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このままでは地球が滅びてしまいます!  作者: 風戸輝斗
第2章
12/29

12 『二面性の騎士』

 次の瞬間広がった光景は、世紀末を彷彿させる惨たらしいものだった。


「……なんだ貴様は」


 畳の上に転がる防具一式を纏った剣道部員は、痛ましい呻き声を上げ続けている。面が割れていたり、胴着が破れて素肌が露わになっている部員が幾人見受けられて、けれども一人、悠然とたたずむ人物が手に握るのはどう見ても竹刀だ。

 百合から聞いた通りの風貌だ。金髪長身の甲冑を纏ったその男は、温和な顔つきをしていた。どこか気怠げな瞳に、高く一直線に通った鼻梁。俳優顔負けのルックスを備えた男ではあるが、感情が欠落しているのではないかと思うほどに瞳が冷めきっている。

 こいつはヤバい。直感が早く逃げろと警鐘を鳴らしている。


「まずいです。あの方、神力を纏っています」


 天の声は震えていた。つまりどういうことだ?


「神と同格の力を持っている、ということです。わたしの異能が通じないかも知れません」


 賭け率はどれくらいだ?


「七対三……いや、八対二というところでしょうか。いずれにせよ、彼を屈服させることは難しいと思います」


 分析結果を聞いたところで、後の祭りである。男の冷徹な瞳は凝然と俺を見据えていて、とてもではないが逃がしてくれそうにない。


「とりあえず負傷者を手当てしてくれ。あとこの竹刀に負けないよう細工を頼む」


 床に転がった竹刀を手に取って突き出すと、天は不安そうに顔を歪めた。


「構いませんが、勝てるとは保証できません。それでもやるのですか?」

「幼なじみを傷つけた相手に尻尾を巻いて逃げるなんて選択は端から存在しないんでね。そうなれば、必然的に決闘という選択しかないわけさ」


 ゲンコツの一発でも入れないと気が済まない。一時去った波が再び押し寄せていた。


「どうして……なんですか?」


 勇みを鼓して足を踏み出したその時、後ろから哀切の滲んだ声が掛かった。


「あなたはなんだってできる。なのに、ゆかりさんの件といい今回といい、自身で重責を担ってばかりです。傷つくのが嫌ならわたしに命令すればいい。今治癒してる方々なんて今日まで関わりのなかった他人です。なのに……なのにどうして……」


 なんでそんな泣きそうな声を出すんだよ。

 天の値踏みするような瞳の数々は、俺の人間性に対する疑問が生じさせていたのかも知れない。けどさ天、俺は殊勝なことなんてしてないぜ。


「ゆかりも剣道部も、巻き込んだのは俺だ。俺に責任がのしかかるのは当然のことだろ」


 せめてもの罪滅ぼしだ。激痛に悶え苦しんでも文句は言えんさ。

 天はなにか言いたげな顔をしていたが、ついに言葉が紡がれることはなく。最大限柔らかい笑みを向けて、俺は身を翻した。

 鷹揚な足取りで金髪に歩み寄り、五歩ほどの間合いに達したところで剣先を突きつける。


「少しおいたが過ぎるんじゃないか。美顔に一発お見舞いしてやるよ」


 仲間が傷つけられて激昂する、なんて展開を何度もアニメや漫画で見てきて、その度にそうはならないだろと苦笑していたが、今ならあいつらの気持ちがよくわかるよ。さっきから目の前の野郎にムカっ腹が立って仕方ない。

 男の瞳からは相変わらず熱を感じない。ピクリとも動きやしない。俺なんて目じゃないってか? 

 男の口が微かに動いた。


「礼儀のなってない騎士だ。矯正する必要があるな」


 洗練された動作は一時人を魅了するという。まさしく俺はその現象を体験していた。

 音もなく持ちあげられた竹刀の軌道上にははっきりと残像が見える。早すぎて何重にも見えるのはわかるが、鈍重なのに幾重にも見えるってのは一体どういう理屈だ?


「恥を知れ小童」


 こし溜まりに構えた竹刀を男は横一線に薙ぎ払う。とっさに竹刀を構えると、喉元には突き、頭上には脳天を叩き割らんばかりの勢いを纏った竹刀が迫っていた。

 ……は?

 いやいや待て待て。サシなのに竹刀が三本見えるんだが? というか野郎が三人に分裂してるんだが? 聞いてないぞ細胞分裂型の異世界人だなんてよ。

 脳内でクレームの嵐が吹き荒れようが、剣が止まることはない。三方向からじわじわと竹刀が迫ってくる。スローに見えるのは走馬灯的作用かなんかだろう。

 あぁ、この感覚いつかも味わったなぁ。確かあの日はちょうど今日みたいな麗らかな日で――。

 諦観の域に達した俺は、防御という選択を放棄して現実逃避の選択を取った。柄を握っちゃあいるが動かす予定はない。同時攻撃をどう防げって言うんだよ。

 ところがさすがはイカサマをした武器というべきか、デタラメな攻撃をデタラメな動きで防ぐことに成功した。

 腕が人類の域を超えた速さで稼働していたのに、これが不思議となんともないんだ。あれかな、人は日頃潜在能力を10%しか解放できていないけど実際はもっと引き出せて、それはつまり余力を残してるってことで――。


「うほぅ⁉」


 またしてもガード成功だ。相変わらず金髪は三……あ、今四人に増えた。忍者かこいつは。動きが華麗すぎてそう見えてるってだけで実際は分身なんかしていないんだろうが、この際細かいことはどうだっていい。要するにこいつはバケモノ染みて強いってことだ。

 アクション映画の売上促進PVのような激戦を繰り広げること一分。

 なるほど、天が勝てる保証はないと言っていたがその通りだ。

 というのも防戦一方で、九対一くらいの割合で一応反撃を試みてるんだが、一度として有効打とはなっていない。

 ただこの均衡状態もそろそろ終わりが近いようで。


「はぁ……はぁ……」


 俺の体力の限界がすぐそこまで迫っていた。竹刀は勝手に動くが身体がついていかない。減量に追い込まれたボクサーの気分だよ。


「どうしたその程度か」


 対して金髪は額に汗を浮かべることもなく、冷然と竹刀を打ち下ろしてくる。残像はこの瞬間をもって十を超し、いよいよ騎士を装った忍者説が有力視されてきた。無表情で無感動に竹刀を捌くその姿は、まるで砂丘のアサシンだ。こいつ絶対何人か殺ってるよ。

 なんて、脳内実況もできないほど息が上がってきた。それを知ってか知らずか、男は攻撃のペースを早めてくる。本性はSっ気たっぷりですかこの野郎。


「……げてくれ」


 不意に男の口から押し殺したような声が漏れ出た。肺腑から絞り出したようなその声は、感性の欠落した男から発せられたものとは到底思えなくて。


「……頼む。もう誰も……傷つけたくないんだ」


 顔が半分だけ悲痛に歪んだかと思うと、剣撃の嵐がぴたと止んだ。

 なんだなんだ、急に人が変わったぞ。乖離性障害か多重人格か。この手の症状には幾らか心当たりがあるが、如何せんそれらの症状を患った人と出会ったことがないから、なんとも言えない。

 顔半分に能面染みた無表情を貼り付けた男は、


「なに……ぼうっとしてるんだ。はや……く逃げろ」


 って言われてもな。もう暴れないって誓えるんならいいんだが。


「そ……れはできない。意思とはべ……つに、身体、が……うご、グァァァ!」


 雄叫びを上げながら男が仰け反り返る。アニメなんかだと、この手のキャラクターは操られている確率が高いように思うのだがどうだろう。なんて、二次元に三次元の型を当てはめるのはナンセンスだよな。

 数秒とはいえブレイクタイムが生まれたおかげで、息が整うくらいには回復した。勝利の兆しは未だに見えないが、同時にズタズタにされる未来が少し先延ばしされた。


「まだ自我が残っていたとは。大した奴だ」


 そう独り言つ男が無表情であるからして、その言葉を投げかけた相手は俺ではなく、男の中にいるもう一人の男だろう。

 本当に洗脳されてるんじゃないか?

 疑惑が確信になりつつある中、男の足先から頭の天辺まで凝視すると……ん。甲冑の胸部が光ってるような……まさか呪いの甲冑とか言わないよな?

 んなありきたりなと思うが、なりふり構っていられない。このままでは近い未来に敗北を喫することは確実だ。

 ものは試し。今頃は治癒が済んで手持ち無沙汰であろう妹の脳内に囁きかける。


「(天、あいつの甲冑を剥がすことは可能か)」

「(甲冑? えっと……あ、できそう。それならできますよ)」


 もしかしたら細分化することでどんな願いも叶えられるのかも知れないな。いい教訓を得た。


「(よし頼んだ)」

「(お任せください)」


 できないことはできないと名言してくる分、承諾の言葉の安心感は大きい。竹刀を構えながらその瞬間を待っていると、甲冑にピシッと小さな亀裂が入り、それを皮切りにピキピキっと硬質な音がひっきりなしに響きはじめ、ついに甲冑は崩壊した。

 が、


「……そうきたか」


 どうやら呪いの武具ではなかったらしい。

 男の左胸には黒い箱状のものが取りつけられていて、見るからにそれは人為的なものである。よくよく見れば赤だったり青だったり端々が明滅していて、その点滅に一定の周期性があるのを見るに、男を操っている装置ではないかと思われる。


「む、なぜ鎧が……」


 男は横長の箱に触れながら、


「見たな?」


 凄みを利かすってよりも射殺す、という表現が的確な恐ろしく鋭い瞳を向けてきた。全身が泡立つ。膝ががくがくと震え、体温が急激に下がりはじめた。


「兄さん!」


 天の声が遠くから聞こえる。実は激闘の最中も天の声援がバックグラウンドにあった。描写できなかったのは立ち合いだけで手一杯だったからである。語り手としては致命的なミスだが、どうか大目に見ていただきたい。って誰に話してるんだ俺は。

 思考回路は働いてるのに、神経伝達系は依然として障害を起こしたままだ。天を安心させる言葉も返せないまま、男が竹刀を振りかぶる。


「散れ小童」


 竹刀は動かない。今まで俺の意識とは別に動いていたのにここに来て動かないということは、俺の身体か、あるいは竹刀に異常が生じたということだろう。プレッシャーに気圧されて、とかではなく、男は俺を睨めつけると同時に金縛りにでもかけたのかも知れない。 おいおい忍者とエスパーの二刀流だなんて勘弁してくれよ。そんな反則級の奴とこんな序盤で出会すなんて、神様を恨みたくなってくるね。ああ、天のことじゃないぞ。

 コマ割りを忘れたアニメーション作画のように、男の頭上にあったはずの竹刀は既に俺の頭頂部を掠めている。

 ああ、天に頼んで身体を硬化してもらうんだったな。と、この期に及んで、己が準備不足に気づいて後悔の念に駆られたその時、


「しーくん!」


 ハリケーンを連想させるほどの暴風が頭上から足下に吹き抜け、舞い上がった藁が右目に入った。


「いっつ!」


 顔を上げて目を擦り、次に開けた視界には、茫然と立ち尽くす男の姿があった。 

 右目から光の粒を零しながら、


「ルクシア……様なのですか?」


 男は歓喜に身を震わせているが、視線の先にいるのはどう見ても姉貴である。

 よくわからんが、この好機を逃すわけにはいくまい。右手に握られた竹刀を滅茶苦茶なフォームで男の胸板についた黒い箱にぶつけると、『パキッ』というヒビ割れた音に続いて、小指サイズほどの小さな虫が飛び出した。怪しさ満点なので、躊躇うことなくたたき潰さんと竹刀を振るうが、こいつの動きが素早いのなんの。水面のアメンボかってくらい俊敏に動きやがる。加えて小さいから、目を凝らしていても見失いそうになってしまう。


「ロストプリズン!」


 蜘蛛とも百足ともつかぬ黒いなにかは、昏々と眠る生徒に飛びかかった後に、桃色の淡い輝きを放つ網に引っかかり動きを封じられた。ゴキブリほいほいの要領である。

 振り返ると、蜜柑色の瞳をもったショートカットの部員がサムズアップ。俺は微笑みながら親指を立てた。


「え、あれは夢じゃ……」


 白昼夢のまっただ中にいるように呆然と漏らすのは、ゆかりの隣に立つ百合である。


「しーくん、どういうことかお姉ちゃんに説明してくれないかな?」


 不安の滲んだ姉貴の声。

 金髪の男が前のめりに倒れ、ゆかりが鵜飼いのような手慣れた仕草で、謎の生物がてけてけ足を動かす桃色の網を引き寄せる。ゆかりの手元に辿り着くなり網は籠へと変化して、その幻想的な光景に一時目を奪われるが、しかし中にいる蛛形類ともゴキブリ類ともつかぬ奇怪な生物がキショすぎて、感動は瞬く間に不快感へと転じてしまう。異世界の寄生虫ってあんなグロい見た目してんの? あれ絶対地上波でモザイクかかるやつじゃん。

 俺がブルーの原因の片棒を担いでいるのがあの謎めいた虫であることは間違いないが、もう一方はこの混沌とした状況をどう説明いたものか、という不安から生じているものである。

 えっと、百合の誤解を解いて、金髪に事情聴取して、姉貴に事の顛末を話して、それから剣道部の奴等の不都合な記憶を消去して、あ、でも過去は変えられないんだっけか?

 あー……天、頼んだ。

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