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このままでは地球が滅びてしまいます!  作者: 風戸輝斗
第1章 
5/29

5 『魔法使いと中二病は紙一重』

 通学路がアッピラ街道に見えるのは、俺の海馬がイかれちまったからだろう。そりゃそうさ。神様が妹と化して今日の予定は魔法使いとの遭遇となりゃ、誰だって気が狂うに決まってる。信じられるか? そんな非現実のまっただ中だってのに、コンビニ前で中年と思わしき頭部が寂しげなおっちゃんがタバコを吹かしてるんだぜ? まったく、現実ものか異世界ものかはっきりしてほしいもんだ。

 などと思いながら横目に妹を窺えば、感嘆を漏らしながら方々を見渡している。


「綺麗ですね。地球って」


 木漏れ日に目を細めながら、天は快晴の空を見上げた。

 桜舞い散る並木道はセラピー効果抜群だ。この道を歩き慣れた俺ですら効果が継続しているのだから、今日がはじめての天の内で舞い上がる高揚感は天をも摩するものだろう。天だけに(なんちってっ)。

 この町は山を越えなきゃスーパーがないド辺境ということもなく、朝から晩までネオン光線が絶えない次世代都市ということもなく、自然と人工物が仲良く手を取り合っている住み心地抜群の超大当たりスポットである。不満点を上げるなら、近辺に高校が一校しかなくて進学先はほぼ一択、ということくらいだろう。ちなみに中学校は四高、小学校は六校ある。市長はこのアンバランスを解消するつもりがないのかね。

 商店街はそこそこに栄えている。TVで特集された商品は予定通りに入荷されて陳列されるし、新作ゲームの発売日は開店前の店に長蛇の列ができる。最近だとレンタルショップやら古本屋なんかにも同じように新作ゲームが配送されていてそっちがなかなかに穴場なのだが、しかしそれはゲーマー界隈では周知の事実で、姉貴や百合クラスになると一日早くゲームが買えるという幻のスポット『駄菓子屋』に陽も昇らない内に突撃して、陽が暮れた頃にはオタク特有の早口で総評会を開催している。

 あの二人のおかげで、俺の趣味はまだまだ趣味の領域なんだなって胸を撫で下ろすことができる。二人に並ぼう、なんて心意気はさらさらない。

 しかし百合は剣道で全国大会出場、姉貴は生徒会長という輝かしい成績を収めているのだが、なんだろうなこの厭世観は。神の采配を疑いたくなるね。

 それからほどなくして()()高校に到着した。ここが異世界人の巣窟だなんて話を一体誰が信じようか。マザーテレサも俺の脳内を疑うだろうさ。

 生徒玄関までのやたら長いアスファルトの道を歩きながらなんの気なしに屋上を見上げると、見るからに怪しいショートカットの女生徒が目に映った。手を胸に添えたり、勢いよく正面に突き出したりしている。


「天、あの子か?」


 訊かずと答えは知れたようなものだが、一応確認しておこう。

 天は俺の視線の先を追うと、


「はい。魔力を感じます」


 へぇ魔力。火球でも放つのかねぇ、なんて他人事のように思いながら見つめるが、依然としてそれらしいことは起きない。唇が形を変えているから詠唱やら口唱やらをしてると思われるのだが、またも変化なし。肩を竦めたかと思うと、同じことを繰り返しはじめた。 姉貴の言う通り、少女は殊勝に魔法道に打ち込んでいるようだった。どうせ励むのなら剣道か柔道にしてほしいもんだ。生憎、うちの学校には魔法部がないんでね。


「勘違いじゃないか?」


 ことごとく不発に終わっているようだが、そもそも彼女が魔力? を秘めたる存在なのかも定かではない。

 思案投げ首していると、天がぶるりと身体を震わせた。


「急ぎましょう兄さん! このままでは学校が倒壊してしまいます!」


 どうしてそうなる。


「説明は後でします! 兄さん、彼女の元に行きたいと願ってください!」


 どうやら事態は刻一刻と差し迫っているらしい。詰問の余地などなく、天は颯爽と生徒玄関に駆けていってしまった。

 えっと、彼女の元に行きたいと願えばいいんだよな? 俺は視界を遮断して、上述したことを願った。これでいいのか?

 不安ながらに瞳を開くと、矯めつ眇めつこちらを眺めるオッドアイ少女が映った。


「……」


 ぱちぱち。ぱちぱち。

 こくり。こくり。

 鏡写しを先に止めたのは彼女の方だった。


「な、何者ですかっ⁉」


 へんてこなファイティングポーズを取りながら尋ねてくる。

 わけわからんが、俺は一瞬の瞬きの内にテレポーテーションしたらしい。俺の目に映るのは見間違えようのない屋上の風景と、つい先ほどまで生徒玄関手前から見上げていた小柄な少女だ。

 どういう原理かまるでわからないが、そもそも地球の原理が宇宙規模で適応されているはずもないので、三秒ほどで思考放棄した。

 俺が祈ればなんでも叶う。それだけ理解していれば十分だろう。

 ただのホモサピエンスの俺が瞬間移動できて、当の神様は全力ダッシュなんておかしな話だが、そういうもんなんだろう。この辺は深く考えすぎない方が得策だ。

 さて、何者かと誰何されれば川野紫音ですと名乗るのが礼儀だが、彼女が俺を超人と疑っている今、馬鹿正直に実状を明かすのは愚策というものだ。初対面の印象は今後の運命を左右すると言っても過言ではない。故にエスプリの利いた切り出しが正解と言えよう。

 こほんとそれっぽく咳払いし、二オクターブほど下げた低音を発する。


「黒炎のカルマだ」


 弱点は食塩ということにしておこう。海に落ちたらいちころだね。

 右はオレンジ、左は黒のオッドアイショートカット魔法使いは、怖気でも走ったかのように身体をわななかせるとざざっと後退り、キッと仇敵でも打つような目で睨みつけてきた。


「黒炎のカルマ……待ち兼ねましたよ、あなたとの邂逅の日を」


 ノリ……なのか? にしては鬼気迫る表情だ。

 黒炎のカルマさんは俺が即興で想像した俺の妄想世界における暴虐魔王なのだが、はて、同姓同名の魔王様に安寧の日々を壊されでもしたのだろうか。 

 魔法少女はカラーコンタクトか魔眼か今のところは判別がつかないオレンジの瞳をカッと見開き、反比例するようにノーマルカラーの目を閉じてなにやら口を動かしはじめる。


「我に生命を授けし尊き主よ。今ここに刹那の奇跡を起こすことをお許しください――」


 これはあれだな、詠唱だ。彼女がプリティな魔法少女に声を充てる声優だったのならば、生詠唱きたぁぁ! と歓喜の声を高々と蒼穹に響かせられたのだろうが、残念ながら彼女は声優でも中二病でもなく、本物の魔法使いである……そうだ。

 となれば、目の前で詠唱をされているのにみすみす見過ごすわけにはいかない。妹曰く、学校倒壊の危機らしいからな。爆裂魔法でも起こすのか?

 突然学校が倒壊すれば明日の朝刊のトップを飾ること間違いなしだが、俺はこの街にそんな不名誉なレッテルを貼り付けたくない。俺はこの街がそこそこに、いや大いに好きなんだ。体裁的にも物理的にも、この町を傷つけるわけにはいかない。

 大好きな故郷のためだ。俺はプライドを捨てて暗黒語を発した。


「いいのか小娘。俺の特技は反転魔法だぞ?」


 反射覚悟で魔法を放つ馬鹿は異界にも存在しないはずだ。黒炎のカルマさんだと勘違いされているのなら、そのアドバンテージを最大限生かすまでである。

 次の彼女のリアクション次第で、彼女が児戯に興じていただけのか、それとも本気で俺を敵的ななにかと勘違いしているのか明らかになるわけだが、


「なっ⁉ まさかあの時も反転魔法で……」


 心当たりのない因縁を付けられた。あの時もなにも今が初見なんだが。


「ってなに弱気になってるんだわたし。インフェルノは最上位にして最強の魔法。いくら闇の皇帝といえど無傷とはいかないはずです!」


 威勢をなくしたかと思えば、急に意気込んだり、感情の起伏が激しい奴だ。

 カルマさん、あなた闇の皇帝だそうですよ。しかし少女の瞳に復讐の炎が滾っているように見えるのは気のせいだろうか。……まさか本当に黒炎のカルマさんが異界を統べてるのか? いやいやまさか。名前ダサすぎるし。

 詠唱は最後の一節に入ったようだった。


「火神アグニート様より授かりし神聖なる焔。今こそ諸悪を業火で炙りし時。焼き尽くしなさい! インフェル――」


 詠唱終了間際、屋上の扉が音を立てて勢いよく開いた。


「兄さん! 止めてください!」


 天の大音声が屋上に響き渡る。

 止めるったってどうすれば……なんて愚問はコンマ一秒経たずとして消滅し、俺はつい先ほど瞬間移動した時と同じ要領で瞳を閉じた。


「――ルノ!」


 空っ風が威勢のいい金切り声を山の彼方に運んでいく。瞼を開いて飛び込んだ景色に変化はない。視界の端で、天がへにゃっと膝から崩れ落ちた。


「よかったあ~」


 かくして学校倒壊の危機は免れたらしい。つまり「彼女の魔法が不発に終わる」という俺の願いが叶えられた、ということだ。って言っても俺にはずっと不発にしか見えなかったんだけどな。

 ところが不発と認識していたのは俺だけではないようで、


「また失敗……もうダメです」


 ははっとヒステリックな笑い声を上げて、オッドアイ少女はぺたんと床に座り込んだ。落胆した表情を見るに、本人もまた不発に終わったという自覚があるのだろう。

 オレンジの瞳に手をかざしたかと思うと、瞳が立ち所に黒く変化する。やっぱカラコンじゃねぇかと思って間もなくコンタクトを外す動作がなかったことに気づいて、たぶん本当に魔眼かなんかなのだろうと俺は一人考察を立てた。


「ゴカイになりたい……あ、それじゃゴカイに申し訳ないか。……あは、あははは」


 どうやらかなり精神的に参っているらしい。このまま放っておくとリスカ趣味のメンヘラ魔法使いになりかねない。

 触らぬ神に祟りなしというが、現状においては触らずとも祟られてしまいそうだ。見るに忍びない惨状に堪えかねて、俺は彼女に語りかけた。


「いいのかここで諦めちまって。止まるのは楽だが、歩き始めるのは難しいぞ」

「え?」


 泣きっ面が俺を見上げる。おいおいほんとに高校生か? 高校一年生の俺にはこの子が小学生の嬢ちゃんに思えてならんぞ。しかし制服を着ている以上は、高校生と認めざるを得ない。俺は朗らかに続けた。


「聞いたぞ。毎日ここで勤修してるんだってな。大したもんだよ。俺は継続できるだけで十分誇れるものだと思うんだがどうだ?」


 勝手なことをしているのに、天は冷や水を浴びせるようなことを言ってこない。ただじっと無表情に俺を見つめている。まるで選定するかのように。

 泣きっ面を浮かべた魔法使いは俯いたまま首を振った。


「過程に価値なんてありません。大事なのは結果です」

「結果論に躍起になるのは切羽詰まってるからだ。それくらい、お前は頑張ったんだよ」


 なんとしても自信を持たせたいと思ってしまうのはなんでだろうな。たぶん、姉貴のお人好しな性格が伝播したんだろう。姉弟ってのは知れず触発し合うもんらしい。

 尚も少女は晴れやかな顔を見せない。


「ですが……わたしが不甲斐ないばかりにアルザスの村は滅びてしまったんです。わたしがもっと立派な魔法使いなら……」


 そこまで言うと、彼女はと胸を突かれたように肩を跳ね上げ、


「って、なんで元凶のあなたが励ましてくるんですか! 天誅!」


 あろうことか、ローファーの底で俺の顔面をぶん殴ってきやがった。


「ってぇな! なんてことしやがる!」


 鼻がひしゃげたかと思ったぞ。


「故郷を壊滅に追い込んだ宿敵が眼前にいるんです! 打つに決まってます!」


 なんの話だ。


「人違いだ! 俺は川野紫音。お前の故郷どころかお前のことも知らねぇよ!」


 半ばやけっぱちで叫ぶと小柄な魔法使いはぱちぱちと瞬きし、


「でも魔法を使いました。わたしの前に瞬間移動してきました」

「それはわたしの魔法ですよ」


 そう横槍を入れるのは頼もしい妹である。


「わたしも魔法が使えるんです。兄さんは少ししか魔法を使えませんが」


 そこまで言うと、天が意味ありげに目配せしてきた。話を合わせろ、ということだろう。 本当かと問うてくる訝しげな視線に俺は頷き返した。


「え、でもこの方は自分が黒炎のカルマだと名乗って」


 魔道ガールが俺を指差して俺の顔と天の顔を見比べる。天は俺を振り返ると、それはそれは面倒くせぇと言わんばかりの失意に満ちた顔を浮かべ、しかし首を九十度回した時にはいつもの笑みに戻っていた。お前、こけしかなんかなの?


「すいません。兄は時偶、痛ましい発言をするものでして。黒炎のカルマ、という名前は偶然にも兄が同一視している架空の存在と同じものなのです」

「あ、なるほど」


 やたら納得の早い魔法使いである。中二病キャラは二人で十分事足りているから俺はオーディション不合格ということで降板させていただきたいのだが、天が話を合わせろと目で威圧してくるので渾身の演技をさせていただくこととしよう。


「悪いな小娘。小生に下界は少々退屈すぎるものでな。どうやら悟りの果てに、小生の思考は異世界とのリンクに成功したようだ。ふわっはっはっは! これぞ選ばれし者の宿命なりぃ!」


 傲慢なのか物腰低いのかはっきりしない、謎の中二病青年がそこにはいた。アニメの影響かポージングまで抜かりない。……ホームルーム前だけど帰っていいかな?


「うわっ、気味悪いです」


 俺のマッドでサディストな笑声を耳にするなり、魔法使いはドン引きして天の背に身を隠した。盾とされた天も痴漢犯を見下すような、にべもない眼差しを向けてくる。


「つまりはそういうことなんです。理解していただけましたか?」


 まてまて。このまま俺をイタいキャラとして定着させる気か?


「はい。関わってはいけない人種ですね」


 屋上での魔術トレーニングがルーチンの奴に言われたくないんだが?

 脳内での鋭いツッコミも虚しく、実際に漏らすのは青息吐息のみである。まぁ今は中二病キャラを甘んじて受け入れよう。どうせすぐに関わりもなくなるだろうし。


「では……えっとお名前を伺ってもよろしいですか?」


 首を傾げながら天は言う。

 お待ちかね、魔女っ子の自己紹介タイムだ。とんでもないのを頼むぞ。でないと、俺が一番ヤバい奴認定されたこの空気が拭えないからな。

 気取った様子もなく、仄かな笑みを浮かべて少女は淡々と告げた。


(はな)()ゆかりです。アルザスの魔法名家の末っ子ですが、先ほども話した通り、村は悪しきカルマの手によって全焼させられて家系が途絶えましたので、今はただのゆかりです。気軽にゆかりって呼んでください」


 ペコッと会釈。

 困ったな。魔法名家というワードに目を瞑れば、良識を備えた礼儀正しい少女じゃないか。姉貴や百合が飛び抜けた変人であるおかげで、彼女がマトモな人間に思えて仕方ない。


「わたしは川野天です。こちらは兄の紫音、これでもわたしたち双子なんですよ」

「えぇっ⁉」頓狂な声を上げて、大袈裟なほどに仰け反るゆかり。

「社交的な天とこの出不精がですか?」


 誰が出不精だ。


「あぁ、すいません。先ほどの発言が『あれ』でしたので、『そういう』方なのかと」


 明言しないあたりは彼女の優しさの表れなのだろう。しかし如何せん、第一印象がひどいものだったからか彼女は目に見えて俺を警戒している。警戒というより、もはや威嚇の域だ。まあ悪いのは九分九厘俺だから、文句は言えないけどさ。

 いたたまれなくなって遠方の山を見やると、チャイムの音が耳を劈いた。予鈴の鐘だ。フェードアウトを待たずして天が口を開いた。


「ゆかりさん、放課後まで魔法の使用は控えていただけませんか?」


 ゆかりは特に面食らった様子もなく、


「わかりました。天の頼みなら受け入れますよ」


 くすりと笑みを漏らす。常識を弁えていて、加えて物分かりもいいときたか。事が円滑に進みすぎて、肩透かしを食らった気分だ。

 ゆかりは俺を見据えた途端、快晴から豪雨に転じたかのように表情を百八十度変化させ、


「出不精の懇願なら話は別でしたが」

「……」


 さて、俺の願いはなんでも叶うんだったな。天、時間を巻き戻してくれ。


「無理です。わたしが変革を起こせるのはこの時間軸においてのことに限りますから」


 観音スマイル。笑顔の仮面で隠しても無駄だ。ぷーくすくすと胸中で俺を嘲笑っていることはお見通しなんだからな。

 しかし過去はやり直せないのか。なんでも叶うけど、なんでも叶うってわけではないんだな(語義矛盾)。

 かくして魔法使いの少女、花田ゆかりとの出会いを果たしたのだった。


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