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このままでは地球が滅びてしまいます!  作者: 風戸輝斗
第1章 
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6 『ゆりりん=ゆりゆり=由利百合』

「今回はわたしに落ち度があるので見逃しますけど、これからは変な冗談を言わないでくださいね」


 屋上から教室までの天との会話である。

 俺を一顧だにすることなく、天は小気味良く階段を一段一段下りていく。


「俺も悪かったと思ってるよ。おかげで彼女と険悪な間柄になっちまったからな」


 つつがなく収束できたかも知れない事態に異常を来したのは俺だ。天の言葉に棘を感じるが文句は言えまい。正面から深々とため息をつく音が聞こえたかと思うと、


「あのですね、紫音さんは無自覚かも知れませんが、あなたの冗談は冗談では済まされないんですよ」


 振り返った天は、困ったように眉をハの字にしている。


「黒炎のカルマ、でしたっけ? あなたが冗談で口にしたその魔王は今、異界を統べています」


 へぇすごい偶然もあるもんだな。


「偶然ではありません。必然です。なぜなら彼は、あなたが生み出したのですから」

「……」

「ゆかりさんの正史がどのようなものであったのかはわかりません。しかし、紫音さんが黒炎のカルマなる存在を創造したことで歪みが生じたことは間違いありません。それは彼女に限ったことではなく、全補助概念に言えたことです」


 馬鹿げた話なのに、その話が嘘だとは少しも思えなかった。

 ゆかりの生まれ故郷を壊滅させた魔王。彼女の安穏の日々を奪った魔王。

 そんなやらずぶったくりが俺のつまらない冗談のせいで生まれてしまったと思うと、血が引いてしまう。一体、そいつはどれだけの幸福を奪ったんだ?


「でもよ、それはお前がさっき言った……なんだっけ、時間軸? の話に矛盾しないか?お前の力が及ぶのは現在だけの話なんだろ?」


 俺が口にした瞬間カルマが誕生したというのなら、ゆかりの故郷を壊滅させた誰か、あるいはなにかは他にいるのではないだろうか。でないと、過去は変えられないという天の言葉に矛盾が生じてしまう。

 しばしの沈黙の後に返ってきたのは、


「わかりません」


 というお手上げの言葉だった。


「カルマが神の範疇を逸脱した力を持っているのか、それともカルマと置換されているだけで村を壊滅させた第三者がいるのか、わたしには見当がつきません」


 全知全能の神様が白旗を振ってるんだ。一高校生である俺が、神様も知らないことを知るはずがない。天はいっそう首を縮めた。


「すいません。わたしが進言していればこんな事態にならずに済んだのに」

「なんで天が責任を感じてるんだよ。これは不慮の事故だ、仕方ない。それに、その魔王様が俺の冗談から生まれたってんなら、俺が願えばすぐに消せるんだろ?」


 そうすれば歴史は元通り。すべてはリセットされて、あわよくばゆかりの抱いている悪印象が好印象に転じるかも知れない。なんて、高望みしすぎかな。

 オンとオフは表裏一体。はじめることができるのなら、終わらせることもできるという一般常識に当てはめた上での名案だったのだが、


「無理です。容姿も定かではない一個体に、限定的な処置を施すことはできません」


 また制限か。


「わたしは職に就いて日の浅い新米なので、能力が他の方より弱いのです。異界の情勢を把握することはできるのですが、特定のなにかを探すことはできません」


 駄目駄目でごめんなさい、と天は頭を下げるが、見てもいない世界の風潮を把握できるってだけで十分にすごいんじゃないか? これから出会う異世界人とカルマとの因果関係をある程度見出せるってだけでも、なにも情報がないのとはわけが違う。だからそう自分を卑下するなよ。

 励ますように微笑みかけると、天はようやく弱々しいながらも笑顔を見せた。


「ありがとうございます。しかし悪いことばかりではありませんよ」


 へぇどんなメリットが?


「まだ推測段階ですが、人類を滅亡させる可能性のある補助概念の方々の悪意は、ゆかりさんの例を見る限り、黒炎のカルマという一個体に向いていると考えられます」

「つまり、諸悪の根源であるカルマを排斥すればすべてが丸く収まると?」


 闇落ちの元凶が魔王で、魔王を倒せば誰もがハッピーな世界になる。王道漫画でありがちな展開だ。

 その通り、とばかりに天は頷く。


「はい。分散していた悪意の矛先が一点に向いたのは唯一の利点ですよ」


 対して膨大なデメリットが生まれたわけだ。悲観的になるのも仕方ないだろ? 相手は神でも歯が立たない悪の化身。太陽系第三惑星で生まれ育った俺に為す術がないのは当然のことさ。

 けど、だからって諦めるわけにはいかないんだよな。今の状況を作り出したのは、他ならぬ俺だし。

 罪滅ぼしも兼ねてできる限りのことはしよう。俺は固く心に誓った。


「カルマの撃破を最終目標に、まずは補助概念の方々の破壊願望を取り除くという小さな目標に勤しんでいきましょう」


 階段を下り終えて廊下に足がつく。教室まで後は一直線に歩くだけだ。


「小さな目標ねぇ」


 つい先日までは一日一時間勉強! ってのが目標だったんだけどなあ……。


「ところでゆかりはどんな魔法を使ってたんだ?」


 先刻の慌てようを見るに天は彼女の魔法の全貌を把握しているのだろうけれど、生憎俺は魔法は疎か、虚しく宙空に響く声を耳にしただけである。

 天はリチウムの廊下を指差し、


「直下に莫大な破壊力をもった魔法を放ち、地盤沈下を加速させていたのです。あと二、三回彼女が魔法を放てば、蟻地獄にでも吸い込まれるかのように、この学校は倒壊することでしょう」


 典型七公害を恣意的に引き起こすだなんて傍迷惑な話だ。


「なんであいつは真下めがけて魔法を放ってるんだ?」

「狙ってではないと思いますよ。彼女の意識は常に遠方の山々に向いていました。もしかすると魔法の制御がうまくできないのかもしれませんね」

「山でも困るんだけどな」


 微笑を浮かべる天に、俺は引き攣った笑みを返すことしかできない。

 俺はこれから自然災害を容易く起こせるような奴等と接触を図っていかきゃならんのか? ゆかりは温厚な奴だからいいが、もし猛々しい奴と対面することになったら、最悪よくわからん能力で一思いに命を奪われてしまうのではないだろうか。


「……ちなみになんだが、命を複製することはできるのか?」

「できますよ。わたしがいる限り、紫音さんは不死身です」


 自信満々に胸を張って天は言う。

 過去に干渉できないのに生命を弄ぶことは可能なのか。神様ルールはよくわからんな。

 教室の扉を開くと同時に、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った。



 指数対数がうんたらという話も、アボガドロ定数がどうたらという話も、パピルスの書がかくかくしかじかという話もまるで頭に入ってこないまま一日が終わった。俺は素行不良の問題児ではない。普段は教師の言葉に耳を傾け、それなりに真面目に授業を受けている。 

 しかし神様だの魔法使いだの魔王だの、これまで架空の存在だったものが昨日を境に忽然と現実になり始めて、俺の脳はとうとうショートしたらしい。教師の言葉など柳に風。脳の職務怠慢により、解読という作業が今日一日為されていなかった。


「兄さん」


 と背中に声をかけられて、ますます鬱蒼たる思いが肥大する。

 この先の展開はおおよそ見当がつく。剥奪するなり、言いくるめるなりして、今後ゆかりに魔法を使わせないようにするのだ。

 ゆかり自体は小柄で愛らしく、性格に難もなさそうだから、むしろ目の保養という利点しかないのだが、魔法使いという設定が邪魔すぎる。あれで世界を滅ぼし兼ねない存在だというのだから、何事も見た目だけで判断してはいけないとつくづく思う。

 ……努力を無に帰すような真似はしたくないんだけどなぁ。

 とは言え、もう片方のふるいに掛けられた地球の未来を手放すわけにはいかない。少数を取るか、多数を取るか。選択は迷うまでもない。

 ふぅと細い息をはきだし、腹を決めて立ち上がる。


「ああ、悪いそ――」


 半身を翻した先にいたのは神様職に就く妹ではなく、柔らかな笑みを湛えた幼なじみだった。思えば、声が天のものより低かった気がしなくもない。


「……なんの冗談だ」

「お兄様、一緒に帰りませんか?」

「悪い、所用があってな。天はどこだ?」


 この手の冗談には慣れている。

 至って冷静に質問を返すと、百合はでかでかとため息をついて隣の机に腰掛けた。


「無視ですかそうですか。友愛の片鱗くらい見せてくれたっていいのにさ。……天ならホームルームが終わるなり教室を飛び出してったわよ」


 ぼやきながらも要求に応えてくれるあたりは、さすが委員長というべきか。律儀な性格は心技体を磨くべく創始された剣道によって培われたものだろう。エロゲ……んんっ、シミュレーションゲームから今の人格が生まれたとなると少々思うところがあるから、武道が彼女を洗練したということにしていただきたい。


「さんきゅ。あとノート貸してくんない?」


 侮蔑も呆れも通り越して、百合は達観した笑みを浮かべた。さすが幼なじみ。お前ほど俺をわかってる奴はいないだろうさ。


「こっちの頼みごとは断っておきながらあんたって奴は……で、どの教科?」


 一を与えずとも二をくれる。百合、お前最高だよ。


「現文、数学、科学、世界史……とそんなところかな」

「全部じゃないの……」


 こめかみを押さえて深々とためいきをつくゆりゆり。頭をゆりゆりしながらも四冊のノートを取り出してくれる。その親切心に心がゆりゆりした。


「ありがとな。ほんと助かる」


 受け取ってノートを鞄にしまうと、


「はいはい、感情の籠もってない謝辞をどうもありがとう。この借りは週末に取ってもらうんだからね」


 弾むような声に、いや~な予感を覚えながら顔を上げる。


「まさか『あれ』じゃないよな?」


 十六年も繋がりがあれば、それはもう家族も同然。こそあど言葉を用いても滞りなく会話が成立してしまう。

 わななく俺に、百合は実に言い笑みを浮かべて言った。


「土曜九時から百本組み手開催よ!」


 百本組み手。響きは実に剣道部の主将たる彼女らしいものだが、奇しくも土曜日は全部活オフである。姉貴曰く、校内の一斉点検が行われるのだとか。と、そんなことはどうだっていいんだ。

 百合のいう組み手とは、剣道で手合わせすることではなく、バーチャル世界において手合わせすることを指す。要するに、彼女は俺にゲームをしようと誘ってきたのだ。

 ただなぁ……。スキルに歴然とした差があるため、結果は見るに堪えないものである。前回の公式記録は百戦百敗。百合の即死コンボに手も足も出ず、俺は後半賢者と化していた。ちなみに相手が姉貴になると、立場が逆転したりする。

 今回は手加減してくれるんだよな? と期待を込めて見つめるが……ああ、駄目だ。あの好奇心に輝く瞳は、俺の休日を蹂躙するゆりりんのそれだ。

 ゆりりんとは、俺が幼児の頃に見ていた戦隊特番の前座として放映されていた魔女っ子ものの適役の名だ。なんでそんなこと知ってるのかって? 無粋なこと聞くなよ。姉貴と百合が熱中してたんだ。


「わぁったよ。けどせっかくの休日なんだ、せめて時間をもう少し遅らせていいんじゃないか?」


 断固拒否しますとばかりに、百合は険しい表情でかぶりを振る。


「駄目よ。早寝早起きは健康の基本。それに『まじかる☆アラモード』をリアタイで視聴するのは国民に課せられた義務だからね」


 なら視聴率は100%だな。生まれてこの方、そんな数値は見たことないけど。


「『まじかる☆シリーズ』もよく続くもんだよな」


 俺が物心ついた頃には既に七代目か八代目だったはずなのだが、よくもまぁネタが尽きないもんだ。どれだけ時代が変化しようと、子供が勧善懲悪に憧れる性向は変わらないのだろう。

 大抵は小学生辺りで卒業するもんだが、逆に沼に足を突っ込むようなとち狂った奴もいて、その最たる例が百合と姉貴だ。この二人、悪い例にしか挙がらないな。


「当然よ。脚本も演出も一級品だもの。先週は戦闘作画がなかなかに凝っていてね、あのタッチはたぶん――」


 と当然のように無数のアニメーターの名前を列挙し出す百合に尊敬とも恐怖ともつかぬ感慨を覚えたところで、予定が控えていることを思い出した。


「悪い、天待たせてるからその話はまた別の機会にしてくれ」


 マシンガントークがぴたと止む。


「あ、ごめんごめん。つい熱が入っちゃって。ちなみにどんな用なの?」

「魔法少女との和解だ」

「へ?」


 いつかお前にも話すさ。世界が滅亡の危機に瀕してるってことも、その発端が他ならぬ俺であるということも。

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