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決断のハードルが低かっただけのこと

「……やめておけ。それよりも余力を残しておいた方が魔状の力が残るかもしれん」

「そんな話聞いたことがあるんですか?」

「……」


 下を向いたマーリンの顔は、膝をついていたヨウにはよく見えた。

 後悔と自責と、深い怒り。



「……なぜ、なぜ終魔状を使った」

「あの時点で、それ以外にベニメリヌを倒せる方法が思いつかなかったからです」


 この時やっと、マーリンはヨウと自分でベニメリヌの状態に対する認識が異なっていることを知った。

 そしてそれが仕方の無いことも。


「……俺が終魔状を使うべきだった」

「それは分かりませんが、結局使ったのは俺です。 ―マーリンさん、早くこっちに」

「やめろ!」


 強い拒絶の声に、ヨウだけでなくクレアとゼンジの肩が跳ねた。


「お前は、お前の才能は……! ここで終わっていいものでは無かった!」


 悲痛な声が木霊し、戦いの後の野原に沈黙が落ちる。


「あの時、俺だけが。 俺だけが、お前の才を失う前に、この戦いを終わらせることができた!」


 刃のように自身を傷つける言葉を、喉を傷つけながら吐血するように吐き出す。


「だが俺は……っ この齢で一線を退いても(なお)、魔状を捨てることを躊躇した……」


 後ろで、ゼンジもまた俯く。

 マーリンに罪などない。これは自身が元凶の災厄であると、彼はもう理解していた。


 彼は歯を食いしばって顔を上げる。未だ下を向いたままのマーリンに「あなたのせいではない」と言葉をかけるために。



「―マーリンさんと俺は違うでしょう」


 しかし先に言葉を発したのはヨウだった。

 突き放したようにも思える言葉は、十四の子どもが四十を超える大人に向けて諭すような声音であった。


「知っているでしょうが、俺は去年まで魔状の才など関係なく生きてきましたから。でもマーリンさんは違う。今まで聞いたこと無かったですけど、まず間違いなく『魔状』と共に生きてきたことはわかります」


 風が吹く。満ち満ちていた血の匂いが随分と薄らいだことに気付く。空の雲からは淡く光が漏れ始める。


「そんなお人が、簡単に魔状を捨てられないでしょう。だから、俺の方が早く終魔状を使うことは当然です」


 ヨウが低い体勢のままマーリンへにじり寄る。マーリンは反射的に後ずさりしようとしたが、それよりもヨウが動かない方の足を掴む方が早かった。


「それにですね。俺はこれまでに、行動しないことで死ぬほど後悔したことがあるんです。 ―ガキのくせに何を、と思うかもしれませんが」


「そういえば、リュシーにも似たようなこと話したな」と思い出したように横たわる少女を見た。


「マーリンさん」

「……」


 最後の力を絞り出しつつ声をかける。運動機能を失った足の原因を探り当て、徐々に身体強化を試みる。眠っていた腱と神経が突然降り注いだ魔素に揺り動かされ、少しずつ活性化を開始する。


「俺は後悔していないです。魔状の大半を失っても。 それどころか、最悪の事態になる前に終わらせることができたことを誇りにすら思ってます」


 ゼンジが、太陽を見てしまったように眩しそうな顔をした。

 笑みを含んだ声の方を、やっとマーリンも見ることができた。


「なら、頑張った弟子に対して、師匠がかける言葉はそんなんじゃないでしょう?」


 何かを堪えていたマーリンの顔がひどく崩れた。




「……よくやった。 ―お前は最高の弟子だ」



 失った足の機能を繋ぎきったと感じた直後、ヨウは何かとの通信が、ぷつりと音を立てて途絶えたことを悟る。


 周囲を見回す。もう魔獣もいない。遠くからゼンネル率いる十数名がこちらへ駆けてくるところが見えた。

 崩壊した村と荷馬車と、無残な形となった森の端。

 そして所々に置き去りにされた魔獣の(むくろ)に、土の上で眠る巨獣の頭蓋を見やる。


 上を向く。きっと観ているはずだ。



 示し合わせたように、ぽっかりと青い空が顔を覗かせた。

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