取れる策と、優先するもの
21:00予約投稿です。埋もれるんだろうな。。
抉られた肩口が燃えるように熱い。「痛い」と「熱い」は似ているんだなと現実から逃避した脳が出し抜けに弾き出す。
「ふぅっ……、ぅぐうぅぁ!」
(ほんとに抉れて、溶けてんのか)
どうあがいても殺せない痛みを抱えたまま向きを変え、恐る恐る傷口の状態を確認した。思いのほか出血は少ないが何の慰めにもならない。皮脂の焼けた嫌な臭気が漂う。
(焼いて止血ってか。大きなお世話だな)
ただ、これで死ぬということは無さそうな気がする。
それに体内魔素を循環させ『巡』に近い状態を維持することで体が活性化し、常人以上に回復力が上がることを知っている。
倒れたまま戦況を伺うと、マーリンが距離を取りつつ村に被害が及ばない場所であの熱線を避けていた。
かつて沼だった場所の縁で寝転がっているヨウのほうが明らかにマーリンより魔獣に近いが、ベニメリヌはこちらに見向きもせず今はマーリンを狙っていた。
(なるほど……。あの手袋をまた拾ったのか)
あの手袋を餌に攻撃を引き付けていることはすぐに知れたが、傷口からの熱に浮かされた頭では、マーリンの描いた勝ち筋を理解することは出来なかった。
(マーリンさんは何を狙っている? どう考えてもジリ貧な気がする)
ヨウの頭にはベニメリヌの命が風前の灯火である、という認識が無かった。
マーリンは今の状態を通常の『狂乱』と同じ状態変化によって起きていると仮定し、ライフが尽きるまで粘り勝つルートを選択したが、経験値の無いヨウからすればマーリンから聞いた『狂乱』状態は既に発生済のことであり、熱線を吐き出し始めた今が二度目の状態変化によるものと捉えることはできなかった。
(あの熱線には回数制限があるとか? しかしマーリンさんも魔状を使って防いでいる。つまり攻勢に割く体内魔素を残そうとはしていない気がする)
そこまで考えて一つの結論に行き着いた。
(やはり、誰か攻撃役が戻ってくることを待っているのか。となると、俺だろうなぁ)
ゼンジを勘定に入れているとは思えないし、骨折したクレアを当てにするほど鬼畜ではないと思いたい。
後はゼンネルだろうか。しかし彼の姿は近くに見えないし、そもそも常人の域の物理攻撃で何とかなるならその前にクレアが息の根を止めている。
(鬼畜とは言わんけど、なかなかのスパルタだ……)
現代日本であれば十分に大怪我の部類に入る肩口の怪我だが、確かに開放骨折よりは軽傷(?)ではある。
ならば俺に期待することは間違っていないだろうし、そもそも余裕のある状況ではないのでマーリンとしても他に打つ手はないと考えたのだろう。
しかしマーリンの誤算は、自分の打たれ弱さだったということだ。
(熱い。痛い。その癖感覚が無い。 それに貧血が起きた時みたいに、足に力が入らない)
「くそがぁっ……」
もう時間はない。マーリンさんは足を自由に動かせない。ベニメリヌのあの熱線が弾切れを起こすようには今見えない。遠くない未来に被弾し、マーリンの身体を焼き穿つ姿を幻視した。
考える暇はそう無い。
深呼吸を一つ。肺に新鮮な酸素を送り込み、できる限り頭をクリアにする。
(惜しいけど……、死ぬより、死なれるよりは百倍マシ)
素直にそう思えた。
そう思えた自分が少し誇らしかった。
自分がこの世界でどう生き、何を為そうとしていたのかを今一度考えた時、取る選択肢はマーリンと同じく一つしかなかった。
感覚の無い右肩を無視して、左半身だけで体を起こして何とか胡坐をかける体勢になる。
そして、なんとなく合掌した。
無下に扱ったつもりはない。
しかしせっかくの才をこれほど早く手放してしまうことを、誰かに謝りたくなったのかもしれなかった。
息を止め、体内魔素の全てを揺り動かす。
持てる力が空っぽになるまで、周囲の魔子全てに働きかける。まるで自分の必死さと本気度合を知ってもらうために。
遠くでマーリンの土壁が無残に破壊された音が聞こえた
見ればベニメリヌの熱線が直線ではなく鞭のように振り放たれ、ついに広範囲に被害が及び始めている。
「うし、……行きますよ。 『袖縋隷属』」
瞬間。
限界まで管理下に置いた魔子たちが一度切りの嘆願に応え、数倍の範囲に及ぶ他の魔子と接触し、結果膨大な魔子とヨウは繋がった。体内魔素は外の魔子を取り込み始めて全回復し、さらに唸りを上げて激しく鳴動し始めた。
倒れたまま驚愕の顔をしたマーリンと眼が合う。
その理由はすぐにわかった。魔状を行使したわけではないが、おそらくマーリンは今激しい魔震に襲われたことだろう。
もう痛みは感じない。
乾燥した血の付いた右肩をそっと触る。多少抉れたままではあるが、既に新たな皮膚で傷口が覆われ古傷のようになっていることを、ヨウは当然のような顔で一瞥した。
「あ」
目を向けるや、鞭のような熱線が恐ろしい速度で迫る。
当たり前だ。突然現れた魔子を根こそぎ揺るがす存在を、ハイクラスの魔獣であるベニメリヌが捨ておく訳もない。手袋を持つマーリンから瞬時に標的を切り替えて、首を大きく横にスイングして火線「眷属火燕」をソニックブームのように吐き出した。
もはや避けることもできないタイミング。
しかしヨウは回避行動もとらず、しなる火線に沿って掌底を振り当てた。
「『撥弾き』」
構築を省いたようなノータイムの雷魔状と魔獣の閃撃がぶつかり合い、一際激しい破裂音と帯電音が弾けた後、ヨウに直撃する箇所の火線だけが跡形もなく消え去った。
見れば、赤黒い眼となったベニメリヌが、口を開けたままの間抜けな顔で固まっている。しかし、消せずに通り過ぎた火線の残滓は飛び続け、村の柵を越えて少なくない家屋に激突し激しい音を立てた。
ヨウは振り返り崩れた家々を申し訳なさそうに見た後、再びベニメリヌを見据える。
「今なら何でもできそう。……とりあえず」
足裏に力を込める。
察したベニメリヌの口内に再び炎が収束し始めた。
「―お前とはひとまずサヨナラしよう」
丹。と軽い音を立て、縮地の如き豪速の一歩で一瞬にして魔獣の眼前に着地すると、瞬時に水平逆薙ぎの構えを取った。
ベニメリヌはその速度に一瞬慄いたものの、収斂し切る前の光球を触れられるほど近くに現れた人間に向けて撃ち放つ。
必中の距離。
―それを男は、首を横に振るだけで回避した。魔獣の顔が口を開けたまま凍り付く。
「ふっ」
少しヒビの入った剣を握りしめ、じわじわと魔素で浸していく。驚きっぱなしのマーリンがさらに目を見開いた。
(こんな簡単にできるなんて。 でももう忘れちゃうんだろうな)
硬質化させた剣を滑らせるように薙ぐ。
狙いたがわず剣身はベニメリヌの太い首に吸い込まれ、そのまま反対側まで他愛ない程滑らかに通り抜けた。
「靴と手袋は返すよ。……悪かったな」
長い長い、闘いが終わった。




