罪とリグレット(男の独白)
雨は止んでいたはずだ。
だが男の耳には豪雨のような雨音が鳴り響いている。
魔獣に抱え込まれた全身が痛い。起き上がれない。 ―もう『巡』も使えない。
(結局、俺の剣は効かなかった)
それどころか、一顧だにされなかった。男の全霊を賭けた一撃が。命と引き換えに放った一閃が。
敢えて躱さなかった魔獣の、狂気と嘲弄に満ちた顔が浮かぶ。
お前の命を賭した攻撃など、身構える価値さえないのだと思い知らせたかったのか。ならばその試みはこの上なく上手くいった。
(……何故、俺は「この程度」なんだ)
自由の利かない身体から、今の今まで認めることの無かった思いが死臭なびく風に攫われてするりと漏れ出した。
特別と普通に大別すれば普通に分類される頭脳。
全体で見れば良くて上の下程度の身体能力。
……短時間の『巡』しか使えない、半端な素質。
客観的な評価を並べるほどに自分の矮小さが浮き彫りになる。
(それでも信じていたかった)
極めて微量な魔状の素質に縋り、「特別な人間」であると思い込みたかった。
なぜか。 ―現実はそうではないからだ。
ゼンジの肌が微かに「魔震」を検知する。
もう休めと警告する脳を無視し、身体を横たえたまま無理矢理に向きを変えた。
ただそれだけで意識が遠のきそうになる。
狭まる視界の中で、マーリンが、そしてその弟子が『巡』と『及』を駆使して魔獣を足止めする様が見えた。
―きっといつか。
―きっといつか俺も。
そう願いつつ、俺にはただの一つも実現できなかったもの。
はっきりとわかる、『選ばれた』者たち。その他大勢を守ることを許された「特別な人間」。
もう余計な感情を発露する力も残っていない男は、初めて素直な気持ちが吐露できた。
(……心底お前らが羨ましかった)
あまりにも違う生まれながらの手札。なまじ正真正銘の馬鹿でなかった分、成長するにつれて見えてきた現実を直視できなかった。
縋った糸は自身の強い願望に近づくにはあまりにか細く、太くするより太く見せることに時間を費やしてしまった。他人に分け与えるほどの余裕も無く、微量の力を自分を誇示するためにしか使えなかった。
(もう誰もいない)
親は既に俺に期待しない。魔状の素質を拠り所にし始めた頃から、父親の眼にはありありと失望が浮かんでいた。
唯一残っていた弟は今日死んだ。
「……誰か、俺を認めてほしかった」
思わず漏れた言葉に笑いが漏れた。
認められる程のことをしなかった人間が何を感傷的に。 親父ならば、そう言っただろう。
朦朧とする意識の中で、煮詰めたような後悔が脳内を浸す。
今日露になった自分達の、いや自分の犯した過ちによって、魔獣が村を襲い、村人は家を捨てる覚悟を強いられ、鬼子のクレアが立てぬほど傷つき、弟は足を切り飛ばされて死んだのだ。
度重なる失態を下らない見栄によって蓋したツケが、回り回って己ではなくヘケット村に降り注いだ。
守る立場に憧れていた、自分によってだ。
―いっそ、自分が死ぬことで事態が収拾できるならばどれほど良いだろうか。
魔獣に五体を投げ出してこの地獄から抜け出したい衝動に駆られるが、やはり体は動かない。
不甲斐なさに身を焦がす中、今まで懸命に保っていた意識が束の間途切れた。
暗転する直前に見えた景色は、何故か滲んで一筋だけ零れ落ちた。




