襲来1
ずるずると引きずられて大人しく退場したジンに変わり、油断のない足取りでゼンジが足を踏み入れた。
初対面のはずだが、睨め付けるような鋭い視線をぶつけられる。
「お前……マーリンの弟子らしいな」
「ああ、そうですね。さっき言ってた通り、主にマーリンさんは魔状で剣術はゼンネルさんですが」
「ふん、そうか」
一応ヘケット村の成長度合いを見るってことなので軽めに訂正を入れておく。
しかしゼンジにはそれほど興味の無いことだったらしい。
一人で柔らかい手甲とマウスピースをはめると、対角の支柱に居たヨウより先に中央へ歩み寄った。
「早く来い」
事情などゼンジしか知らない。
にも関わらず、周囲の傍観者さえ二人に何か遺恨があることはすぐに察せられた。弟の時には無かったただならぬ雰囲気を察知し、咳き一つ許されない空気が形成されていく。
もちろんもう一人の当人であるヨウも知らない。
ただ、明らかにマーリンさんが関わっているだろうことは容易に見当がついた。どうせあの白髪じじいがプライド傷つけることを言ったんだろう。
ヨウからも思わずため息が漏れる。
(まあ、師匠の尻拭いをするのも弟子の役目か)
などと、自分も関係しているなど露ほども思わないままに、相手のお望み通りすぐに中央へ向かう。
視界の端ではジンがようやく立ち上がり、こちらを睨みつけている。
そして、クレアさんが少し心配そうにしているのが気になった。
「では始めるぞ。ルールの説明、はもう不要だな」
お互いが頷くのを確認し、審判役も緊張しながら頷き返した。
「じゃあお互い少し離れて。 ……では、――開始!」
**********************
(大声出して伝えたほうが良かったかな。いや、それでいちゃもん付けられても嫌だしなぁ)
「―では、開始!」
そうこう悩む内に開始が宣言されたので、クレアは心の中で諦めて仕合に見入る。
意外にも静かな立ち上がり。
弟は浅慮だが、ゼンジは頭が悪い訳ではない。立ち合いというものを知っている。
(さっきのヨウを観たんだ。私ならどうするか……)
相手の戦闘流儀を知っている。そして、自分の強みは知られていないこの状況。
―もし『勝つ』ことに重きを置くのなら。
(ヨウ、気を付けろよ。そいつ――『魔状者』だぜ)
――
相手が後の先を狙っているのは分かっている。当然相手も知られていることは理解している。
しかし攻め方を変えようとしないのは、俺を前にしても自信が揺らがなかったからだろう。
―つくづく癇に障るガキだ。
マーリンの弟子と聞いた時に溢れ出した濁流のような怒りがややもすれば決壊しそうになる。
(まだだ。こいつの澄ました顔に一発当てるまでの辛抱だ)
その時は数秒後にすぐやってくる。俺が、その未来を現実にするのだ。
実際、こいつの回避能力はすさまじかった。
糞ムカつくがそれは認めよう。
しかし、俺は観ていた。そしてお前は変えなかった。その上、お前は知らない。
(無様に泣き叫べ……!)
魔状師レベルならば相手が魔状を行使しようとすればすぐに気付く。魔状の素養があれば誰でも知っている。
しかし使用する魔状が『巡』であれば、初手では大抵気づかれない。おそらく空気中の魔子を使用していないため、というのが通説だ。
―お前、俺について何も知らないんだろう? マーリンから、俺の事を聞かされてもいないんだろう。
ふっ、とその場で小さく跳ねた。初期動作にヨウが少し反応する。
つま先が地に触れるか触れないか。
そのタイミングで、軽い音を残してゼンジの身体がブレた。
――
『巡』による超速下の殴打が真っ直ぐにヨウの顔面へ向かう。
恐ろしい拳速。間違いなく当たる。
―もらった!
クレアと、辛うじてジンが見えている中。
確信したゼンジの拳は。
――その瞬間、真上に大きく弾け飛んだ。
(な、に!?)
拳ではない。腕だ。腕が痛い。
慌ててヨウの攻撃圏内から素早く離脱し、我が身に何が起こったかを理解しようと試みる。
(腕を殴られたのか? 初撃の、しかも『巡』の?)
否定したいところだが、二の腕の痛みと傷一つない相手の姿が信じがたい事実を肯定する。
一撃目で仕合を決められなかった事でゼンジの計画は脆くも崩れ去った。
アドバンテージのある中でこの結果。つまりこれは―
(ふざけるなぁ……!)
つまりこれは、そもそもの能力値に大きな隔たりがあるという事。
身元不明で、年下で、且つ一年も訓練らしい訓練さえしていない孤児よりも劣るという事実を、ゼンジは認められなかった。
もう隠すこともできないほどの激情が全身から漏れ出したゼンジと、未だ後の先を狙うヨウの二合目を、囲んだ者たちが固唾を呑んで見守っていた。
「――クレアさん!!」
「どあぁっ!? ビックリしたぁ!なんだよ!」
息を詰めて観戦する中、全速力で駆けてきた少年が大声を出してクレアに呼びかけた。
見入っていたクレアも負けじと大声出してしまったが、思った以上に余裕のない見張り役の若者に意識を切り替える。
「ちょっと……、早く、来てくださいっ。魔獣が森からけっこうな数出てます!」
息も絶え絶えの様子で伝えた内容にクレアだけでなく周りも注視する。それは闘技中のヨウとゼンジも例外ではなかった。
「種類は?」
「アドミラジがほとんどだったけど、多分、ヒヒとエリュマントスもいました」
ざわりと周囲が揺れた。
思わず舌打ちが出たクレアは、ヨウとゼンジに目配せすると、「先に行く!」と言い置いて一瞬で駆けだした。
―ヒヒは猿の魔獣だ。
笑い声が「ヒヒヒ」と鳴くことから名付けられた。獰猛で怪力だが、猿の癖に体重が重く鈍足で、当然木の上を移動することもできないため機動力は低い。
等級は「濃灰色」。「クラス1の上(位)」である。
対してエリュマントスは猪の魔獣。
直線的な突進力だけ見ればアドミラドリア以上であるが、その代わり完全な四足歩行であるため攻撃バリエーションは少ない。
等級はアドミラドリアと同等の「淡鈍色」、「クラス2の下」であるが、飢餓状態・恐慌状態でなければアドミラドリアの方が厄介と認知されている。
しかしどちらの魔獣も開拓者とて経験の浅い者であれば油断は全くできない。見張り役に怪我人が出る可能性も高い。
「一先ず中止ですね。先行きます」
言い置いて素早く闘場に張られた縄を越えると、ヨウはクレアが走っていった方角へスピードを上げて駆けて行く。
舌打ちを一つ。
ゼンジも元々は警備役も兼ねてこの村に滞在することになっている。契約は契約だ。
「いくぞジン」
「……ちっ」
明らかに不機嫌且つダメージを残したままのジンを連れて、先立った二人とは対照的に緩慢な足取りで後を追う。
せっかくの立村祭、しかし青空と対であるほど濃い灰色の雲が、にわかに空を覆い始めていた。




