19 チャラ男を痛めつけるのって楽しい
◆◇◆
アイリが向かったのは王宮の離れの建物。
地下に特別な牢屋がある。
カツーン カツーン
階段を降りる靴音が響く。地下にはほとんど陽が差し込まず薄暗い。
アイリが鉄格子の前に立った。
「バッカス君、ご機嫌いかがですか?」
「いいわけないだろうが」
怒りのこもった答えと、ジャラリという鎖の擦れる音がした。
バッカス・ギルナーが床にへたりこんでいる。
ノルデン王国の貴族で、唯一の男の生き残り。
肌を真っ黒に焼いた男の姿は、闇に溶け込んでぼんやりとしか見えない。
バッカスはノルデン王国の男を呪術で死滅させた首謀者である。王国を乗っ取って自分のハーレムにしようとしていた。
バッカスは瞬間移動の魔法が使えるから、アイリの背後に突然現れた。アイリを人質に取ったものの、アイリは【麻痺】でバッカスを身動きできなくした。
バッカスは魔法障壁が貼られた牢屋に閉じ込められ、瞬間移動で逃げ出すことができない。
王国の女性たちは、夫、恋人、父、息子を殺された恨みをバッカスに叩きつける。毎日大勢の女性が牢屋に列をなして、バッカスを鞭打ったりして痛めつける。
バッカスが死にかけたら、神官が薬草を使って復活させる。バッカスは生かさず殺さず、半永久的に苦しめないわけにはいかない。
バッカスは陰湿な牢屋にいて、絶望しているはずだ。魔法が使えない牢屋だから、自ら命を絶つこともできない。
俺は前世では、バッカスみたいなチャラ男にイジメられてきた。チャラ男を痛めつけられているのは、俺としては楽しい。
もっとも最近は帝国軍が攻めてきて、それどころじゃない。国民はみんな家に引きこもっているから、バッカスは珍しく苦痛を味合わなくて済んでいるのだが。
「バッカス君に聞きたいことがあるのっ 正直に答えてくれたら、1週間くらい鞭打ちはなしにしてあげる」
アイリが腕組みして問い掛ける。
「ああん、一体何が起きてるんだ。ここんとこあまり人が来ないが」
「バッカス君に質問する権利はありません。私に答えるかどうかだけ。答えなかったら拷問するよっ」
アイリが脅かす。アイリが物騒なことを言うのは珍しい。よっぽどアイリは知りたいことがあるらしい。
「ま、待て、何でも答えてやるよ」
バッカスは逆らう気力を失っているようだ。
「帝国の皇帝は、私のことを知ってるんだよね。ずっと前にバッカス君は、王国が降伏したら皇帝は私を側室にするって言ってたから」
「ああ。アイリのことは俺が皇帝に話して聞かせているが、それがどうした」
「私のことをなんて話した? どんな女だって? 正直に答えて」
「ふん、最高にいい女だと言ったよ。皇帝のハーレムには何千人と女がいるが、アイリは顔を体も飛び切りだとな。これでいいか」
バッカスはめんどくさそうに答える。
「それだけかしら。私が何か特別な能力を持っているって話したんじゃないのっ マルーちゃんから聞いてさ」
アイリが苛立ちを込めて詰問する。
「……な、何のことだ」
バッカスはとぼけるが、口ぶりで嘘をついていると直感する。こいつは本当に嘘をつくのが下手だ。
マルーは呪術を使った張本人。正体を隠して魔法使い隊に混じっていた。俺とアイリが閨をともにするたびに、【全員攻撃力向上】や【全員魔力向上】とかの強力な補助魔法を獲得するのを知っていた。
【精力回復】や【睡眠不足解消】とかのネタ的な能力もあるが、使いようによっては便利。アイリは俺を眠らせず、毎日十人くらいの女性と閨をともにさせるという、どんなブラック企業よりも鬼畜な所業をしたものだ。
アイリがその状況で必要な能力を都合よく生み出すから、マルーは普通じゃないと感じていたはずだ。俺同様に、アイリも特別なギフトを持っている。
「私が何かのギフト持ちだって知ってるんでしょ?」
「し、知らんな」
バッカスはしらを切るが、バレバレだ。
マルーとバッカスは結託していた。お互いに瞬間移動で落ち合って情報交換していたのだろう。
アイリが廊下の壁に掛けてある鞭を手に取る。
「バッカス君て、もしかしてドMなの? 拷問されたいのっ?」
アイリが鞭を廊下に叩きつける。ピシィッと耳を貫く音がした。
「ま、待て、わかった。言うよ。アイリが超便利な補助系能力を獲得するみたいだってのはマルーから聞いて、皇帝に話したよ」
バッカスが白状する。
「やっぱりね。聞きたかったことは以上っ」
アイリは納得した様子で、鞭を壁に掛ける。
「約束どおり、しばらくオレ様を痛めつけるのは止めてくれるんだろうな。オレ様はドMじゃねーから」
「どうしよっかなっ 嘘つこうとしてたしなぁ」
アイリが右手の人差し指を頬に当てて考える仕草をする。
「ゆ、許してくれ」
哀願するバッカス。以前、意味不明なセリフをほざいてカッコつけているふうだったのが、片鱗も残っていない。
「まぁいいや、バッカス君なんてどうでもいいんだからっ」
ツンデレっぽい言葉を吐いて、アイリは踵を返す。
本当にアイリにとってはバッカスはどうでもいい存在。
「どういうことだ、アイリ。バッカスに話を聞いたのは何の意味があるんだ」
追いかけながら尋ねる。俺にはアイリの考えが全然わからない。
「執務室に戻りましょう」
アイリはそそくさと階段を登って行く。
俺たちは後に続いた。
バッカスに聞かれないところで、アイリが思いついた作戦を説明してくれるんだろう。




