2 いきなり結婚!?
「て、敵はどこに!?」
俺は戦えないとかゴネている暇はないと悟った。
愛莉を他の男から守らないといけないのだ。
もう近くに敵がいるんじゃないかと、周囲をキョロキョロする。大聖堂の中は人影が少ない。
「まだ攻め込まれてはいません」
愛莉が顔を上げて、垂れ下がった前髪を整える。
「あ、まだ大丈夫なんだ」
意外である。男が守っていない美女の集団があったら、すぐに襲いかかられそうだが。
「ノルデン王国は北の果てにあります。今は冬。雪で山や道が覆われ、海は凍りついています。冬の間は攻め込まれる恐れはありませんっ」
「てことは……春になったら……」
「敵が攻め込んで来ますっ 恐らくは冬の間にノルデンの男が死滅したことを確認して、軍備を整えているものと」
愛莉は俺の質問に的確に答えてくれる。
姫として、国を預かる立場なのだ。大変な危機が迫っているとわかっている。
「春になるまで、あと何日?」
俺は恐る恐る確認する。
「およそ50日ですっ わずかな時間で、先生には国中の女性を率いて戦う体制を作っていただきたいのですっ」
時間はあるようで、ない。
国の状況について後で説明を聞けるのだろうけど、絶望的だと直感する。
何しろ女性しかいないのだ。体力的に女性は男性に劣る上に、女性たちは戦闘の訓練を受けていない。
侵略を企む敵は、男を死滅させる呪術を使って入念な準備をしている。こっちに女しかいないとわかっていても、手を抜きまくることはしない。多少の軍事力を動員してくるはずだ。
「勝てんのかな……」
俺は自信なげにつぶやく。
愛莉は俺を頼りにしているから、弱気を見せちゃいけないってわかっている。
でも無理ゲーにしか思えないのだ。
「先生っ 転生者はギフトと呼ばれる特別な能力を所持していることが多いんです。先生のギフトを確認させていただきますね。ルナちゃーん」
愛莉は祭壇の方に向かって手を振る。
祭壇の方から灰色のローブをかぶった者が、てくてく歩いてくる。
木が渦巻いたような杖を持っている。外見からすると魔法使い。
「ルナちゃんが、先生を時空の狭間で見つけて、転生させてくれたんです。百年に一人の天才魔法使いなんですよっ」
ルナが俺の傍に立つ。
俺も立ち上がった。
ルナは小柄だ。身長150センチくらい。青白い顔は目鼻口が整っている美少女。ただし無表情な感じで、どこを見てるのかよくわからない。
「ありがとう、ルナちゃん。先生を転生させてくれて、感謝感謝だよっ」
愛莉がルナの両肩をつかんで飛び跳ねている。
「俺からも御礼を言いたい。本当にありがとう」
転生先が大ピンチの国とはいえ、もう一度愛莉の顔が見れたのは良かった。
ルナは俺達の喜びに、素知らぬ風だ。
クール系らしい。
「でさぁルナちゃん。先生のギフトが何か確認してくれないかなっ」
愛莉の頼みに、ルナはこくりとした。
「誰かと閨をともにすることがトリガーの能力授与。新たな能力を獲得して、相手または自分に授与することができる」
ルナは説明文を淡々と読み上げるように答えた。
「ええええええ!?」
俺はびっくり。
閨をともにするって、つまりエッチするってことだろ。
俺が教えるのが上手くて女の子を成長させてたけどさ。
淫行教師が教え子を大人の女にするみたいじゃん。
いや、俺は淫行教師じゃなかったぞ。でも俺の潜在的願望がギフトとして覚醒しちゃったのか……
あるいは性体験で新しい自分に目覚める的な発想か……
童貞で、過剰な幻想をいだいていたせいなん?
俺が望んで身についたギフトじゃないんだけど、俺の存在自体がセクハラと化している。
恥ずかしすぎて、愛莉がドン引きしてそう。
「素晴らしいですっ まさに我が国を救うギフト。先生こそは魔物を打ち滅ぼす勇者様ですっ」
愛莉はガッツポーズする。
「な、なぜだぁー」
恥ずかしすぎる能力だから、俺としてはハズレスキルなんだけど。
「ねえねえ、ルナちゃんもそう思うよねっ」
「国の存続には、女性たちに子種を与える男性が必要。あなたが閨をともにすれば、生殖と能力授与ができて一石二鳥」
ルナは俺をぼんやり見て答える。口調も回答内容もクールすぎるだろ。
「い、いくら国に男がいないって言っても……」
俺は後ずさる。
「先生っ」
愛莉が俺の右腕に抱きついてくる。
大きなおっぱいが腕を挟む。
「私と結婚して、王様になって下さい♡ でもってハーレムの建設ですっ♡」
愛莉の語尾にはハートマークがいくつもついて聞こえた。
◆ ◇◆
早速、大聖堂で結婚式が執り行われることになる。大勢のメイドさんがやって来て、造花を取り付けたり、飾りつけをする。
国家存亡の危機に、悠長に結婚式をやっている時間があるのかと思う。
しかし、俺がアイリと結婚し、即位するのは国民に王位継承を示すのために必要な儀式だそうだ。
大聖堂の入口から、祭壇まで光沢のある赤い絨毯が敷かれた。
祭壇の脇で愛莉が目を輝かせている。
「私、前世の結婚式に憧れてたんですっ 先生と結婚式を挙げるのが夢でしたっ」
どうしてもな感じで言われると断れない。
「婚約の指切りもしてたしな」
ハーレム建設はどうかと思う……とりあえずそれはさておき……
愛莉との結婚の約束は、愛莉が望むなら果たしてもいい気がしてきた。
「結婚式は、ノルデン式じゃなくて、前世の教会式でやらせていただきますっ」
「俺はノルデン式も教会式も知らないから、お任せするよ」
苦笑するしかない。俺は成り行きに身を委ねている。
「あと、先生……この世界での私の名前は愛莉ではないのです」
「ああ……だよね。つい愛莉って呼んじゃってたけど、愛莉はこっちの世界に先に転生したんだもんね。こっちの親がつけた別の名前があるわけだ」
「はい。ですが、その名はもう捨てることにしますっ」
「ええっ!?」
今日の俺は、愛莉の言うことに何度驚けばいいんだろう。
「アイリに改名します。前世で先生が呼んでくれた名前がいいんです。アイリ・ノルデン。これが私の名前ですっ」
胸が熱くなる。そんなに俺を慕ってくれるなんてさ。
アイリが俺と一緒に歩もうという決意を感じる。
「名前を変えるなんて、簡単にできるのかい?」
「私は亡くなった父王の一人娘。唯一の正統な継承者です。改名するくらい、国のみんなには受け入れてもらいますっ」
「じゃあ俺がアイリと結婚するってことは、婿養子になるってことなんだね」
「はいっ 婿養子でも王様は王様です。私は女王にはならず、王妃。先生の方が立場は上ってことにしますから、堂々としていてくださいっ」
アイリが俺に言い聞かせる。
俺は尻に敷かれるわけではないらしい。
前世の俺の名前は寒夜 冷だった。
「てことは俺はレイ・ノルデンか……」
レイが洋風な響きだから悪くない気がする。
大聖堂内にはどんどん人が集まってきている。客席には、ドレスを着た女性が大勢座っている。
「ノルデンの貴族の奥様や令嬢の方々です。私たちの門出にご招待させていただきましたっ」
アイリはとても嬉しそうでニコニコしている。
「男が一人もいないな……」
客席にオッサンやジジイの姿がない。
輝くような美人ばっかり。
ノルデン王国の男が死滅したことを実感する。
「では私はウェディングドレスに着替えて参ります。先生も燕尾服に着替えていただきますねっ」
アイリが傍で待機しているメイドさんたちに目配せする。
俺は別室に連れていかれて、着替えをさせられるようだ。
「緊張するなぁ……」
「着替えたら結婚式ですっ 式の流れはメイドさんがご説明を差し上げますが、花嫁入場で本来は父親が花嫁を連れて入場するのですが、父が亡くなっています」
「じゃあアイリが一人で入場するってこと?」
「いいえ。歩兵隊長のレオーナさんに連れていただくことにします。とても精悍な方ですので父の代わりにふさわしいのです」
「ふうん。男みたいな女の人なんだね」
ゴリラみたいな女を想像する。
あれ、でもノルデンって美女しかいない国なんだよね。
レオーナはどんな女性なんだろう。
「では行って参りますっ」
アイリはドレスの裾を両手でつまんでお辞儀。
俺もメイドさんに先導されて、教会の別室に行かされた。
別室で、俺は壁に据え付けられた鏡の前に立った。
「なっ――」
自分の姿に驚く。
18才の時の自分が写っている。
転生した時に若返ったらしい。
18才の時は世間知らずで、何でもできるような気になっていた。
思えば恥ずかしいが、あの時の勢いを取り戻せるものなら取り戻したい。
メイドさんが恭しく黒い燕尾服を持ってくる。
本当に上着の後ろがツバメの尻尾みたく割れている。
◆◇◆
パパパパーン……
パパパパン パパパン………
オルガンが大聖堂に鳴り響く。
前世の結婚式で定番の曲だ。異世界で聞くことになろうとは思わなかった。
アイリが演奏者に教えたのだ。きっとアイリは結婚式では絶対にこの曲を使いたいと前から準備していたに違いない。
アイリの夢が叶ったと思うと微笑ましくなる。
祭壇に立つのは魔法使いのルナ。
司会者の神父役を務めるため、真っ白なローブに着替えている。右手で杖を握ったまま、左手に持つメモを読み上げる。
神父を魔女が務めるのはとても違和感がするが、今は国家の非常時。人材が他にいないのだろう。
「これより新郎レイ・サムイヨと新婦アイリ・ノルデンの結婚式を開催します」
小声だし、オルガンのせいで聞き取りにくい。
客席の横に立っているメイドさん達が来賓に伝言している。
「新郎入場」
俺は教会の入口に立つ。
盛大な拍手が沸き起こる。
俺は一礼してから、赤い絨毯の上を歩く。
祭壇の前で立ち止まった。
「新婦入場」
一段と拍手が大きくなる。
俺は後ろを振り返った。
純白のウエディングドレス姿のアイリ。
アイリは顔にベールをしている。
でも光輝いて、美しさが引き立って見えるくらいだ。
俺は息を呑んだ。
こんな美しい娘が俺の妻になるというのか――
アイリの右側に立つのは長身の女性、歩兵隊長のレオーナ。
ビキニアーマー姿に、俺は目を剥いた。
レオーナは武官だから、鎧を着ていてもおかしくはない。だが、まさか最小限の面積の黒い布で胸と股間を隠しているとは。
胸がはち切れそうなくらいに膨らんでいる。黒色の籠手と脛当てを付けているが、真っ白い肌が露出しまくっている。
レオーナは22才くらい。短い黒髪で、きりっとした表情の、とびっきりの美人。背中に、背丈ほどもある大剣を帯びている。
北国の冬が寒くないんだろうかと思ってしまうけど、平気そう。
神妙な表情で、アイリをエスコートしている。
天才魔法使いのルナといい、女戦士のレオーナといい、ノルデン王国には個性的な女性がいるんだな。
アイリとレオーナが俺の近くで立ち止まる。
「新婦を新郎に引き渡します」
ルナの合図で、俺はアイリに左手を差し出す。
アイリは白い手袋をした右手を差し出した。俺と手を握る。
俺はアイリを横に引き寄せた。
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