聖女の『剛力』たる所以
―まだやることがある。
首の落ちた魔獣を見下ろした後、ヨウはすぐに行動を開始する。
いつ終わるか分からない今の終魔状の状態で、おそらくまだやれることがある。
「ヨウ。貴様……!」
「小言は後で。―ゼンジさん! クレアを荷馬車のとこに連れて来てください! 早く!」
怒りと悲しみがない交ぜになった顔を向けたマーリンを放置し、こちらに近づいてきたゼンジに大声で指示をする。
言われたゼンジは訳の分からない表情をしたが、ヨウが問答無用でマーリンを担いで超速で馬車まで走り始めたのを目にして、急いでクレアのもとへ向かった。
「おい、何をするつもりだ」
「……先に謝っておきます。上手くいったとしてもマーリンさんは最後で」
「おい! 何の話だ!」
一足飛びで崩壊した馬車に取り付くとリュシーの姿を探す。少女はすぐに見つかった。その近くで座り込んだゾブラとロイはポカンとした顔でマーリンを背負ったヨウを見上げている。それを無視し、片腕の千切れかけたリュシーを痛ましい目で睨んだ。
氷漬けにしていた切断部にそっと手を触れると瞬く間に氷が溶けだす。
「どうする気だ」
マーリンの問いには答えず一度大きく深呼吸した後。
ほぼ離れかかった腕を繋ぎ合わせると、ヨウは『巡』を展開した。
「何を……?」
疑問の声も無視してヨウは集中する。
(さっき剣を強化した時と同じなはず。自分の触れたモノまで身体強化する要領で)
額に汗が滲む。もはや怪物級の魔素量が身体から溢れ出す様を目撃し、マーリンは唾を飲み込んだ。
「なっ!」「―!」
最初に声を上げたのは一番近くにいたゾブラとロイだった。
確かに分断されていた肘から下の右腕。ヨウに無理矢理くっつけられた箇所が今、傷を逆再生するようにじわりじわりと再構築され始める。
「け、血系神性魔状……?」
戦慄くような声音で呟いたのはゼンジ。
それはそうだろう。治癒の血系魔状はバキレア神国の中でも『使徒』と呼ばれる特権階級とその家系にしか使えないはず。いわば神国が神国たる所以の魔状なのだ。故に彼らは自らの魔状を『神性』と呼ぶ。
神の使徒たる自分達しか許されない魔状。それが治癒の血系魔状だった。
「この男、もしや『使徒』階級?」と盛大な勘違いをし始めたゼンジの横で、マーリンもまた点と点が繋がった感覚を体験する。
(『剛力』……)
白結教会を生み出した「黒髪」の教祖であり聖女。
古い噂だが、聖女を表すにはとかく不相応に思える『剛力』という二つ名は、その細腕で岩盤を穿ち大地を割るほどの膂力から付けられたという。その圧倒的な力はしかし次第に鳴りを潜め、対照的に知られ始めたのが聖女たる治癒の力だった。
全く対照的で相反する破壊と癒しの力。だがそれは、実は同じものだったのではないか。
まさに今、目の前で起きている現象がマーリンの突飛な所見を強固にしてた。
「他人に作用するほどの逸脱した『巡』。それが教祖の治癒の力か」
今神国の白結教会の主流は光掌派であり、『使徒』とは光掌派で組織されている。そして『使徒』の使う神性魔状はおそらく教祖の治癒の力とは別物であると、マーリンは場違いにもここで確信する。
(神父が皆化け物のような力を持つなど、そうそうあってたまるか)
であれば今頃世界は全て神国配下である。
その間にも治癒は進み、傷口は残っているがもう傍目からは完全に繋がれた状態に見えた。
今の無双状態がいつまで続くかヨウにも分からなかったが、少しずつ出力が弱まっているのは感覚で分かっていた。
(やっと繋がった)
ある意味リュシーの右腕と一体化していたヨウは、分断された腕が完全に繋がったことが手に取るようにわかった。
「リュシー。起きろリュシー」
しかし急激に血を失ったためか、血色の戻らないリュシーは目を覚まさない。後ろ髪を引かれるがぐっと我慢してヨウは次の重傷者に目を向けた。
「クレア、脚を見せてください」
「え。わ、私も?」
「そんな激しい怪我しといてなんで治さないと思ったんですか」
言いつつ近寄ると、クレアは若干震える声で懇願した。
「あ、あんまり痛くすんなよ? いや、治してくれるならありがたいんだけどさ」
「それは確約できません」
「なんでだよ!」
実際確約できなかった。開放骨折を治療するためにはどう考えても骨を元の一直線に戻してから治療する必要があるし、骨の位置をずらすなど明らかに痛みを伴う地獄の作業としか思えない。
骨が飛び出しているにも関わらず何故か元気な少女に一つ嘆息する。
「じゃあ始めます。時間がもったいないし」
「おい約束しろよ! 痛くすんなよ!?」
「はいはいわかりました」
「ほんとだな!?」
「ええもちろん。 ―なに!?」
不意に横を向いて驚いた顔をしたヨウに釣られてクレアも横を向く。
しかしそこには魔獣も何もいなかった。
「んだよ。なんもねえじ ―っ!」
不満そうに顔を戻そうとしたクレアのこめかみに、ヨウは一撃必殺級のデコピンをお見舞いした。
「安心しろ。お前が目を覚ました時はもう全てが終わった後だ……」
急いでいる割に闇医者のような戯言を吐きつつクレアの患部を見やる。思った以上にえぐいがやるしかない。
痛みのために曲げていた膝を、一息にピンと延ばした。
「っぎゃあああああ!」
「結局おきるんかい」
延ばすことによって、くの字に飛び出していた一部が突き破った皮膚の中に少し戻る。
暴れようとするクレアを前にして「だがここからが本領発揮だ」とでも言うように、延ばした状態の足の足首と太ももをがっちりと掴んで固定する。『鬼子』対『剛力』の夢の対決はヨウの完勝であった。
じりじりと押さえつけた手から『巡』を浸透させていく。
「っああああああ!」
怪我した時にさえ発しなかった激しい叫声がそこにいる全員の耳を貫き、マーリンでさえ思わず顔をしかめた。
どうやら修復している時は痛みを発しない、という訳では全くなく、むしろ傷口が蠢き分かたれた細胞を再構築する時点で痛みを発してしまうらしい。
「再構築には痛みは付き物だ」
「なぁにいってんのかわかんねぇよっ! もう、もういいからやめてぇ!」
「大丈夫です。二度目で感覚は掴みました」
そういって出力を上げると、傷ついた皮膚から蒲公英の綿毛のような光がちかちかと瞬いた。
「もしや、それは体内魔素なのか……?」
「かもしれないですね」
半ば呆然とした声にざっくりと返事をしている間にも骨の治療が終わり、続いて腱と神経と筋肉の再生が恐ろしい程のスピードで進行する。もはや荒く二酸化炭素を排出するだけの装置となったクレアを尻目に、紫色に染まっていた足全体が徐々に正常な血色を取り戻していく。
「……もう痛みがねえ……」
「まだ終わってはないんですけど、さっきまでの大怪我と比較すればあって無いようなもんですから」
言いつつヨウは治療を切り上げる。外側でまだ治っていない箇所があるが、鬼子の自然治癒力で二日も経たず修復されるだろうと判断した。それよりも、徐々に失いつつある終魔状の状態でまだやり残したことを優先したかった。
「ん? まだ終わってないんじゃ―」
「マーリンさん」
またもや話を遮られて不満そうな顔をしたクレアに頓着することなくヨウは師匠の名を呼ぶ。
これは完全なおせっかいであることは自覚していた。
「―来てください」




