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差し込む光の濃さが増し、弱くなる。
音を立てないように体をほぐし、パンプスを履き直した。リュックの肩紐を調整し、かかとを浮かせて目がなれて見えてきた出入り口へと向かう。
静かに引き戸を動かす。…動いた。
あたりを伺い、人影がないことを確かめる。右よし、左よし、右よし。目指すは手水舎。まずは水を確保したい。
引き戸を大きく開き、足を踏み出す。片足を着地した瞬間、人の声が複数上がった。こちらへ向かってくる。
(嘘でしょう?!!)
気づかれたなら姿を見られる前に隠さねばならない。拠点は確保しておきたいから移動しなければならない。
ひとまず走り出す。建物の影に入ろうとした瞬間、横から声をかけられた。速度を上げる。後ろから追走される気配がする。
(あああもう面倒くさい…!)
参道へ向かう。見通しがいいが様子を把握したい。神社の中を走り回るのはよろしくないのは知っているが今回限りは許してください、と頭を下げる。
後ろから叫び声が上がって、見えてきた集団がこちらを振り返るのがわかった。慌てた様子で止めようとするのがわかり、進路を迷いながら密度の薄いところに突っ込む。
速度を落としたところで手首を取られた。つんのめりつつ振り返り、たたらを踏む。
必死な様子で手首を掴む青年がいた。容貌はアジア人に似ている。細かなところを把握する前にそのまま大きく腕を時計回りに振り回す。
(外れた)
小さな頃、学校に来た警察官に教わったのがまさか役に立つとは思わなかった。
もたついている間にも人の密度が上がり、矢継ぎ早に声が上がる。皆アジア人系統の容貌でところどころつば付きの帽子から頭髪に鮮やかな色が見える。
密度の薄いところを選ぼうとするたびに手や肩を捕まれ、振りほどいてはたき落として足を踏み出す。
(いい加減疲れた…無駄に傷つけようとしていない??)
力づくて捕獲しようとはしていない気配は感じ取り始めた。首を傾げつつも足と目は止めない。苛立ち始めたところで今までにない強さで手首を掴まれた。
振り向きざまに手を引き抜く。抜けない。振り回す。抜けたのを取り戻しつつ前を向くと、逆の手を取られた。青年に掴まれたより掴まれ方がきつい。
「なんですか?!」
にらみあげると、手首を握ったまま冷静にこちらを観察する人物と目が合った。自分より年上、周りよりは細身とはいえ同じ服…制服、軍服だろうか、を着こなし、目鼻立ちが整った顔が表情を崩さずにこちらを見下ろす。背が高く、見上げないと目が合わない。切れ長の眼光が鋭く背筋が寒くなった。
もう一度腕を振り回して外れないことに舌打ちし、だめもとで握られた手を担ぐように相手の足元に踏み込んだ。
そのまま背負い込むように自分の上半身を倒す。ぐらりと相手がバランスを崩したと同時にまわりのざわつきが大きくなる。
自分の手を取り戻し、走り出した。