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二日目の朝はあたかも合宿に行ったような心持ちで時間が過ぎていった。
如月は既に朝食を食べ始めており、目礼で挨拶する。今日は軍装のようで詰め襟の暗色が近寄りがたい。。向かいに席を作られ、詩音も無言で食べ始めた。
食生活はもとの生活とほぼ変わらないらしく、見覚えのあるメニューがあちこちに並んだ。
オムレツがあったのに顔がほころぶ。なかなか旅行にでも行かない限りふわふわのオムレツにはお目にかかれないので嬉しい。
如月は直に食べ終え、ゆっくりするように、と一声かけると部屋から出ていった。見送りは、と立ち上がろうとすると小林に制される。予め止められていたらしい。
食事を終えたあと今日はどうされますか、との小林の問いに少し考え、
「この世界とこの国に関しての本を読みたいです。あとはなにかやることがあれば…」
ゆっくり言葉を返すと図書室の存在を明かされた。すぐに案内するかも聞かれ、すぐ見たい、と即答する。
食後のお茶を飲み干して慌てて席を立つとなだめられてしまった。苦笑しつつ小林のあとに続く。
詩音よりやや小さな背中のあとに続いて歩くことしばらく、床の絨毯の色が変わる。
「ここより図書室の領域となります。お気づきかと思いますが床と壁紙の色が変わります。主の職種が職種ですので、ごくまれに荒事を持ち込まれるお仲間がいらっしゃいまして。図書室に被害が出ては大事、と主がこのように模様替えをされました」
「なるほど…」
「数度、お気づきにならない方がいらっしゃったようで、その時はもう大変で」
「なるほど。。」
諦めたように笑う小林の肩が震えている。
「迷われた際にはお近くの者にお申し付けください」
角を曲がり、趣のある扉の前で立ち止まった。両開きの木製の扉で、年季の入った飴色が重々しい。
小林が取っ手に手をかける。
「何用ぞ」
「何者ぞ」
明らかに人間ではない声がかけられた。
「おや、お久しぶりです狛犬様方。小林でございます。」
「小林か。其の者は何者ぞ」
「阿形の云う通り、何用ぞ」
「主の客人でございます」
「客人とな」
「まろうどとな。聞いておらんな、吽形」
「ああ聞いておらんな阿形」
「見たことのない顔と気配よな」
「主の許しなくば通すことはできぬ。戻れ。」
「…疾く戻れ。」
「しかしながら主から入室の許しもいただいておりまして」
小林がなにと会話しているのか視線を追うと、扉の両側に置かれた台座に座る狛犬である。白い身体のその目に光が灯り、石造りとは思えないほどなめらかに体が動き会話している。
そのうちの角の生えたような個体が目をつむり、座り直してしまった。そのまま石造りへと戻る。
「主の許しが出たなら名ももらうしここも通そう。それでよかろう、吽形。…もう眠ったか。ではな、小林」
「狛犬様方!」
小林が残った片方に言い募ろうとする前にたれ耳の片割れもちらりと詩音を見たきり目を閉じて座り直してしまった。こちらも石造りへと戻ってしまう。
がたり、と小林が扉を押すが動かない。
「だめですね。すみません、確認を怠った私のミスです。狛犬様方もこうおっしゃいますし一度戻りましょう」
残念そうにもう一度扉を見上げ、小林が踵を返した。よくわからないながら詩音も後へ続く。また絨毯の色の境界を超え、階段を何度か上下して自室へ連れて行ってもらう。応接セットの椅子に詩音が腰掛けると、そのまま小林はお茶を淹れ始めた。