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親の心子知らず

 男が下げる頭はそんなに安くない。そう思っていた。


 近隣に比べて裕福なハイシェット村でも一二を争うほど整えられた部屋の中で、重厚な机の前に座る男と、部屋の真ん中で頭を下げる男が向かい合っている。部屋に入ってからすぐ、若い男は開口一番謝罪した。


 下げる頭の価値は、人による。

 俺の頭など、下げることで謝罪の意思が伝わるならば何度だってやってやる。


「詳しく話せ。 最初から、最後までだ」

「……はい」


 ヘケット村で起きた事件の発端が自分であると言ったゼンジに対して、父であり家主であるハンザはそう言った。ゼンジは掻い摘むでもなく、事実だけを口にした。

 それだけで誰にでも、元凶が誰かなど容易く伝わった。


「なるほどな」


 聞き終えた父の声は相変わらず固く、重い。


「それで。ヘケット村にそれほどの被害と醜態を晒しておいて、お前がここに帰ってきた理由はなんだ」


 息が詰まり鳩尾が震える。既に愛想を尽かされているはずだ。しかしこの期に及んでまだ良い恰好をしたい欲が、自らの恥を(さら)け出すことを躊躇させる。


 魔獣の生け捕りに失敗し、露見を恐れて情報を隠し、結果ヘケット村は逃がした魔獣に襲われ、弟を失い、(かたき)もとれず(いたずら)に村と森を壊され、好き勝手に嘲弄していた人間に討伐してもらった。


(なんという屑だ。まさに雑魚(ザコ)の見本だ)


 父の言う通りだ。

 いっそ死んでしまいたい程の醜態を晒してまで、俺がここに帰ってきた理由はなんだ。

 自らの過ちを受け入れるとき、男はあの光景と言葉を思い浮かべる。


『俺は後悔していないです。魔状の大半を失っても』

『―行動しないことで死ぬほど後悔したことがあるんです』


 同時に、兄と同じく雑魚のように生き、紙切れのように足を吹き飛ばされて死んだ弟を思い出す。


 ―まだ俺は生きている。


 俺もまた、自分の歩んできた人生に今、死ぬほど後悔している。

 しかし生きている。生きている限り、まだ何かは為せる。


 これから先も後悔しながら生きるのであれば、せめて迷惑をかけた人たちに返せるものは返したい。できることは全てやりたい。もうこれ以上後悔はしたくなかった。償う道があるならば、どれほどみっともなくとも俺は選ぶ。

「死ぬほど後悔したことがある」と言った俺よりも年若いあの男は、自身の決めた理念に沿って村を救い、少なくとも傍目からは後悔しているようになど見えなかった。


 息を整える。恥をかくのにもそろそろ慣れた。


「俺に、金を貸してください」


 迷惑をかけた人のため、そして何より自分のために、男は再び頭を下げた。

 成人しながらも未だ親に金を無心する。自分の失態を補填するために。しかしこれが今の俺だった。


――


「理由は」


 いつでも変わらない父の声音が、逆に今はありがたい。


「先ほど伝えた通り、村の一部は崩壊しました。問題となった魔獣ベニメリヌのみでなく、大小様々な魔獣も村に降りてきました。その中には畑を荒らしたものもおり、討伐するために止む無く畑で戦闘したことで一部収穫できない畑もあります。また、魔獣で怪我した者にも相応の補償が必要です」


 怪我と言えばベニメリヌと実際に戦闘した化け物達が一番の重症者だったが、「今は」表向きには負傷者ゼロ、むしろマーリンをカウントするならば負傷者-(マイナス)1という不思議な状況である。


「さらに、迷惑をかけた村自体に、何か詫びを入れねばなりません」

「それで、金銭か」

「金銭で返せるものは、返す必要があると思っています」


 世の中には金で解決できないものがある。その最たるものを失わなかっただけ今回は幸運だったのだ。


「ふん。 ―お前のものではない金でか」

「……はい」


 父ハンザは長い長い溜息をつく。ゼンジはその息の音を甘んじて聞いた。


「いくらだ。 さっき言っていた会合で、大体の金額は決まっているのだろう?」

「はい、……三百万シルナです」


 額を聞いて、ハンザの眉間に皺が寄る。


「被害からして、破壊された家屋に住んでいた村人の生活費も含んでその金額か? 人頭費も考えれば些か少ないだろう」

「人を雇うことは、考えていません」

「? どういうことだ」


 眉間が一層きつく(よじ)れる。


「俺がやります」

「……なにを言っている?」

「俺が壊れた家屋を解体し、建て直します」



 ハンザの鼻から、まるでこちらに聞かせるような嘆息が再び漏れた。


「それが、何になるのだ。お前の自己満足のためか。 素人が作った家など誰も望んでおらん。時間だってかかる。いや、本当に建つのかさえ不明だ。 ……ヘケットの村長は何故認めた。真面(まとも)な老人と思っていたが、馬鹿なのか?」


「ヘケットの村長は真面です。家については住人の意見も聞いたうえで、期限を決めました。家を建てるのは俺だけでなく、そこに将来住む人間と一緒にです。なので人頭費がかからない訳ではありません。ヘケット村には、以前一度村が半壊しましたが、ここまで立て直した経験を持つ人間が多い。 俺には無いその知識を、頼ろうと思っています」


 少し意外そうに片目を大きくした後、それでもハンザは息子が見落としていそうな穴を指摘する。


「……しかし人員は他にも必要だろう。家屋用の材木を切り出すだけでも相当な労力だ」

「魔獣との戦闘で、森の端には今倒木が散乱してるので、それを利用しようと思っています。ただ加工だけは人足を雇うつもりです」

「ふむ」と吟味するようにハンザは顎を指で撫でた。束の間部屋に沈黙が訪れる。


「悪くない」

「え?」


 一瞬、ゼンジは自分の耳を疑った。呆けた顔をした息子にハンザは一瞥をくれる。


「思ったよりは、だ。やれる事とやれない事、許容できる事柄と許されない範囲がある中で、出来る限り自分の手で返したいという意思は伝わった」

「あ、ありがとうございます」


 思わず衝いて出た言葉を「別に褒めたわけではない」と切り捨てた後、椅子の背にもたれたハンザはもう何度目かの長い長い息を吐いた。しかしそれは溜息というより、一仕事終えた後の伸びに近かった。


「いいだろう。金は貸してやる」

「! ありがとうございます!」


 思いがけず出た大きな声にもハンザは反応しなかった。その眼はひたすら彼の息子に注がれており、気づいた息子も喜色の顔を出さずに目を合わせる。


「当然だが、この金は貸すだけだ。返済はヘケット村への賠償が終わり次第すぐに月イチで返してもらう」

「わかりました」


 当然の事として強く頷いたが、それを見て父の視線が強くなる。


「簡単に言うが、返すアテはあるのか。三百万シルナは大金だ。簡単には稼げない。もっとも、お前はお前で仕事はしてきた身だ。よく知っているだろうが」


 父の言葉に息子は今度こそしっかりと頷く。


 ハンザの家は主に農業と行商によって利益を得ており、いわば田舎の自給もする商会のような形だった。どこかの商会に所属する行商人であれば商人協会に登録する必要はあるが、ハンザの家は正規の商会ではないため行商人も商人登録していない。単純に街、都市、村から売れそうな物を仕入れ、ハンザがそれを買い取り近隣の村に売る方式を取っていた。近くの村にも影響力を持ち、都市に伝手のあるハンザだから可能な商売である。

 仕入れる物品は依頼して調達してもらうものもあるが、行商人が独断で仕入れることも許容している。しかし独自調達した物の場合、ハンザのお眼鏡に叶わなければ買い取ってもらえないので自分でどこかに売りつける必要はある。


 ともあれ、ある程度自由度があり依頼された仕入れをしていれば一定の給金ももらえるため、村からの成り上がりを目指してハンザと取引している行商人はロイ含めかなりの人数がいる。

 行商は危険と隣り合わせある。ただでさえ村村の道には魔獣がでるが、値打ちのある物を運ぶ仕事であるため盗賊にも狙われやすい。そのために護衛はいつでも人手不足であったため、彼はここで働くことを宣言した。

 田舎の仕事であるため給金は高くないが、彼としては迷惑をかけた父の家業を手伝うこともできるという点でも悪くない選択だと考えていた。


―しかし提案を聞いた父は首を振った。


「甘いな。護衛の仕事は確かに人手不足なために仕事が切れることはないだろう。しかし拘束時間が長く月にいくつもこなすことはできん。時期(タイミング)が悪ければ月に一つの仕事をこなすだけで終わるかもしれん。それでお前は月毎の返済と利息を安定して払えるか?」


 数をこなすことで返済金と利息はまかなえると目算していた彼は出鼻をくじかれたことによって閉口した。「身を粉にすれば」などと具体性に欠けることは言わなかった。父の望んでいる言葉ではないだろう。


 焦る頭で代案を考えて沈黙したままの息子を見やり、ハンザは続けた。


「そんなに悩まずともあるだろうが。お前が稼ぐ道は」

「……それは?」


 見当の付かない息子に聞き返され、ハンザは口をへの字に曲げた。


「開拓者だ」「!」


 父の言葉に瞠目し咄嗟に反駁しようとしたが、それを察したハンザが先に言葉を紡ぐ。


「それ以外に、お前が効率的に稼ぐ方法があるか? フーフォンテに行ったところで今から商売するにも仕事を探すにも時間が掛かる。かと言って他村に割のいい仕事などありはしない。おのずとお前のやれることは決まってくる」


 冷静な言葉に納得しそうになるが、「しかし」と彼は言った。


 開拓者で大成することが彼の夢だった。

 そしてその夢は自分の愚かさによって断たれた。そう思っている。

 誰に何を言われたわけでもない。しかし、もう夢を追っていい人間ではないと本人は思っていた。

 これからは自分は償いのために生きるのだと。そう考えていたのだ。


(開拓者に、俺はもう戻ってはいけない)


 言い淀む息子に向かって、その心中を見越したうえで父はさらに続けた。


「何に深く悩んでいるかは知らん。しかし、お前が何を思って家の仕事に就こうとしたのかはある程度わかっているつもりだ」

「親父……、いや父上、俺は」


 「父上なんぞ初めて言われたな」と言ったハンザの顔は笑っており、彼は再び驚いた。


「これは金を貸し出した側からの命令だ。毎月の返済のためにも、お前は開拓者をやれ。今まで上手くいかなかったのならば、今度はやり方を変えて死ぬ気で働け」

「俺は」


 「開拓者を続けていいのだろうか」と父に向かって問いかけたかった。しかしそれはお門違いだと分かっていたし、ただの甘えに思えてギュッと口を引き結ぶ。

 その様子を見たハンザは目尻に一つまみの優しさを寄せて立ち上がり、口を開かない息子に向けて言った。


「話は終わりだ。……今度は死ぬ気ですがりつけ。―ゼンジ、期待している」


 もう話す事はないというようにハンザは大きく手を振って後ろを向いた。

 

 ―ようやくゼンジが出て行ったのをドアの閉まる音で確認すると、ハンザは一息ついて振り返る。

 そして下げた頭のある位置の床にいくつかシミを見つけて再度ひっそりと笑った。

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