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このままでは地球が滅びてしまいます!  作者: 風戸輝斗
第1章 
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4 『交錯する日常と非日常』

 家から徒歩五分圏内に古色蒼然とした公園がある。やかましいガキ大将も、いい雰囲気のカップルもいない寂れた公園のベンチに腰掛けて、俺は天からより詳らかな情報を得ていた。

  

「唯一救いなのは、地球を滅ぼし兼ねない彼らが悪に染まる前の健全な状態で現界したことです。仮に仕上がった状態で現界していたら、手の打ちようがありませんでした」  

 

「魔法に変身、なんでもありです。言ってしまえば、紫音さんがあるはずがないと思っているものすべてが存在しているんです」

 

「どうして十年前の願いが今頃になって叶えられたのか、ですか。うん。ごもっともな質問ですね。それはわたしが酔った勢いで数年分の願いを混合して……すいません。実はわたしのポカも一連の騒動に一枚噛んでるんです」

 

「わたしは織姫として毎年、願いごとをひとつだけ叶えています。え、短冊を全部読んでるのかって? もちろん読んでますよ。地上の人の願いを叶えることが、わたしに課せられた天職ですから」


「妹になったのは、四六時中紫音さんの側にいるためです。非現実的な出来事に直面したら困るでしょう? わたしはそんなときのお助けカードのようなものです」

 

 俺は天からの情報収集に勤しみ、三十分もすればある程度、奇想天外な出来事に対しての理解を示せるようになっていた。


「なら奇特な奴を探すのが先決だな。この手の話に関しては、姉貴と百合に頼ればなんとかなる。二人とも顔が広いから」


 聞けば異界からの来訪者たちのほとんどは勝ち気な人柄とのこと。妙に高慢だったり、痛々しかったりする奴を虱潰しに探していけば、自然と異世界人と会えるというプロセスである。

 厳密には俺の願望の上に成り立った『補助概念』らしいのだが、『異世界人』と呼んだ方がしっくりくるのでこの呼称を採用させていただくことにする。


「では早速明日から探していきましょう。でないとわたしは織姫専務から解雇されてしまいますから」

「織姫様って複数いるのか?」


 からかうように天は微笑んだ。


「その認識には齟齬がありますね。そもそも織姫というのは幻想の上に成り立った概念なんです。神が織姫を演じているだけで、オリジナルは存在しないんですよ」


 なら一体、織姫と彦星の感動的なエピソードはなんなのやら。

 ちなみに一連の会話の応酬で最も度肝を抜かれたのは、天が三百歳ということだ。神様業界だと三百歳は赤児同然のぺいぺいで、彼女は職に就いてからまだ十回も願いを叶えていないらしい。聞けば、二百年ほどは役職を任せてもらえなかったとのこと。

 そりゃ酩酊状態で職務に励む奴なんざ、誰だって推薦しないだろうさ。



 帰宅するなり姉貴の部屋に向かうと、


「どうしてなのアイリス……あなたはわたしたちをずっと騙していたの⁉」


 鬼気迫る声が扉の内側から聞こえてきた。透視能力はないが扉の先の景色がありありと脳裏に浮かんだので、用は明日に回すことにした。謝罪とエキセントリックな奴についての情報を得るのは朝一番になるだろう。

 ああもご執心となると、姉貴は飯も喰わずに徹夜する確率が極めて高い。アイリス? とかいうキャラのルートが今日中に終わることを祈るばかりだ。ゲームのためなら、あの生徒会長は余裕でずる休みするからな。

 俺の予測は外れることなく、ついに姉貴が姿を現すことのないまま食事が終わり入浴が終わり床に就くことになった。我が家は個人の意志を尊重する家庭なので、姉貴が食いっぱぐれようが不眠でゲームに没頭しようが母さんも親父も苦言を呈すことはない。それに姉貴は優秀だからな。やることをしっかりやっているから両親も文句を言えないのだろう。

 しかるのち、睡魔がふらふらと訪れた。明日以降勇者的な役割を担うことになる俺は、前哨戦として睡魔との決闘を繰り広げようと試みたわけだが、生憎というか当然というか、一分もしない内に敗北を喫した。

 さすが三大欲求のひとつ。勝てる気がしねぇや。スやぁ……。



 翌朝、寝惚け眼を擦りながら階段をたどたどしく下りてリビングに入ると、姉貴と天がトーストをかじりながら微笑み交じりに会話に興じていた。

 天と姉貴の関係はどうなっているのだろうか。幸いにも二人は会話に夢中で俺に気づいていないようだ。好奇心のままに、物影に身を潜めて耳をそばだてる。


「大丈夫ですよ咲月。星座占いの本当の役割は、売れ行きの悪い商品をラッキーアイテムにして売上促進を図ることなんです。あのテロップはバンドワゴン効果を倍増させるための謳い文句でしかないんですよ」


 朝から気を落としそうな話題だな。


「なるほど。朝一番から占いと称して洗脳活動だなんて、日本のテレビ局は狡猾だなぁ」

「他にも有名人が化粧水なんかを宣伝するのもハロー効果っていう心理作用のひとつを用いた洗脳術なんです。世の中、洗脳ばかりでイヤになりますよ」

「それにしても、あーちゃんは雑学に詳しいんだねぇ」


 のほほんとした姉貴の声に反して闇の深い主題だった。てか天よ、お前昨日現界したんじゃないのか? なんでそんな通俗的な話に精通してるんだよ。

 成果が得られたところで身を起こすと、床がパキッと音を立てた。


「あ、しーくんおはおは~」


 俺に気づいた姉貴が、蕩けそうな笑みを湛えて手を振ってくる。

 よかった、サイコ姉貴じゃない。ゲーム没頭の副作用で姉貴がクレイジーシスターと化すことはなにも珍しいことではないのだ。具体的には一人称が変わったりする。ここまでくると、もはや感情移入も一種の才能ではないかと思えてしまう。

 姉貴のぽわぽわスマイルは朝一番のカンフル剤になっていて、実はとても助けられているのだが、直接そう伝えられるはずもなく、


「おはよう」


 いつものように素っ気ない挨拶を返すことしかできない俺である。

 なーに、心の内側では常に感謝しているから問題ないさ。


「おはようございます兄さん」


 こちらは聞き慣れない楚々とした声である。

 焦点を横に三十センチほどスライドさせれば、上品な笑みを浮かべた天がいる。令嬢顔負けの小気味良い所作に、俺は一時ここが高貴な家でないかと錯覚し、


「紫音~洗濯回したいから先に着替えてくれないかな?」


 という母さんの声でやっぱりここが中流の一般家庭であるのだと再認識した。

 朝一番の兄さんコールは聞き心地が悪いどころか快適で、なんなら〝お兄様〟と呼んでくれてもいいくらいだ。なんて、アニメ文化に毒された人間の末路みたいなことを思ってしまう時点で俺もなかなかに末期だな。環境は人格を作る、どうやら俺も姉貴や百合と大差ないらしい。


「返答はなしですか?」


 小首を捻り不満げな顔を浮かべる天は、あたかも機嫌を損ねた令嬢のようで。

 いやぁ抜かりないねぇ。これは誰も彼女の本性を見抜けまい。


「ああ、悪い悪い。おはよう天」


 にこっと蕾が花開いたような笑顔を見せる。それに微笑み返すと、姉貴がぱちんと手を打った。


「しーくん、あーちゃんから聞いたよ。暗黒語を話す子を教えてほしいんだって?」


 さっきから気になっていたのだが、天のどこに『あーちゃん』要素があるのだろうか。まぁ百合も某アニメキャラの名で呼ばれているし、たぶん『あーちゃん』とかいうキャラに天が似ているのだろうきっと。真相は姉貴の中である。

 そんな些細なミステリーはさておき、暗黒語ってなんだ? 古代ローマの末期に使われてたやつか? 

 首を捻っていると姉貴はトーストを皿の上に置き、


「我が腕に眠りし三つ首の大蛇よ! ……って言えば察しがつくかな?」


 親切なことに右手を疼かすデモンストレーションまでしてくれた。そこまでされても気づかないほど俺の勘は鈍っていない。


「ああ、中二病ね」


 最初からそういえばいいのに。天に目配せすると、会得顔でこくりと頷いた。

 優秀な妹だ。予定していたプロセスが既に轍と化している。


「心当たりあるかな?」


 問うと姉貴は恍惚の笑みを浮かべ、


「もっちろん。屋上で黒魔術の研鑽を積んでる一年生を知ってるよ」


 ダウトだダウト。頭を悩ます間でもないね。


「毎日健気なもんだよねぇ。小柄な子が必死で頑張る姿を見てると、不可能だってわかっててもつい応援したくなっちゃうっ」


 姉として先天的に備わった母性愛的ななにかが燻るのか、姉貴はふんすと鼻を鳴らし拳を握って天井を見上げる。

 なるほど。ターゲットは屋上が活動拠点の小柄な女の子なんだな。索敵には十分過ぎるほどの芳しい成果である。


「魔法なんてものがほんとにあったらいいのにね」


 無邪気に微笑みかけてくる姉貴に、それがな姉貴、魔法は実在するんだよとは言えずに、俺は乾いた笑みを漏らすことしかできなかった。

 天は早くもお馴染みとなりつつある張りついたような笑みを浮かべて手をこまねいる。お前、それ作り笑いだろ。


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