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次はマーリンのターン

「糞めが……!」


 弾けるように横転し瓦解した荷馬車に一も二もなく取り付いた後、乗っていた三人を探す。


 ゾブラは自力で抜け出し、御者台のロイは気を失っていたものの目立った外傷はないことに安堵した。

 しかし三人目のリュシーは。


「そんな……、嘘だろう?」

「揺らすな! 出血部も触るな。清潔そうな布を引っ張り出してきてくれ!」


 ゾブラが慌てて抜け出してきた半壊の荷馬車に戻り、荷台のあった場所を掘り返す。

 リュシーは目を覚まさない。そして彼女の細い右腕は、腱がうっすらと繋がったのみだった。


 もう再び繋がるとは思えない。それでも一縷の望みに縋ったのか、マーリンは腕の切断部をぴたりと合わせた後、止血を兼ねて布で包み縛り合わせた。早く応急処置をしなければ命さえ危うい。しかし、今村人は避難中であり村の中はもぬけの殻、さらに巨大な魔獣がこちらを目掛けて突進してくる、全てが絶望的な状況であった。


「……『氷弾連』」


 マーリンは中空に氷を作る要領で、リュシーの腕の切断面付近に生成点を指定して氷弾を成形し止血冷凍。さらにほぼ分断された腕から先の部分を氷漬けにした。


「ここにいろ。すまんが二人を頼む」

「おい!」


 落ちた革袋から手袋を取り出す。これも氷に閉じ込めて発射しても良かったが、万が一氷漬けで気付かれなかった時はチャンスを一つ無駄にすることになる。

 魔獣を追いかける弟子に一度目線を投げた後、魔子の力を借りて明後日の方向に手袋を放り投げた。力感のなさとは裏腹に手袋は大きく弧を描く。



「二人だけだが、ここで殺しきる」


 二十メートルほど先、急制動をかけて停止し手袋の行く末を見つめる格好となったベニメリヌに向け、ひそかに構築を始めていた魔状を行使する。


「『泥沼(オシラニム)』」


 土と水の混合魔状。あらぬ方角へ飛んで行った手袋を追いかけるために方向転換したベニメリヌの足元が、突如として沈む。元々重量級の巨体は円状に形成された泥の沼になすすべなく足を取られてバランスを崩した。

 深いが底なしという訳でもない単純な沼を生成しただけであるため、ダメージを与えるものではない。この魔状は本来(パーティー)の連携攻撃のための下準備、支援系の魔状に過ぎない。


「ヨウ!」


 呼びかけるが、その必要は無かった。


 魔獣を中心に生まれた半径三メートル程度の円型の沼。その(ふち)ギリギリで水平に跳躍したヨウが紫電の如くベニメリヌを薙ぎ、そのまま反対側の岸辺に着地。すれ違い血しぶきを上げた数拍後に、怒りの叫声が山々に反響した。


 ちらりとマーリンを目視し何かしら構築し始めたことを肌でも感じ取ると、空間斬撃の際に村と馬車側に被害が及ばぬよう移動しながら器用に土魔状で沼の中にいくつか足場を作り、ヨウは時間を稼ぐために攻撃を開始した。


(焦るな。……焦るな!)


 緊迫したその表情は優れない。ヨウは、いや「波戸(はと)陽路(ようじ)」はこれまで、目の前で重症を負う場面に出くわした事が無かった。

 大量の出血。剥き出しになった骨。魔獣ではない、同じ人間の傷ついた姿が頭から離れない。治療のできないこの状況が彼の気持ちを(はや)らせる。決着を急かして身体を押し上げようとする本能を理性で食い止める。

 焦れば死ぬ。二度目の死はもちろんだが、今は誰も救えずまた後悔を抱えたまま終わることが怖かった。


 マーリンがいる方向を伺う。 ―あの横倒しになった荷馬車。

 おそらく乗っていた三人は無傷ではないだろう。それがヨウの焦燥をさらに煽る。精神年齢は三十を越えた大人であったが、負傷者のでる荒事という意味で、ヨウの経験値は不足していた。ただ世にある「焦っても良いことはない」というテンプレートな助言だけを頼りに、今すべきと思われることを愚直に繰り返す。


 師匠の狙いは完全には分からない。しかしここに来ていやに回る頭が、マーリンの一連の行動がただの足止めではないことは知れていた。高度な技量故にまだ気配は感じられないが、間違いなくマーリンは次の魔状を練っている。沼を形成したという事は、突進を止めてその場に少しでも留まらせたいのだ。

 ならばヨウに託された役目(ミッション)は決死の覚悟で特攻することではなく、この魔獣の足止めであるはずだ。


 足場を跳ね回りながら、繰り出される風爪を超至近距離で幾度となく躱す。近すぎれば五指の刃の間には人が通り抜けるほどの幅は無い。そのため上空に回避する他ないがそうすれば恰好の的になる。ベニメリヌもそれを承知した上で、ヨウが軽やかに飛んで五刃を避けたことを見届けると、間髪入れず一度薙いだ掌を裏拳のように払い戻して風の刃を目障りな(やから)にお見舞いした。


「……!」


 直撃する。

 倒れ伏し眺めることしかできないクレアが遠くで声にならない声を上げる。


 ―しかし次の瞬間目を見開いたのは、必中の攻撃を放ったベニメリヌであった。



 当たると思った直前、身動きできない空中でヨウの身体があらぬ方向に跳ねて回避した。そのまま沼の外側にゴロゴロと転がったヨウを、束の間不思議なモノでも見るかのように魔獣が凝視する。


「痛っつ……。そう何回も上手くいかんな」


 空中を狙い撃たれることを予期していたヨウは、避ける際に『巡』を解除しほとんど素の身体能力で回避した後、無詠唱で『息吹』を自分に向けて行使して無理矢理離脱したのだ。半減した力でも短い距離まで吹き飛ばすくらいは可能であり、現に今ヨウは無傷で地面に転がっていた。


 暴れるほどずぶずぶと沈み込む魔獣を観察し、再びマーリンを見やる。


「……無理せず現状維持が良さそうだ」


 ここに来て『魔震』が激しく肌を粟立たせる。

 どうやら師匠が何かやりそうであることを察知したヨウは、放たれた風の爪を遠巻きに回避することに専念し始めた。


――


 集中して魔状を構築するマーリンは、ベニメリヌが未だ沼の中にいることに安堵し弟子に心の中で感謝した。

 魔獣の右足が不自由であることを加味しても、ヨウがその場に留めてくれたことは明白であり、十四の少年に最早頼もしささえ覚えた。


(最後は譲るが、少しは師匠らしいところも見せねばな)


 この戦乱の最中、微かに含み笑いしたところで遂に魔状の構築が完了した。

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