9 驚愕の戦法
◆◇◆
今日は市庁舎の来賓室で、昼食会。
食事をしながら今後の貿易についての打ち合わせだ。
例によって、俺とアイリはお誕生日席に座らされて、大勢の市の幹部に接待される。
フォーゲル市長は俺とアイリを目いっぱいもてなしておいていい気分にさせておいてから、交渉で有利な条件を勝ち取ろうという目論みである。
わかっていても、たくさんお世話になってしまった負い目があるので、こちらは強気に出れない面がある。
「美味しいパンでしょう。最高級の小麦を調達しておりますからな」
俺の右手側に座った市長がニコニコしながら話しかけてくる。
「ええ、美味しいです」
「では小麦の代金は金貨500枚ということで」
「うう……」
俺は口ごもる。
キキィから言われている相場からだいぶ吹っ掛けられている。この条件を飲んで帰国したらキキィに罵倒される。上質の小麦だったら、国の女の子には喜ばれそうだけど。
衛兵が駆け込んで来た。
「はあはあ、沿岸部に敵の大軍が現れました! 帝国軍の旗です。数は10万はいるものと!」
衛兵が大声で告げる。
突然の敵襲――
「いいい!?」
「ええ!?」
俺とアイリは驚くが、市長はじめ幹部たちは平然としている。
「落ち着いて下さい。我が市の城壁は難攻不落ですぞ」
市長がワイングラスを片手にしたまま言い聞かせてくる。
「しょうこりもなく。また攻めてくるとはね」
「全く帝国軍は学習しませんな。ははは」
市の幹部たちがせせら笑っている。
ハルザ市は襲撃を受けることに慣れているようだ。
「どれほどの大軍であっても、我が市を船で攻める限り、全て沈められるだけです」
市長はナイフとフォークでステーキを切り始める。
「そ、それがっ 今回は様子がいつもと様子が違います。船は見えません」
衛兵が報告を続ける。
「では攻める気はないということだ」
市長が悠然と言い返す。
「い、いえ、帝国軍はおかしな動きを見せています。実際に見ていただいた方が」
「……」
市長らは腑に落ちない表情で食べるの止めた。
俺たちは小走りに市庁舎を出る。
市庁舎前で馬車に便乗して、大陸沿岸部に面する城壁に向かって行く。
城壁に登った俺たちが見たものは――
ハルザ市から大陸沿岸までは1000メルトルほど。
沿岸部の様子はよく見える。
砂浜で、大勢の人間が蠢いている。ほとんどの者は裸同然で、腰布を付けただけ。身なりからすると奴隷の男だ。
そいつらは肩に土嚢を背負っている。
奴隷たちは海辺にたどり着くと、土嚢を海に投げ込んで行く。
土嚢によって、海がちょっとずつ埋め立てられていく。
「まさか……」
俺は悪い予感がした。
俺は前世で世界史教師だった。教科書に載ってないマニアックな歴史知識も色々と本を読んで知っている。
この戦法は……
アレクサンダー大王のティルス島攻囲戦――
昔、地中海にティルスという島があった。陸からちょっとだけ離れたところにある島だ。
城壁に取り囲まれ、強力な艦隊を有して、自由に交易をして儲けている。ハルザ市みたいな島だった。
大陸の王様たちからすると、従わないティルス島は目障りな存在だ。多くの帝国がティルス島を支配しようと攻め込んだ。だが海と城壁に阻まれて、攻め落とすことができない。
だが、戦争の天才アレクサンダー大王が現れる。アレクサンダー大王は前代未聞の戦法でティルスを攻略した。
島まで、海を埋め立てたのだ。
人海戦術で土嚢を海に投げ込んでいけば、だんだん陸地が橋のように島に伸びていく。ついにティルス島は陸続きになってしまった。
アレクサンダー大王はとどめに投石機をティルス島の城壁のそばに設置。ぶんぶんと石を投げつけて、城壁を破壊してしまった。
ティルス島にアレクサンダー大王の大軍が雪崩込み、攻め落とした。ティルス島の住人はみな奴隷として連れ去られたという。
アレクサンダー大王は、海の戦いを陸の戦いに変換したわけだ。いかに海戦力が強くても無効化されてしまう。
帝国軍もハルザ市を陸続きにして攻め込もうとしている。
これをやられたら、攻め落とされるのは時間の問題。
帝国皇帝自らが考えたのか……あるいはアレクサンダー大王のような天才軍師がいるのか……
「フォーゲル市長、埋め立てを阻止しないとマズイですよ。埋め立ててる帝国軍を今すぐ攻撃しましょう」
俺は急かした。
「は、はあ……ですが、どうやって?」
商人出身の市長は軍事に詳しくないのか。
先ほどまでの余裕は無くなったものの、どうすればいいのかわからず困惑している気がした。
「軍船を出撃させてください。海岸で埋め立て作業中の帝国軍を矢と魔法で攻撃するんです」
「な、なるほど」
「俺も戦います」
「なんですと!?」
市長もアイリもびっくりしている。
「俺は【全員攻撃力向上】、【全員魔力向上】の補助魔法が使えます」
「陛下が前線に行くなんて危ないですよっ」
アイリが真っ青な顔で割り込んでくる。
「いや、俺が行くしかない。それくらいヤバい状況だよ」
俺は焦りまくっている。ハルザ市の幹部たちも危機感を共有してほしい。
「わ、わかりました。ノルデン王には艦隊司令に助言していただきます。艦隊に出撃準備をさせるんだ」
市長は近くにいた役人に指示を出す。
他国の人間に軍の作戦に関わらせるなんて普通はありえないと思うが、いい判断だ。帝国軍の作戦を看破しているのは俺だけだからな。
「もしかすると……帝国軍がハルザ市に攻めてきたのは先日、ノルデン王国をハルザが助けたことの報復です」
俺は思い至ったことを話す。
ノルデン湾海戦で、帝国北方艦隊をノルデン艦隊とハルザ同盟艦隊で挟み撃ちにして全滅させた。
帝国にとってはハルザ同盟が忌々しくて仕方がない。北の海を支配するハルザ同盟がある限り、ノルデン王国を侵略できないのだ。
帝国はハルザ市はじめ同盟に加わる諸都市を陸戦力で攻め落とす。
そしてゆくゆくは孤立無援となったノルデン王国を攻める。
帝国の皇帝の目的はハルザ同盟にとどまらない。ハルザ同盟が陥ちれば、ノルデン王国は再び滅亡の瀬戸際に立たされる。
早く帝国の目論見を砕かないといけないから、俺の身が危ないとか言ってる場合じゃない。
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