9-10 侯爵の思惑。
その日の夜。
犯人のヒューゼはすぐに捕まった。
ハルムホルン伯爵領に居たところを逮捕されたのだ。
なお、クロムワルツ侯爵経由で、ハルムホルン伯爵に事の次第は伝わっていた。
これにより、アーカイアのせいで、伯爵家に更に泥が塗られる事態となったのだ。
アーカイア本人は関係ないフリをしていたが、ハルムホルン伯爵本人から、勘当に近い処分を受けることになった。
それは、ハルムホルン伯爵の騎士団に強制入隊させるというものであった。
ハルムホルン伯爵の赦しを得るまでの間、しばらくは騎士団の雑用としてこき使われる事態となったのだった。
これにて、本当に決着がついたのだった。
クロムワルツ侯爵は、自分の執務室にて、一人ワインを飲んでいた。
彼は、ルークのことを考えていた。
最初、結婚式の会場で会った際、普通の少年だと思っていた。
噂にあった、凄腕の剣士や魔法使いであるとは信じられなかった。
だが、噂は事実だった。
ウェイツを助けるため、ルークを誘ったのは侯爵の狙い通りだった。
ただ、まさか王都で、しかも期限前日に会えるとは思わなかった。
これは本当に偶然なのかと疑ったほどだ。
そして、対戦相手のヒューゼを完膚なきまでに破ったのだ。
しかも、初級の魔法で。
ウェイツからは、事の次第はきちんと聞いていた。
その時は、信じられない思いだった。
魔法力を調整し、初級の魔法を高位の威力にまで格上げするなど、普通の魔導士には不可能だった。
それを、いともたやすく、ルークはやって見せたのだ。
希代の天才という言葉が似合っている。
そして、暗殺者たち6人をなで斬りにして見せた剣の腕前だ。
無論、侯爵はルークが去った後、情報収集を欠かさなかった。
見ていた者たちの話では、あっという間に、全員斬り捨てられたというのだ。
もはや、一流では済まないかもしれない、剣の腕だ。
そして、犯人の名前まで看破してみせた魔法の実力。
これはもはや、只者ではない。
最初のイメージから、更に成長を見せているルークという少年が、心底恐ろしく感じた。
それと同時に、大きな期待が持てたのだ。
もし、彼が“大魔道士”にでもなれば、それこそこの国を救う存在になるかもしれない。
さらに考えると、この世界でも屈指の魔導士になるかもしれないのだ。
そんな彼を手元に置きたいと、侯爵は考えていたのだ。
縁戚関係さえ結べばいい。
彼は間違いなく、皇帝陛下に最も近い存在となる。
縁戚であれば、皇帝陛下への発言権が増す。
それだけではない。
うまくいけば、自分が「公爵」になれる可能性も秘めていたのだ。
侯爵にとっては、「公爵」の地位は喉から手が出るほど欲しいものだった。
だが、今の状態では叶わないのだ。
だからこそ、ルークを利用するつもりであった。
無論、罪悪感は侯爵にもあった。
だが、これを利用しない手はない。
彼も根っからの貴族なのである。
貴族は貪欲でなくてはならないのだ。
「これは早めに手を打たなくてはな。
レイヴン殿に先に手を打たれる前に。」
侯爵は、ワインをゆっくりと飲み干すのだった。