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後悔はいつも先に立ってはくれない

今日から四日連続で投稿します。明日以降は21時に予約しました。

 気づいたのは偶然ではない。

 この星を見下ろして楽しむ管理者たちさえ数値化できない感覚を持つ人間だからこそ直感(・・)したのである。


「――!」


 突然ヨウがマーリンを突き飛ばす。

 訳も分からないままブレたマーリンの視界に、目の前を尾を引いて走り抜けたオレンジ色の線の残像が焼き付く。同時に、声にならない苦痛の喘ぎが崩れ落ちるヨウから漏れるのを、後ろ向きに倒れたマーリンはスローモーションの中で聞き取っていた。


 どうと倒れた後、上半身の体裁きだけで即座に中腰状態となったマーリンはヨウを掠め見、すぐに先程の熱線(・・)を放った元凶を睨んだ。



 土に埋もれたベニメリヌが、およそ理性の感じられない黒に侵食された紅眼で見つめていた。



(……『狂乱』状態、には見えんが。まあ、それよりも危険な状態なのは間違いないな)


 驚くほど静かに埋もれた土から身を起こした魔獣に対し、対獣経験の豊富なマーリンでさえ躊躇する。



 ぱかり、と。


 おもむろに生々しい口蓋こうがいを見せた瞬間、マーリンは全力で倒れ込んだ。



 頭上を何かが通り過ぎた。と思ったその直後、森の端の木々が轟音を立ててなぎ倒された。


「……」


 眼前の魔獣からうかつに目を離すことなどできない。しかし被害のある森側の状況は想像はできる。黒々と厚く茂った森にくり()いたような穴が開き、周辺から火が上がるのだろう。


「『眷属火燕(シィフ・ルテンモエム)』……」


 さっきの火線に限りなく近い、火の上級魔状「火精の眷属・二式」の名前をつぶやいた。

 だとするならば、ヨウの容体が気になる。


「いや、これは不味い状況だ」


 口に出して軽く言っても変わらない。

 今の状況は、相当絶望的な状況となってしまったのだ。


(魔素という有限性がない馬鹿げた力を持つ鬼子か、一撃必殺の高火力魔状を比較的短時間で放てるヨウという手札が落ちた今、ベニメリヌを殺すにも、村を守るにも手薄に過ぎる)


 マーリンの背中から、久方ぶりに油汗が滲む。


(土から身を起こした割に半分埋もれたまま出てこようとしないだけ幸運だ。おそらく『泥呑ノ槍衾』により首から下が使い物にならんと見てよいか)



 マーリンの知っている『狂乱』とは違うが、もしこれが『狂乱』状態と同じ条件によって引き起こされた状態ならば、おそらくベニメリヌは瀕死なはずだ。


(ならば取れる策は一つ)


 ―殺せないならば、死ぬまで付き合うのみ。



 森への被害はこの際仕方ない。森はある程度死ぬことでこの先ある程度不都合なことが起こるかもしれない。しかしそれは村の存続より優先すべきものではないと割り切るほかなかった。



 魔獣の灯が消えるまで、マーリンは村に被害が及ばぬよう耐えることを覚悟し、肉弾戦の無い戦闘を開始した。



――


 この時、マーリンは自分に嘘を吐いた。

「取れる策は一つ」。しかし心の奥底ではもう一つの案に気付いていた。

 気付いていながら、選択しなかった。


 マーリンは魔状師だった。


 生まれた時からその環境とその才能により成るべくして成った生粋の魔状師。

 よってマーリンにとって魔状は、どれだけ一線を退き距離を置こうとも切り離すことは出来ない、彼が彼であるための一部だった。


 その思いはヨウと出会うことによって思いを強くする。未知の知識によって容易く壁を超え魔状のさらなる可能性を(つまび)らかにされてから、風化していると思っていた魔状への情熱が再び湧き上がっていたのだ。


 そんなマーリンにとって、いや大抵の魔状師や魔状者にとって、もはや自己の証明(アイデンティティ)である魔状の力の大半を捨て去る決断など容易にはできなかった。



 ―終魔状は、死ぬと同義である最後の手段。


 まだ手はあるならば、終魔状を使わない選択肢を取ることを誰も責めはしない。




 五分後のマーリン以外は。

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