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ベニメリヌ1

 密集した木立ちにより奥が見通せない森の(はし)から村を囲む柵までは、野焼きした後のように丈の短い雑草しか生えていない草原のような地帯がある。この見晴らしの良い場所でこれまで魔獣との一戦を交えてきた。


 柵に近い場所で三人は食い入るように森の端を見つめる。

 やがてその一角から、木のカーテンを無理矢理切り開くようにして、巨大な(てのひら)が現れた。


 次いで足と頭、そしてついに全様が露になる。


「でけえ……」


 クレアが思わず独り言ちた。しかし気持ちは皆一緒であった。

 アドミラドリアより優に二回りは大きそうな巨体。黒々とした艶のある体毛。座布団のように大きく分厚い掌。使い込まれたナイフのような爪。二足歩行するのに何の支障も無さそうな太い足。


 煮詰めたような深紅の眼。


「間違いない。ベニメリヌだろうな」


 マーリンがつぶやいた瞬間。

 ベニメリヌが村に向けて再度吠えた。


「―!」


 至近距離から聞けば遠雷というより地響きに近い遠吠え(ハウリング)()てられて足が竦む。

 とそこで、ベニメリヌは首を振り鼻を引くつかせながら周囲を見渡した。

 直線上にヨウたちがいるにも関わらず唸り声を上げて見回す(さま)は敵を探しているようにしか見えない。


「意外にチャンスだ。かませヨウ」

「わかってます」

「クレアは待機だ」

「いいけどよ……」


 なにすんの? という言葉が聞こえない内に、既にヨウは魔状行使に取り掛かっていた。

 天候に恵まれているとは言い難いが、分厚い雨雲の覆う日にこそ真価を発揮する雷魔状もある。


「多く見積もって二分だ。クレア、近づいてきたら一合目はまず防御に注力。その前に俺が攻撃するが、おそらくそれでは止まらんだろう。もしベニメリヌが違う方向に向かった場合は距離を取って付いていく。もし村のある方向に動いたならば、クレアは近づいて視界に入れ。無理はするな。初撃は変わらず俺が打って、こちらに注意を向ける。忘れるな。詳しくは知らんがベニメリヌクラスになれば魔状(・・)を使ってくるぞ」


 クレアは頷く。敵はまだ動かない。

 何かの匂いを辿ってきたが、驟雨(しゅうう)に流されたか。遠目にも少し苛立ったように鼻を動かす熊が視える。


 マーリンは絶えず様子を伺いながらも黙考する。


(やはりベニメリヌは誰かを探している。とすると明らかに怪しいのはあの兄弟か)


 二体の内一体を殺し目の前にいる一体に重症を負わせた張本人であり、初邂逅以降、兄弟がヘケット村に来たのが今回初めてであることを考えてももう兄弟以外に目の前の災害級魔獣が現れた原因は考え難い。


 マーリンもまた魔獣と同様に180度を見渡した。


(あいつらの姿が見えん)


 露骨に顔をしかめたがしかし、「それで良いのかもしれぬ」と思い直した。

 今ここらに居ない、且つ、雨のおかげでベニメリヌも標的を見つけ出せないのであれば、停滞する時間を稼ぐことができる。


(―このままどこかで丸まっていろ)


 噛み殺されないのは残念至極であるが、結果的に村が助かるのであればそれも止む無し。

 分厚い過信と虚言で己を覆うほど内に隠した矮小な存在が浮き彫りになる。それは剥き出しであるよりも(はなは)だみっともなく何より信用に値しない。多かれ少なかれ誰にでも虚勢はあるが、あの兄弟は度が過ぎている。生身の自分を曝け出して戦えぬ開拓者など、どうせ役に立ちはしまい。


 眼前ではこの場所に居たとて埒が明かないと悟ったか、魔獣がのそりと動き出す。

 ついと前方に目を向ける。―敵対種であるが取るに足らぬ、木っ端をみる目であった。


 すでに一分ほど経過した。

 最終工程に近づけば、相手はクラス5であり鋭敏な獣型魔獣だ、おそらく魔状に気付く。

 警戒して逃げるとは思えない。クラス5は食物連鎖のほぼ頂点だ。十中八九、獣らしく向かってくるだろう。その際クレアとマーリン自身で少しでも突進を抑えられれば。


(あるいは―)


 あるいは、ピラミッドの頂点付近に生息するというその自信によって、魔状を躱す選択をしてくれたならば。


「勝機一割台が、三割に上がるかもしれん」

「ん? なんだって?」

「熊だけ見ておけ」


 耳聡く聞き付けたクレアににべもなく言い返し、ぶつくさ言う彼女の後ろで魔獣に気づかれぬよう慎重に魔状を組み上げていく。

 しかし。


「そう待ってはくれんか」


 特大の判子のような扁平(へんぺい)の足を一歩一歩踏みしめながら。

 地面が撓む程の重量で徐々に加速する巨獣を視界に収めつつ、マーリンはつぶやいた。

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