6 新婚旅行の思い出
◆◇◆
旅行に出発して、3日目。
今日も港湾都市に停泊。ここもハルザ同盟加盟都市で、北国である。
市長さんらが俺たちをもてなそうとしてくれたが、「お構いなく」と逃げてきた。
宿屋の食堂でアイリら、一行と晩御飯を食べている時――
「みんな、来て。赤いオーロラだよー」
外で警備に当たっていた歩兵隊員が駆けてくる。
「やった! 赤いオーロラは滅多に見られないんですよっ」
アイリが興奮して立ち上がる。
北国のノルデン王国ではオーロラは珍しくない。
俺は転生してきてから、夜に何度もオーロラを見た。
緑色の巨大なカーテンが夜空で舞っているのだ。息を呑むような美しさで、最初見た時は感動した。オーロラは黄色や青だったり、形も様々に変化していく。
でも夜の外はとても寒いし、いつでも見られるとあってはありがたみが少ない。
帝国軍との戦いの準備で忙しかったから、オーロラを見る余裕は失われていた。
俺は宿屋の外に出て、空を見上げる。
赤いカーテンが全天で舞っている……
今夜のオーロラは色が特別なだけじゃなく、スケールもすごい。
空に吸い込まれるような感覚。呆然と見入ってしまう。
「すてき……」
アイリが感嘆している。
「……ああ……」
「先生と一緒に見られるなんて……新婚旅行に連れて来ていただいた時に見られるなんて……奇跡です、これは」
「ほんとに幸運だな」
多分この赤いオーロラが見られる範囲は限られている。
今、偶然ここにいるから見ることができたんだ。
赤いカーテンはゆっくりと揺らめく。
「私、この光景は忘れません。一生の思い出にします」
「俺もだ」
「先生、この世界には赤いオーロラを見た夫婦は一生添い遂げるって言い伝えがあるんですよ」
「そりゃこんな美しいものを一緒に見たら思い出になるもんな」
「私とは一生夫婦でいてくださいね。離婚は絶対にしませんからねっ」
「するわけないでしょ……俺の方こそ、アイリに見捨てられないか心配してるから、言い伝えが本当であってほしいよ」
「ふふっ 面白いなあ、先生は。大好きなのに」
「俺もアイリ大好き」
「先生」
アイリがぴとっと右腕にくっついて来た。
振り向くと、アイリは上目で俺を見つめてモジモジしている。キスしたがっているんだ。
俺はアイリに顔を近づける。
「先生。大好き大好き♡」
唇を上に向けたアイリ。
赤いオーロラの下、俺たちは濃厚なキスをした。
◆◇◆
今日はいよいよ目的地のハルザ市に寄港する。
晴天の下、俺とアイリは船首に立って、行手を見つめる。
海風が強くてアイリが前髪を押さえている。
「あっ あれがハルザ市ですよっ」
アイリが指差して叫ぶ。
俺は目を細めた。
ハルザ市は大陸から1000メルトルほど沖合の島に作られている。
岸のそばから高い城壁がそびえ立っている。四方を城壁に囲まれて、さながら要塞島と言った景観。
ハルザ市の威容は話に聞いていたが、実際に見ると迫力が違う。これも新婚旅行の思い出になる光景だ。
ハルザ市に近づいて行くと、城壁の切れ目が1箇所ある。港に続く水路だ。
水路を進んで行くと、ガレー船がたくさん停泊している。
およそ50隻のハルザ市の艦隊だ。ハルザ市だけで一つの国家に匹敵する艦隊を持つ。他の同盟都市の艦隊と合わせれば、神聖ロマン帝国の艦隊とも互角に渡り合える。
港の入口には城壁がないからって外敵が攻め寄せても、艦隊によって返り討ちにされる。
「すごいなあ」
俺は守りに特化したハルザ市の威容に感嘆しっぱなし。
「さすがは帝国の侵略を何度も撃退した都市ですねっ」
隣でアイリも興奮している。
帝国のすぐ近くの島に莫大な富が蓄えられている。奪い取ろうとして、帝国軍が何度も攻め寄せたという。
だが、わずか1000メルトルの海を突破できない。多数の小舟に乗って何万人もの兵士が上陸を試みたが、城壁を越えられない。
何百隻という帝国艦隊がハルザ市を取り囲み、海上封鎖した時も持ち堪えた。
ハルザ市は狭いから農地はほとんどない。でも商人の交易で稼いでいる。食料は何年分も備蓄されている。
帝国艦隊の方が先に食料が尽きて、撤退に追い込まれた。
まさに難攻不落。完璧な防御力こそが、ハルザ市の自由の根源である。
ハルザ市は帝国に従属していないから、貢物を差し出す必要もない。帝国にとってハルザ市が商売の邪魔でも、お構いなしにやる。
儲かると思う物を自由に売り買いできるからこそ大儲けできるわけだ。
おかげでノルデン王国が必要とする物資を何でもハルザ市が供給してくれる。
我が国の生命線は盤石だね。
この目で確認することができて、安心する。
ハルザ同盟とノルデン王国は先日同盟を締結した。ここハルザ市に帝国軍が攻め寄せてきたら、ノルデン王国は援軍を出す義務がある。だけど、攻めても無駄だから、帝国軍は攻めてこないだろう。
同盟を結ぶのって、戦争に巻き込まれるリスクが増えちゃうんだけど、ハルザ市となら大丈夫だね。ハルザ市がノルデン王国を一方的に助けてくれるばかりな感じで、俺としては得した気分になっていた。




