルークを過大評価していた。
それは期待値が高いという意味もあるが、ルークという人間が好きだったのだ。
クリシュナにとって、ルークの活躍は心躍るものだったのだ。
たかが一般人でありながら、数々の場において活躍してみせたのだ。
だからこそ、手元に置いて育てれば、きっと更に活躍してくれると期待せざるを得なかったのだ。
そして、それが、クリシュナの願いでもあったのだ。
「では、当初の目論見通り、私が戦うということでよろしいのですか、殿下?」
その時、後方に立つベルガ―が声をかける。
「あぁ、ベルガ―、君の言う通りだ。
ルーク、ここは決闘で決めよう。
もし、近衛騎士の中で最強である、ベルガ―を倒せたならば、
君の要望を飲もう。
ただし、ベルガ―に敗れた場合、私の要望を飲んでもらう。
なお、君を手元に置いた場合のサポートは約束しよう。
私は、約束を破らない。
どうだ?」
「わかりました。
その条件、飲みましょう。」
ルークは、戦う決断をするのだった。