不惑も時には迷う
<開拓者等級>
個 : (炭)⇒鉛⇒鉄⇒銅⇒銀⇒金⇒白金 (名付きの犯罪者or犯罪クラン = 水銀)
連 : 鉛⇒鉄⇒銅⇒銀⇒金⇒白金
※連はパーティーと同義。光沢級(銅から)に入ってくると一人前。身分証明にもなる、それなりの地位。
<魔獣等級>
・灰(クラス1)
・鈍(クラス2)
・橡つるばみ(クラス3)
・墨(クラス4)
・黒(クラス5)
・漆黒(クラス6)
・黒銀くろがね(クラス7)
※等級の由来は採取される魔臓の色から。等級の中でも上位下位は「濃淡」or「上下」で分別されます。
―『紅露熊』ベニメリヌ。クラス5。
「ま、待って、待ってください!」
「だめだ。話は聞こえたか村長。一刻の猶予もない」
「しかし……! クラス5!? そんなものが何故!?」
「知らん。だが先ほどの強大に過ぎる遠吠えにも合点がいった。唯一前向きに受け取れる点は、子から成体になってまだ日が浅いという事だけだ。もしかするとクラス5程の力は無いかもしれん」
村長の動転する気持ちも理解できた。
クラス5。『黒色』等級。
村どころか自衛力のある都市でさえ損壊する恐れのあるクラス。開拓者に依頼を出すならば、銀ではなく数少ない金等級の連を呼ぶ必要がある。それだって容易に討伐できるとは限らない。
もはや「災害」レベルの魔獣なのだ。
「村長。いや、ホズルさん。俺は俺が解かる範囲のことを言った。信じるか否かはあなた次第ではある。だが信じるのであれば」
ホズルの肩を強くつかんだ。驚いた顔の、その目に向けて語りかける。
「村の長として、やるべきことは一つだ」
見開いた眼から、少しずつ動揺が抜けるのが分かった。マーリンが肩から手を放した後、ホズルはゆっくりと深呼吸し、一つ頷いた。
「……その通りでしたわ。私は今から村の者に今の話を伝え、村から離れられる者は離れてもらいます。―すまんが何人か着いてきてくれ。まずはできる限り一箇所に集めよう。既に人が集まっていた祭りの広場が良いだろう」
「ゾブラ、この娘を連れてお前も村から離れろ。底なしの馬鹿共のせいで、間違いなくベニメリヌは人間に敵対している。逃げる途中で襲われる可能性ももちろんあるが、我々が抑えられなかった場合はヘケットに残っている方が死ぬ可能性は高い」
「……わかった。ロイ、お前も一緒だ。重量のある荷はここに置いていき、身軽にしてから全力で戻るぞ」
「い、いいのか?俺たちだけ」
「馬鹿野郎、良い悪いじゃねえ。残ったところで俺らが役立つことなんぞ無い。なら無駄な心配の種を一つ消すくらいはしてやらねえと、却ってお荷物になるんだよ」
危機を前にして逃げることに抵抗感は誰しもある。善良な人間であれば尚更。
しかし今は、そんなことで口論をする時間さえ惜しいほど切迫しているのだ。
「ヨウ」
「はい」
雨の中を睨んでいたヨウに、マーリンは声をかける。
この出来過ぎた弟子に突然降ってきた未曽有の事態。
(こいつは貴重な戦力だ。しかし、良いのか)
時間は無い。
命の選別はすべきではない。
―本当にそうだろうか。
この少年は近い将来、必ず頭角を現す。
今のままのこいつであれば、きっと悪いようには育たない。
ならばこの場で逃がしておくべきではないか。俺は死んでも、無責任ではあるがハイシェット村が普通の村に戻るだけだ。
(「応援を呼ぶため」などで、危険地帯から切り離す理由はいくらでも付けられる)
実際ヨウの『巡』が、馬車よりも早馬を借りてくるよりも早く、都市フーフォンテの開拓者協会に駆け込めるだろう。
猶予が無いと自身で口にしておきながら、珍しく逡巡した様子のマーリンにヨウは訝しむ。
「どうしましたマーリンさん?」
「ああ」
返ってきた生返事に眉根を寄せ、探るような顔でこちらを見やる。
「なんですか?おぶっていきましょうか?」
「どうしてそうなる」
「いや、歩くの億劫なのかなと思ったけど、違いましたね。じゃあ早く行きましょう」
クラス5がどういうものか実際には分かっていないであろう、平然とした態度のヨウを前にして。
マーリンは、つい本音が漏れた。
「良いのか。お前は、後悔しないか」
あまりに惜しかった。
ここらの村での俺の立場を知らない者が聞けば、顰蹙を買う程の依怙贔屓である。
村長に偉そうなことを言っておいて。承知していたが、聞かずにはいれなかった。
こんな質問、この場で言われても困るだろうに。
顔を合わせ辛く、掠めるように弟子の顔を見、返答を待った。
「―わかりませんよ」
曖昧な言葉を、ヨウははっきりと口にした。
「でも俺は後悔したくないですね」
「……ならば」
「だから早く行きましょうよマーリンさん。ここで逃げれば後悔します。必ずです」
年若いヨウの確信めいた強い言葉に、彼方を向いていた目が引き戻された。
「逃げなくても後悔するかもしれませんが、もし勝てたら。いや勝てずとも守り通せたら、多分後悔はしません。なら戦う方が良いでしょう?」
今理解した。
こいつはたかだか十四年の生の中で、身が捩れるほどの悔悟を知っているのだ。
「……死ぬかもしれんぞ、村のために。この場で。道半ばでだ」
「じゃあ死にそうなったら見苦しく逃げましょう。今は自分の命を賭けるくらい村を守りたいか、とかは関係ないでしょ。守れそうならやってみますし、駄目そうなら逃げます」
言いつつ、もう飛び出すと決めたのか、ヨウは屈伸し始めた。
「その方が、何もしないよりはきっとマシなんですよ。村にとっても、自分にとっても」
―いい決意だ。酔っていないところが特に。
マーリンは深く息を吸い込み、胸の内に溜まった未練を何とか吐き出した。
やはり片田舎でこいつが死ぬのは惜しい、と思うものの、もしかしたらという希望はマーリンにもある。
足は悪いがハイクラスの魔状師。元銅等級の開拓者。鬼子。新米だが天稟ある魔状者。
四人集まれば、一応連と言えなくもない。
「ふん。無駄な時間を使わせたな。早く俺を背負え」
「え、まじで言ってんですか?」
「時間短縮だ」
本気で言っていることを悟ったようで、「全然うれしくねえ……」と呟きつつヨウはマーリンを背中に担ぐ。
背中に負ぶわれながら、マーリンは周囲に向けて声をかけた。
「醜態をさらしたな。謝罪はまた後で。ではな」
「―ははっ。 いや、弟子思いの師匠っぽくてよかったぞ」
ゾブラの言葉に一部始終を見ていた他の人間も少し笑った。
(悪くない空気だ)
危険を知らせる風は未だ甲高く鳴っている。
思えば、足が壊れたあの時も同じ風の音であった。
―おそらく今回、俺は高い確率で死ぬだろう。
だが近づく死を一度受け入れてしまえば、逆に形成逆転する手も見えてくる。
(ふっ……結局ヨウの言う通りだな。やるだけやってみる。まずはそこからだ)
「いきますよー」という声がした後、高速で雨を切り裂く背に負われながら、胸のつかえが取れた気持ちでマーリンは死地へ向かった。
<開拓者等級>
個 : (炭)⇒鉛⇒鉄⇒銅⇒銀⇒金⇒白金 (名付きの犯罪者or犯罪クラン = 水銀)
連 : 鉛⇒鉄⇒銅⇒銀⇒金⇒白金
※連はパーティーと同義。光沢級(銅から)に入ってくると一人前。身分証明にもなる、それなりの地位。
<魔獣等級>
・灰(クラス1)
・鈍(クラス2)
・橡つるばみ(クラス3)
・墨(クラス4)
・黒(クラス5)
・漆黒(クラス6)
・黒銀くろがね(クラス7)
※等級の由来は採取される魔臓の色から。等級の中でも上位下位は「濃淡」or「上下」で分別されます。




