一進一退
剛剣が風を鳴かせながら魔獣の肩口目掛けて振り切られた。
(畜生! 硬え!)
肉を斬りつけたとは思えない鈍い音と感触が腕に伝播する。しかしクレアの思い切りの良さがここでは功を奏した。
短いが確かな叫声が木霊する。
振り切ることにのみ力を注いだ剣閃は、今度こそ間違いなくダメージを与えたのだ。
怯んだ隙を見逃すわけにはいかない。
「クレアさん下がって!」
声の方を振り仰ぐと、散り乱れた霧雨を結晶化したような美しい氷弾達がヨウの周囲で無数に渦巻いていた。
「『氷弾連』」
待機していた氷弾が雨を吹き散らして一斉に魔獣に襲い掛かる。
一発一発は掠り傷さえ負わせることはできなかったが、やはり目障りではあるのかベニメリヌは鬱陶しそうに腕を掲げて軽い防御態勢を取る。
「気ぃ取られてんじゃねえぞ!」
注意が逸れたことに感付いたクレアが氷弾連が止んだ直後に再びベニメリヌの懐に侵入する。
一拍遅れての爪撃をさらにかいくぐり、幹のように太い足に右薙ぎをお見舞いした。
(こいつ、慣れてねえ!)
咆哮より1オクターブ高い悲鳴(っぽい声)から距離を取りながらクレアは確信する。
奇しくもジンが幼生期のベニメリヌに初邂逅した際と同じ所感だった。
賢くないという訳ではない。事実、何合目からかは忘れたが、攻撃パターンや斬撃の種類は一度受けたものであれば二度目は対応してくる。完ぺきではないが、対応動作は明らかに早くなっている。
そのこと自体は脅威ではあるが、それよりも今は初見の攻撃や二方向からの攻撃に対する対応の拙さ荒さが目立つ。マーリンの話の中にもあったが、あの馬鹿兄弟が幼熊の魔獣を取り逃がしたのが「一年前」。この魔獣はこの体躯にも関わらず、わずか一年程しか成熟していないという事。クラス5という能力に値する潜在値こそ感じるが、対人間としての実力はその域に達していないのかもしれない。これは圧倒的人手不足の今次戦いにおいて、数少ない好材料であった。
と、ここでベニメリヌの速度がさらに上がる。そろそろ細かい切り傷が増えることに嫌気がさしたのかもしれない。そしてその上―
「! 両手で来る!」
「『氷弾連』」
両手を横に広げた威嚇のような格好から、ひしと抱きしめるように腕が振るわれる。
爪による斬撃が二重になって襲い掛かってくれば避けることが難しい。再度ヨウの氷弾連が魔獣の左側面を強襲することで左手の斬撃は食い止めた。
「『鉄幕』」
右手の空間斬撃を止めることはできなかったが、そこはマーリンさんの高速行使魔状で免れた。しかし生み出した土壁は先ほどよりも明らかに破壊されている。ここから導かれる結論は決まっていた。
「わかっていると思うが、相手は感電状態からほぼ抜けかかっている。ここからは更に気を付けろ」
「……言われんでも」
もちろん解っている。ちりちりと肌がヒリつく。相手からの重圧が否応もなく高まっていることは本能で察知していた。
「クレアさん、受け主体で行きましょう。援護します。飛んでくる爪の斬撃は基本的に避けてください。村に当たりそうなら俺とマーリンさんが何とかします」
「了解。……危なかったら助けてくれ、よ!」
言うや否や、先手を取ってクレアが魔獣に詰め寄る。
無鉄砲から来る行動ではない。
ベニメリヌは、村に気付いている。私たちが守ろうとしていることも。
であればクレアのすべきことは、近寄って攻撃対象を固定化することだ。クレアが矢面に立ち狙われている限り、村の安全はある程度守られる。
「死んでも守ってやるよ」
再び唸りを上げて生み出された両手分の空間斬撃に対し、クレアは勢いのまま上に跳躍し回避行動を取る。
「『鉄槌』!」
そこにヨウの放った土槌が地面すれすれで疾走してベリメリヌの左手を貫かんばかりに襲う。構わず振り切ろうとした魔獣の掌目掛けてホーミングしたように追尾し、激しい音を立てて腕ごと弾き飛ばした。
またもやキャンセル成功。遠くで見ていたマーリンが右手の斬撃をカバーするための「鉄幕」を構築しながら、鼻から息を抜いて呆れたように笑った。
上空へ回避したクレアは斬撃の後先をもう確認しない。
ヨウとマーリン。あいつらは本来ここらに居るような人間ではない。頭の悪い私よりずっと上手くやれる。
ならば私は私のやれることをやる。
(しっかし、くそ疾ぇ!)
ベニメリヌの反応速度が最初の頃とは段違いに早い。自然落下しながらの唐竹割に一瞬で左腕を合わせてきた。分厚い毛皮に覆われた腕にダメージが吸収され肉体まで大して到達していないことは己が一番わかっている。クラス3相当ではと言われていた大型のアドミラドリアをも分断した攻撃でさえ、ベリメリヌにはほとんど通じない。
大剣を防御し鍔迫り合い状態であった左腕が思い切り振り払われ、大剣を押し込もうとしていたクレアは宙へ投げ出される。
地面へ降り立つ前に再度ベニメリヌが右手で空間斬撃を振るう。自由に動けないクレアに逃げ場はない。動きだけでなく思考さえも冴えてきたのか、敵の攻撃パターンは確実に増えつつあった。
(一発くらい耐えてやらぁ!)
息を止め防御体勢に入れば、硬質化した鬼子の肉体は一般的な人間のそれよりも遥かに傷つきにくくなる。
物騒な風の音を立てて飛来する斬撃に耐える覚悟を決めたその直後、クレアの身体が今度は真横に吹き飛んだ。
「受け身はよろしく!」
急激に遠ざかりながらも聞こえてきた言葉から、再びヨウに助けられたことを知る。耐える気満々であったため多大な感謝と少しの不満を抱えつつも、前いた場所を通り過ぎた凶悪な爪の風を視界に収めた途端に反抗心は自然と静まった。
言われた通り綺麗に一回転しながら地面に着地したクレアは、今度は攻撃対象をヨウに移したベリメリヌに向かって寸分も物怖じせずに疾駆した。反応したベリメリヌが一瞬クレアに視線を向ける。
その瞬間、今度はヨウが仕掛けた。




