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震える手

 先ほどは逃げたベニメリヌの後方に荷馬車が存在したため、貫通してしまった場合を考慮して止むを得ず下向きに射出しても当たりそうな脚に狙いを付けた。よって、ダメージは与えたが中途半端に終わり、ヨウとしては「後悔」が残る結果になった。


 今ヨウはマーリンとは再び二手に分かれ、クレアと連携して手負いの敵を攻め立てようと試みる。

 理性は無いくせに本能が察知したのか、近づいた瞬間魔獣の首がぎゅりんとこちらを向いた。


(こわ)っ)


 片腕のため空間斬撃の数は単純に半減していてもおかしくないのに、今は一振り一振り漏れなく風の爪は飛ばされている。方向が村を向いていればいくらマーリンでも防ぎきれなかったろう。闘争本能により目の前の敵であるクレアとヨウに釣られているため、甚大な被害を被っているのはせいぜい森の一端であるのが救いだった。


 剣を鞘から抜き放ち、『巡』を用いて水切り石の如く疾駆する。別方向からクレアが地を蹴り魔獣に正面から打ちかかる。それを片手で防いだのを視認した瞬間、今度は反対側からがら空きの胴目掛けてヨウが水平に一閃を与える。


「! マジか」


 瞬時に距離を取りながら、想像以上の硬さに思わず声を上げる。


「おい! ぬるい攻撃だと意味ねえぞ!」


 クレアの一喝に首を竦めて謝った後、遅れて放たれた空間斬撃を正面から一拍見つめた後、あろうことか勢いをつけて飛び込んだ。


「なんっ……!」


 クレアが驚いている間に、水平に飛んでくる五本の筋を目掛けてベリーロールの如く身体を水平にしながら薬指の死線を飛び越え中指の爪撃を()(くぐ)った。


 息を止めて見つめていたクレアは、ゴロゴロと転がって受け身を取ったあと口に入った草をペッと吐き出して勢いのまま突っかけるヨウを呆然と眺め、その直後長々とした溜息を吐いた。


「……もう心配すんのやめた」


 魔状も確かにすごいと思うが、近接戦闘が主であるクレアからすればあの反射神経にこそ規格外の才を感じる。

 世の理不尽さを一つ息を付くことで一先ず棚に置き、ヨウに加勢するため荒れ狂う自らも巨獣へ向かっていった。



**********************


「おい。……おい、ゼンジ」


 声を掛けたが膝をついたまま反応の無いゼンジに対し、無視された恰好のマーリンは眉一つ動かさず今度は動かしづらいはずの足で背中を派手に蹴とばした。


 足がもがれ眼を見開き、涙と涎でぐしゃぐしゃになった顔で息絶えたジン。


 その上に覆いかぶさる様に倒れ込んだゼンジは、そこでようやくマーリンに気付いたようだった。


(生気のない目だ)


 しかし同情はそれほど湧かない。どころか、呆れと苛立ちが胸の内に込み上がった。そもそもの事態を巻き起こした張本人が、自業自得の目にあって何を一丁前に傷心しているのか。

 しかしそれをわざわざ忠言する暇はない。今はゼンジの言質だけが欲しかった。


「俺の声が聞こえているか。ならば教えろ。ベニメリヌの皮で作った靴、あれはお前の分もあるのか?」

「……ベニメリヌ?」



 聞き返された言葉に思わず鼻息が漏れる。

 こいつは、こいつらは。自分らが狩り、取り逃がし、ついには弟を殺した魔獣さえ知らなかった。

 開拓者協会やいっぱしの防具店など正規のルートで加工を依頼すれば、熊の魔獣の名称などすぐにでも分かっただろう。しかし兄弟はそうしなかった。それは後ろめたさからか、それとも正規ルートより高く魔臓を売買し、安く皮革加工できる道を選んだか。どちらにしても、これまで幾度となく有ったベニメリヌという存在を検知する機会(チャンス)。それをこの二人は尽く潰してきた。それが事実だった。


「今クレアとヨウが戦っている魔獣だ。紅露熊(こうろゆう)ベニメリヌ。クラス5だ」

「クラス5、だと?」


 魔獣のクラスを聞いてようやく、驚きによって眼に光が戻った。マーリンは再度聞く。


「俺の質問に答えろ。ジンと同じようにお前用にもベニメリヌの靴はあるのか?」

「……いや、小さくて二足分には足りなかったから、俺分のは無い」


 正直、ベニメリヌから荷馬車を意識するしぐさを感じていたため、当てが外れたマーリンは顎を触りながら思案を始める。と、


「だが、残りの皮で片手分の手袋は作った」

「! それだ。それはロイの荷馬車にあるのか」

「ああ。……手に馴染むのに時間がかかっていたから、最近は外していたが、俺の荷袋の中にある」

「使い続けなければ馴染むものも馴染まん。……全てがお前のために有ると、いつまで勘違いしているつもりだ」


 マーリンの冷徹で至極もっともな一言に、ゼンジは反駁するでもなく下を向く。

 その様子を何の感慨も持たない顔で一瞥した後、「その手袋をもらっていくぞ」と言い置いてマーリンは荷馬車の方向へ歩いていった。


 地面に跪いた男の、震える手に気づきもせず。


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