36 裏切り者は
◆◇◆
一つ眼巨人の後、ほどなく騎士団がまた突撃してくる。
帝国軍は他に特別な攻め方を持っていないらしい。
脳が筋肉でできているバカな男どもは、ひたすら力押しするしかないのだが……
騎士団を支援する敵魔法使いの攻撃魔法は、ルナによって完璧に防がれる。騎士団は歩兵隊の盾で阻まれ、槍でバタバタと突き倒されていく。
単純な攻撃の繰り返し。
騎士団ばかりに損害が出て、こっちは一人もやられていない。
そしてまた、しょうこりも無く火矢が飛んで来る。
これまではルナの全凍結によって、火矢が凍らされ、吹き散らされた。
だから今回も無駄なのだが……
「アルティマ」
俺の背後で声がした。
マルーに授けた能力だ。なぜ今!?
はっとして、振り返った俺が見たのは――
黒のベール姿のマルー。右手から灰色の光が放たれてルナの背中を貫いた――
スローモーションでルナが前に倒れていく。
裏切り者はマルーだった。
万能属性のアルティマは、予めルナが魔法防御力を高めていても無効化する。
か弱い身体能力しかないルナ。我が軍最強の魔法使いが即死。
俺は最悪の事態が起きていると悟った。
「おかしい。頭上を守れ!」
レオーナが叫ぶ。火矢が吹き散らされない異変に気づいたのだ。
俺は、はっとして振り返り、歩兵隊を見下ろした。
歩兵隊は一斉に盾を上に構える。
火矢が歩兵隊に降り注ぐ。
盾に刺さった火矢が大きく燃え上がる。
「くはっ」
盾が間に合わなかった女性もいる。
肩や背中に火矢が刺さって火に包まれる。
【魔法耐性】を持っているのはレオーナだけ。
他の者はダメージをまともにくらってしまう。
何人もの女性が地に伏した。
「小回復っ」
アイリの声。
歩兵隊の後ろに控えていた神官隊が回復魔法を掛け始めた。
俺は再びマルーを向く。
マルーは邪悪な笑みを浮かべていた。
左右にいた魔法使いが慌ててマルーから離れて、間合いを取っている。
マルーの右手が灰色の光を握っている。またアルティマを使うつもりだと直感した。
「次は、おバカな王様よ」
マルーが手の平を俺に向ける。
俺は、ぶるっと震えが来た。
確かに俺はバカだ。裏切り者に最強クラスの能力を授けていた。
マルーはルナを殺してから、俺を殺す。
俺が最高司令官であり、全員に補助魔法を掛けている。
ルナと俺がいなくなれば、我が軍は崩壊する。
「ふふ、ベッドの王様は上手だったよ。でも私の心まで抱かれたわけじゃない」
「ま、待て。不倫したことは謝る。あ、でも催淫をかけたのはマルーだろ」
俺はしどろもどろになりながら後ずさる。
すぐ後ろは崖だと思い出して立ち止まった。
「だから気持ち良かったんだってさ。またしてほしいくらい。残念だわ」
マルーのうっとりした表情に狂気が宿って見えた。
「「「雷撃」」」
魔法使い隊が一斉に唱える。
雷光がマルーに降り注いだ。
だがマルーの周りに魔法障壁が張られていた。激しい火花が散るが、マルーには全く届いていない。
「無駄だから雑魚は黙ってなさいよね」
余裕たっぷりのマルー。
マルーの強さは圧倒的だ。
実力を隠していた。
正体は、ノルデン王国中の男を殺す禁呪を使った絶大な魔力の持ち主。
「な、何が目的なんだ。何でも差し出すから許してくれ」
俺は恥も外聞もかなぐり捨てて命乞い。
マルーと帝国軍に挟み撃ちにされたら負ける。マルーに考え直してもらえるなら何でもする。
でも今さらマルーが裏切りを止めるなんてあり得ないよな……
ヤバい、ヤバすぎる。
「さよなら、陛下。アルティマ」
マルーが唱える。
手の平から灰色の煙が沸く――
俺の心臓が貫かれる――
「アルティマ」
右横でルナの声。
死んだはずが、なぜ――
俺の目の前で2本の灰色の光線がぶつかる。
斜めから飛んで来たアルティマによって、マルーのアルティマは方向を変え、俺の左腕をかすめていった。
「生きてたの!?」
マルーが驚愕の目をルナに向ける。
ルナは両膝と左手を地面についている。右手を俺の方に向けていた。アルティマを放った名残で右手が灰色の霧に包まれていた。
ルナがよろよろと立ち上がる。
ローブの奥、両目が青く光っている。
瘴気のようなドス黒いオーラが立ち登る。
俺にはルナが化け物じみて見えた。
「アンデッド化したの?」
マルーもルナが普通じゃないと見て取った。
俺は、はっとした。
【死を喰らう者】――ルナに授与した能力が発動したのだ。
察するに【死を喰らう者】は、一時的にルナをアンデッド化する能力。アルティマのように本来なら死んでいるはずの攻撃を受けた時に自動で発動するのだ。
ルナはもう死んでいるから、もう一度は死なない。今は無敵状態なのだ。
ゾンビの頭を潰したり、アンデッド系モンスターを倒す方法はある。だからルナにも弱点はあるかもしれない。でも今は弱点が不明。
「アルティマ」
ルナが唱える。灰色の光が、今度はマルーに向けて放たれる。
「くっ アルティマ」
マルーも慌てて放つ。
二人の間で光がぶつかり合う。
ぶおっ――
光が爆発して、衝撃波が生じる。
俺は腕を顔の前でクロスして耐えた。
「「きゃあああ」」
魔法使い隊員が吹っ飛ばされている。
「ルナもアルティマを使うなんて知らなかったわ」
マルーの表情に焦りがある。
ルナは無敵状態に加えて、マルーと同じ最強魔法まで使えてしまう。
優勢なのはルナだと感じているのだろう。
【死を喰らう者】は戦いの帰趨を決する能力かもしれないとルナが言っていたが……
本当だった。
マルーが裏切った後でも、誰も犠牲にならずに済んでいる。
二人は互いにアルティマを打ち合い、中央でぶつかり合う。魔法の威力は同じなのだ。
「マルー、君は一体何者なんだ!? 百年に一人の天才と言われるルナと互角だなんて」
俺は衝撃波に耐えながらマルーに向かって叫ぶ。
「私も百年に一人の天才ってことでしょ」
マルーは軽く言い返してくる。
「百年に一人の天才が二人同時に出現することもたまにあるのかな……次の百年間は一人も天才が生まれないかもしれないってことか」
今のノルデン王国は、魔法使いが豊作の時代らしい。
「ゾフィー、ゴーレム」
ルナが簡潔に指示を出す。
自分だけではマルーを倒せないと見て、支援してもらうことにしたようだ。
衝撃波で尻もちをついていたゾフィー。すかさず立ち上がって、地面に両手を向ける。
「あい。創造ゴーレム」
ゾフィーの前で地面が盛り上がり、2メルトル以上あるゴーレムが出現する。
「いっけー」
ゴーレムが地響きを立てながらマルーに突進していく。
「くっ 爆烈」
マルーは口を歪めながら、ゴーレムに風穴を開ける。
しかし、ゾフィーが連呼。
「創造ゴーレム! 創造ゴーレム! 創造ゴーレム!」
次々とゴーレムを作り出していく。
ゴーレムの大群に襲い掛かられるマルー。
マルーは軽やかにステップして、掴みかかって来るゴーレムをかわす。だがゴーレムにに取り囲まれて、逃げ場を無くしていった。




