元凶
「はっ」
戦況を眺めていたジンの口から嘲りの声が漏れる。
クレアの攻撃が幾度となく魔獣の身体に跳ね返されているのを目にしたためだ。
「情けねえなぁおい! あれだけデカい態度とっておいてよぉあの鬼女!」
愉悦を隠し切れない。いや、隠そうともしない顔で愉快気に嘲笑した。
戦いさえしない自分達のことは棚に上げ、なおも戦う者へ愚弄する言葉を連ねる。
「こりゃ村が消えるのも時間の問題だな兄貴ぃ! まぁこんな村一つ消えたとこで気付くやつもいねえから逆に誰も困んねえかもな! はっは。どうする? ゴタゴタにまぎれて女襲っとく? 俺前にもヤッたことあるから任しときなよ」
弟の物言いに兄のゼンジは若干眉をひそめた。
「村はこのまま消えるかもしれんがな。……女襲うだと? いつそんなことをした?」
それほど乗ってこなかった兄の言葉にジンは少し苦い顔でぼそぼそとつぶやいた
「あー……、そりゃあれだよ。兄貴と別の依頼受けてた時にさ。小鬼駆除で襲われてた村の女をちょちょいと。……でも俺はその一回きりだぜ。一緒にいった奴らは何回も繰り返してんだとよ」
「……その連は最近自警団に摘発されて、首落とされた奴らだろうが」
ジンが黙りこむのを見て、ゼンジは大きなため息を吐いた。
「別にお前が何をしようと特に咎めはせん。だが俺らは将来金等級を超えるつもりだろうが。そんな後ろ指さされる小悪党のような真似は極力するなよ」
「ちっ。わかったよ悪かったよ」
不貞腐れたような声音は大した悪事など働いていないかのようであり、事実次の瞬間には再びベリメリヌとの抗戦に目を向けていた。
「しかしダセえなあ、あいつら。そう思わねえ? あの魔獣こっからだといやにデカく見えるけど、あのちっけえ熊の魔獣だろ? あれから一年くらいしか経ってねえってことはまだガキだろうに、それにあんなに手こずりやがってよ」
「それはそうだな。……ふん。マーリンもその弟子もその程度。鬼子であるクレアも辺鄙な村の中にいるから強く見えた。それだけの事かもしれんな」
「違いねえな!」
ゼンジが冷笑すればジンもゲラゲラと笑いながら追従する。闘技でヨウにしてやられた事など忘れたかのようだった。ちなみにこの二人、当初は遠吠えから距離を取るために必死でちょうどヨウの『雷童子』も倒れたベリメリヌも見ておらず、激しい雷音も「あの魔獣が何かしたのだろう」という程度にしか捉えていなかった。
―しかし早々に崩れると予想した戦線で先頭の三人は予想外の粘りを見せ、周囲ではゼンネルが村の若手を率いて点在する低クラスの魔獣を狩っていった。そしてついにベリメリヌの左腕が切断される様を見て、ゼンジは俄かに落ち着きを無くした。
ジンとしても面白くない展開になったなと思ってはいたが、兄が焦った様な態度を取る理由は検討が付かなかった。
「どうした兄貴?」
問われたゼンジはジンの暢気な態度に少し呆れる。
「わからないのか? このままだとあの熊の魔獣にあいつらが勝つかもしれん。そうなった場合、俺らはどうなる? 熊の魔獣を逃した責任を問われ、ついでに『お前らは村が魔獣に襲われた時分に何をしていた』と言われるだろうが。 弱い魔獣を狩っていたと言ってもゼンネル達が広範囲で狩っている状況から、俺らが戦っていないことはすぐにバレる。……わかったか? あの魔獣を討伐された時に俺らがまずい状況に立たされるぞ」
話すうちにジンの顔にも焦りが浮かんできた。
ゼンジの言う通り、このまま行けば二人はまず間違いなく戦いから逃げた臆病者のレッテルを貼られるだろう。さらに言えば「自分らが件の魔獣を逃したせいであるにも関わらず」という枕詞さえ付くかもしれない。辺境の悪評がフーフォンテにまで届くとまでは思えないが近隣の村同士に噂が広まるのは早い。ハイシェット村にまで届いてしまえば、対面を重んじる親父から何らかの制裁や罰則が与えられるのは想像に難くなかった。何より、自分達兄弟が「ただの村人達」に軽んじられる状況を、受け入れられるはずは無かった。
「どうする? どうすればいい?」
「……近づくぞ。森と村の柵の間の低草地帯に魔獣が集中している。行きがけに魔獣と出会えば狩る。特に今熊の魔獣は虫の息のはずだ。あいつらがまごついていれば俺たちが仕留める」
「なるほどな! そうなりゃいい事尽くめだ」
ゼンジの案を全面的に肯定したジンと共に、兄弟は常人と比較すれば充分に早い足さばきで軽快に主戦場まで駆け下りる。
先ほどまで居た場所はちょうどハイシェット村とヘケット村(途中にナハセ村を挟むが)を繋ぐ道のある側であり、走る中でゼンジがふと目を向けると、門から荷馬車がハイシェット村方面へ出発しようとしているところだった。
「あれは、ロイの馬車か?」
「あ? おお、本当だな。村長達も乗ってるか? くそが。自分達だけは逃げようってかよ」
まさしく、その馬車はロイのものであり、ゼンジとジンの護衛対象でもあり、
そしてゾブラとリュシーを乗せてハイシェット村へ避難する、唯一の交通手段だった。
「そうか、その手もあったか」
「なんだよ?」
意味深なゼンジの言葉をジンが聞き返す。
「そのまんまだ。村の警備役と同時に、ロイとロイの荷馬車も俺らの護衛対象だろうが。そちらの護衛を優先したとして、今からあの馬車に乗るのも有りってことだ」
「……ははっ! 兄貴あったまいいよなぁ! 面倒だしそうするかぁ?」
今より楽にこの場を切り抜けられる算段を思い付き、二人の足が自然と止まったとき。
ごうと強めの風が兄弟を通り抜け、その風は魔獣の元へ届いた。
「じゃあ行き先へんこ――」
―ベリメリヌの憎悪を込めた咆哮が鼓膜を震わせたのは、ジンの軽薄な言葉が言い終わる前であった。




