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このままでは地球が滅びてしまいます!  作者: 風戸輝斗
第2章
11/29

11 『剣姫の敗北』

 自分のアバターが宙に浮いたまま気がついたら絶命しているという奇怪な体験をしている内に土曜日は終わり、翌日は課題潰しと姉貴の荷物持ちの使命を全うした後には日が暮れてしまっていて、気づけば早くも月曜日である。

 月曜日の憂鬱感は老若男女問わずに襲いかかるようで、今日の授業はどれも手緩い。しょうもない雑談で授業が半分潰れたり、演習だけだったりと欠席しても問題なさそうな授業が放課後まで続き、おかげで旧校舎の階段を上ってもまだまだエナジーは余力を残していた。

 扉を開けると、


「こんにちはお師匠様」


 そう慇懃に挨拶してくるのは正真正銘の魔女っ子、ゆかりだ。椅子に腰掛けただけの手持ち無沙汰状態で、ディスプレイの画面はブラックアウトしたままだ。


「おう。まだ誰も来てないか?」

「はい。わたしが一番乗りでした」


 天は掃除当番、百合は毎週水曜日以外は基本的に顔を出せないと言っていたから、次にくるのは恐らく姉貴だろう。それまではゆかりと二人ということになる。

 どうやら今日は部活も休息日のようだ。部室がここまで閑寂としているのは発足以来はじめてのことではなかろうか。相変わらず騒がしいのは四方八方に立て掛けられたタペストリーの中の世界だけである。彼女たちの笑顔はいつも眩しい。ついでに季節は永遠に夏だ。

 キャスター椅子を長テーブルの手前に運んで腰掛けると、ソーサー付きのコーヒーカップとお茶請けが机上に出現した。前もって、ではなくいきなり……。


「今日はダージリンティーです。ごゆっくりどうぞ」


 微笑んでくるんと人差し指で円を描くと、ゆかりの前にも俺と同じものが現れた。忽然と。食器も一緒に……。


「あ、あぁ。じゃあお言葉に甘えて」


 姉貴が準備してるんだとばかり思ってたんだけど。

 どうやら毎回部室に来る度に用意されている放課後ティータイム一式は、ゆかりが魔法で創造していたものらしい。優秀なメイドがいるもんだ。ドジしそうな気配がまるでない点だけが唯一の不満点である。

 茶菓子に舌鼓を打ち終えると、


「ではお師匠様、行きましょうか」


 空になったティーカップをちんからほいと消滅させてゆかりは腰を持ちあげた。

 ううむ、パントリーでも用意した方がいいかな。これまではどうだったか知らんが、姉貴と百合が今の光景を目にしたら卒倒……はしないだろうが、腰を抜かすくらいには驚くに違いない。先手を打っておくとしよう。


「ああ。ダージリンティーとクッキー美味かった。毎日ありがとな」


 というわけで、脳内にパントリーを思い描くとおまけでキッチンと冷蔵庫が付随していきた。換気扇がないキッチンってのは危ないよな。換気扇も追加で創造しておく。

 この後二人が部室に来ようと疑問を抱くことは決してない。なぜなら今『俺があるものにした』から、それはあるものなのだ。我ながら支離滅裂な理論で呆れてしまうね。

 この能力は天に直接願わずとも、天が識閾下にいない限りはいつでもどこでも発動できると先日判明した。つまり天が就寝状態、あるいは意識混迷状態にない限り俺は超能力者も同然ってことだ。まぁ天が闇討ちされた時点で詰みってことと同義でもあるのだが、そんな絶望的な事態には直面したくないもんだね。言質取ったからな。

 しかし改変の瞬間を前にした人物に限り、改変されたという認識が生じてしまうという難点があるのだが、現状においては気を揉む必要はなさそうだ。


「いえいえ、せめてもの恩返しですよ」


 突然現れた調度品に一切ツッコむことなく、ゆかりはやんわりと微笑んだ。

 なに、その恩返しで一日一回のノルマは達成されているよ、なんて野暮なことは言わんさ。それに俺は少し期待してるんだ。もしかしたら、本当にゆかりがインフェルノを習得しちまうじゃないかって。



 誰かに期待を寄せることなんて滅多にないが、判官贔屓などは一切抜きに、この子ならできるんじゃないかって思ってしまうのにはもちろん理由があって。


「ではいきます」


 屋上のフェンスの前に立ったゆかりは、すぅぅと細い息を吐きながら瞳を閉じ、


「……万物を切り裂け。リーフカッター!」


 その叫びに呼応するように、ゆかりの背後に黄緑の曲線が出現し、ぽっきり折れんばかりに湾曲した弾みをもって遥か彼方へ飛んでいく。青空に突如出現した謎の光は、遠方の大樹の幹をばっさばっさ分断し、尚も勢いを落とさないまま鉄塔を真っ二つにしたところでようやく消滅する。言うまでもないが、鉄塔の半分は既にずり落ちはじめている。

 すかさず俺は外観が数分前までの状態に遡行するよう祈った。さすれば結果は必定。大樹も鉄塔も元通りだ。

 こうして今日も大災害が目前まで迫っていたことを誰も知らぬまま、ゆかりとの約束の時間を終える。

 振り返ると、ゆかりは小躍りでもしそうな勢いでこちらに迫ってくる。


「どうでしたどうでした⁉」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながら無邪気に感想を求める姿は、小動物のように愛らしいものだ。


「は、はは……」


 もっとも、ウサギの皮を被ったライオンだから少しも笑えないが。

 ゆかりが地球を滅ぼす可能性なんて万一もありえないと思っていたのは修行三日目くらいまでで、四日目辺りからこの子がガチでヤバい存在なのだと俺は痛感していた。というのも、魔法と言いつつこの子はゲームの技を実際に使えてしまうのだ。今のリーフカッターもゲームの技で、確か威力は強・中・弱の内、最低ランクの弱。

 それでこの殺傷力である。仮に地上に絶対零度をもたらす必殺技をゆかりが真似しようものなら、その日を境に人類は再度氷河期に突入してしまうに違いない。

 インフェルノを見当違いな方向にしか放てないから、実力は知れたものだろうと侮ったのが間違いだった。

 花田ゆかり。恐らくこの子は、魔術師としての天分に恵まれている。


「ま、まあ及第点ってとこかな。明日精度が上がってたら次の魔法に取りかかろうか」


 明日は鉄塔を狙わないよう指示しよう。あれは確か電波塔だ。街の皆さん、この度は僕の不注意で停電を起こしてしまい申し訳ありませんでした。

 胸中で謝辞を述べ、今頃は電波障害を疑っているであろう人々に俺は頭を下げた。


「はい! そうしましょう!」


 ほくほく顔の弟子は俺の課題に異見することなく、「今日も修行、頑張りますね!」と上機嫌にステップを踏みながら校舎に向かっていく。


「どうしたもんかね」


 春空の下で一人呟く。

 弱技は無限には存在しない。中技も然りだ。いずれは強技に辿り着く。

 ゲームの演出は華々しいものばかりで、画面外のプレーヤーにすれば爽快なものだが、それが現実になろうものなら天災というか地獄絵図である。元通りにはできるだろうが、毎度毎度人様に迷惑をかけていては立つ瀬がない。その内、俺とゆかりが一連の騒動の主犯だと特定されて、秘密めいた機関に解剖されて……というのは考えすぎか。

 しかしなにかしら対策は打たねばならん。どうしよう。ギャルゲーで倫理観を培うように、なんて課題を出してみるか? ああ、いいなこの案。ゆかりは素直だし、オタ二人はギャルゲーは道徳と豪語してるくらいだし、たぶんうまくいく。ゆかりの人格が歪まないかというのが唯一の懸念点だが、まぁなんとかなるだろ。アニメ文化が盛んな地球ライフを来たるべき日まで満喫すればいいさ。

 そう結論を出し、部室に戻ろうと踵を返したところで、


「(大変です兄さん! 急いで部室に戻ってきてください!)」


 脳に響いた嬌声。はぁ……今日は休暇日だと思ってたんだけどな。


「(百合さんが……百合さんが大変なんです!)」


 その名を聞いた直後、無駄な思考が一切合切塵と化した。

 状況説明を求めることは疎か、天にわかったと返事をすることもなく、俺は全力で駆け出した。



 部室に到着すると、変わり果てた姿の百合がいた。


「あ、紫音。トリックオアトリ~ト。お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ~」


 軽い声に反してその姿は見るに堪えない痛ましいものだ。片目は眼帯に覆われ、右腕はアームホルダーに吊され、引き締まったおみ足には所々紫色の痣が浮かんでいる。

 出迎えた百合は、机を四つほどくっつけて作られた簡易ベッドに横たわっていた。姉貴のオタグッズがマットレスや枕の代わりを担っている。


「動かないでください百合さん。応急手当しかしていないんですから」


 傍らでは天が甲斐甲斐しく看病している。その横でゆかりは切実になにか願うように固く目を閉じていて、たぶんゆかりが魔法で痛覚を和らげているから百合は平静を保てているのだろう。


「誰の仕業だ」


 どうして真っ先に保健室に行かないんだとか、ゆかりは本当に回復魔法を行使しているのかとか。確認すべき案件がいくつもあるはずなのに、なによりも早く口を衝いて出たのは感情に即した言葉だった。


「あれ? ハロウィンはまだ早いのツッコミはなし?」

「こんな惨状を前に軽口を叩けるわけないだろ。……痛くないのか」


 百合は端正な顔に似合う、落胆と慈愛が混在するような微笑を浮かべた。


「それが不思議なくらいになんともなくてさ。っていうか聞いてよ紫音、瞬きしたら目の前にゆかりちゃんがいたんだけど、もしかしてわたし、目覚めちゃったかな?」


 目覚めてるのは、今もお前の傍らで切々と呟いてる小柄な魔法使いだ。お前は普通の人間だよ。

 なんて反論が念頭に浮かぶくらいには正気を取り戻してきたらしい。なにはともあれ、大事に至っていなくてよかった。胸を圧迫していた重圧が段々と引いていく。


「んなわけないだろ。ハイウェイヒュプノシスかなんかじゃないか」

「剣道まっただ中で?」

「でなきゃ気絶でもしてたんだろ。気絶直前の出来事と覚醒直後の出来事がモンタージュして……ってのはありふれた話だよ」

「それは……あるかも。痛みも突発的で今は大したことない……し……」


 言いながらアームホルダーに吊された腕を動かし、百合は驚喜の声を上げた。


「嘘……動く。動くよ紫音っ! やったやった! え、本当に夢オチ? 紫音の説が正しかったって言うの?」


 歓喜する百合から水平に視線を流すと、縁の下の力持ちがふぅと息を漏らしていた。

 お疲れさん。明日ちょいとお高いお菓子をご馳走するから期待しててくれ。


「どんな夢だったのか詳しく教えてくれませんか?」


 神妙な面持ちで天が問いかける。なるほど、百合の惨事は夢だったって体で話を進めればいいんだな。しかし天は本当に自発的に超現象を起こすことができないのだろうか。だとすれば、天は俺が頼らない限り普通の女の子だ。

 うーんと唸ると、百合は夢の内容を明かしはじめた。


「夢にしてはいやに鮮明に覚えてるんだけど、いつも通り武道場で稽古に励んでたら金髪長身の騎士みたいな甲冑を纏った男がやってきてさ、貴様らそれでも本当に騎士か! って鬼の形相で開口一番叫んだんだ。腰だまりに携えてた木刀で部員に襲いかかろうとしてたからわたしは咄嗟にそいつの動きを止めて。そしたらバカみたいに腕の立つ剣聖でさ、一打もお見舞いできないままボコスカにされたってわけ。いや~やっぱ夢だったかぁ。あんな強い奴はインハイにもいなかったからなぁ」


 どこか寂しそうに宙を仰ぐ。最強が故の孤独というやつだろうか。こんな目に遭いながらも、百合は心のどこかで満足感を覚えていたのかも知れない。


「(天、これって)」

「(はい。間違いありません)」


 一週間の空白を挟んで、異世界人のお出ましのようだ。異世界人自体は校内にわんさかいるようだが、けれどすべてで害をなすというわけではないようで、一般生徒に被害が及んだのは今回が初めてだ。まさか身内とは思ってなかったけど。

 ……待てよ。話の流れ的にその金髪は今も武道場に居座ってるんじゃないか? そこには当然、他の剣道部員がいるわけで。

 悪寒が全身を駆け巡った。


「ゆかり、百合のお守り頼んでいいか?」

「はい。お任せくださいお師匠様」


 にこりと柔らかく微笑んだゆかりは、それ以上のことを聞いてこない。こんないい弟子を持つなんて俺は果報者だよ。絶対最後の日まで見放さないからな。


「ちょっとちょっと、そんなに慌ててどこ行くのよ」


 それに比べてこの委員長は。まぁ特別な力があるわけでもないし、察することができないのは当然か。姉貴なら事もなげに状況把握しそうだけど。


「体育館にシューズ忘れたことを思い出したんだ。ちょっと取ってくる」

「え? でも今日の体育はソフトボールで……」

「ああ、あのシューズ、兄さんのでしたか。なら掃除帰りに持っていけばよかったなぁ」


 ナイスフォローだ天。


「とういうわけだ。ゲームをするのは構わんが、この部屋から出るなよ」

「う、うん……わかった」


 不承不承百合は頷く。瞳が詳しい説明をするよう求めているが、悪いな、自体は一刻を争うんだ。踵を返して廊下を駆け出す。


「あ、こら君、廊下を走るのは危険だぞ」


 生徒の命が掛かってるんだ、目を瞑ってくれよ生徒会役員。先日二言ほど会話を交わした姉貴に好意を抱いていそうな生徒会役員の言葉を無視して、俺はどんどん加速する。


「(兄さん、わたしもすぐ向かいますから)」

「(わかってる。俺が武道場についたらお前が真横に現れるんだ)」

「(ふふ。だいぶ熟れてきましたね)」


 そりゃ一週間も経てば、そこそこ馴染むさ。

 生徒会室を過ぎて階段に差しかかれば。そこは無人のパブリックスペースである。

 さて、人目をはばかったところで一足飛びするとしますかね。

 いざ武道場へ!

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