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立村祭3(暗雲立ち込める)

 不安そうな顔の審判役に闘技の説明を受け、手伝ってもらいつつ手甲と口金をはめた。


「なるほど。総合みたいな感じか」

「ソーゴー?」


 いえいえこちらの話という風に手を振り、ジンの待つ中央に歩み寄る。


「さっき言った通り反則は即止める。降参の場合は手を挙げて。……じゃあ中央から少し離れて距離取って」


 ざわめくような周りの声が次第に収まっていく。そのタイミングでクレアのよく通る声が響いた。


「ヨウ!いつものお前の感じでやりゃいいから」

「いや闘技はじめてなんですけど」

「剣術も闘技も変わんねえよ。お前のやれることやればすぐだってことー」


 ヨウは少し考える風な顔をした後、手甲のついた手をひらひらと振った。


「用意は済んだか。では見合って ――開始!」


「かぁ!!」


 合図の途端、ノーガードのままジンが真正面から肉薄する。なるほどそこらの人間とは確かに瞬発力が違う。態度がデカいだけのことはありそうだ。


 と、いきなり顔に向けての拳が飛んでくる。

 フェイントの拳に怯んだ隙にさらにもぐりこみ、反対側の脇腹を狙うジンのよく使う戦法。

 

 ―簡単に倒れられると思うなよ。


 さんざん虚仮(こけ)にしてくれたクレアの前でボコボコにした挙句、無様に降参する姿を晒してやる。

 その強い一念で繰り出したリバーブローは狙い違わず脇腹を破壊する。―はずだった。


「!?」


 肋骨を圧し折るつもりで振り抜いた拳と擦れ違うように、相手の脇腹が掠めるようにすれ違う。

 間違いなく当たる。そのつもりの殴打は思いがけず宙を裂き、身体が前のめりに流れた。


 馬鹿な!


 と思った次の瞬間、脳に危険信号アラートが激しく鳴り響く。


 拳と相手の身体が行き違ったということはつまり、流れて無防備になった側面にヨウが陣取っているということ。

 しかし今の態勢からそちらを向くほど、体の構造は柔軟ではない。

 

 ―ならば。ならばかくなる上は。


 ジンは急停止して防御する選択肢を放棄し、進行方向にそのまま体を投げ出し前転して距離を取った。


「あ」


 距離の離れた後ろでポツリとつぶやいた声がする。

 素早く立ち上がり構えた先に、頭を掻こうとして手甲だったことに気づいたヨウが視えた。


「いや殴れよヨウー!がら空きだったじゃん!」

「あんまり無防備だったんで、逆にどこ殴るか迷った」

「……ぶふっ。今日も煽りが冴えてんなー」

「……やめてくれます?」


 ヨウの何気なく放った言葉を聞き、ジンが顔が屈辱の色に染まる。

 大股で弾かれたように飛び出し、再びヨウの眼前へと迫った。

 

 目の前に突き出された右拳を首と上半身をひねって躱す。

 

「あぶない!」「きゃあ!」


 間髪入れずに左拳が鳩尾を抉らんと唸りをあげる。

 今度こそ!


 常人ならば間違いなく当たる体の中心部目掛けた一撃。


 しかし―当たらない。

 

 予期していたかのように、繰り出した瞬間に半歩下がったヨウが上半身を反らしてスウェーで躱してみせる。

 観衆から悲鳴と驚嘆の声が上がる。

 

「うがあ!」


―その悲鳴は、その歓声は俺のだ!てめえじゃねえ!


 大振りの右ロングフックが左頬を襲う。しかしこれも難なく躱す。

 フックの反動を利用して巻きこむようにに反対側から追撃の殴打。

 フックの射程圏内という近接戦。当たるか大きく躱すかガードするはず。

 という期待すらすり抜けて、ヨウは危険域から出ることもなくダッキングで避けた。


「……すげえを通り越してキモいな」


 クレアさえ呆れたようにつぶやく。ゼンジが驚愕の表情で見つめる。

 渦中のジンとしては何が起こっているのかさえ分からない。


 ―なんだこいつ。なんだこいつなんだこいつなんだこいつはぁ!


「ジン!拳闘に執着するな!闘技だろうが!」


 混乱した耳にも兄の声は届いた。

 拳打は当たらない。となれば―。


 目くらましのような掌底を顔面に向けて繰り出す。

 ヨウが少しの反応を示した瞬間に一歩大きく踏み出して右手が胴体に巻き付かんとする。


(捕まえた!)


 この距離では逃れられまい。掴んで引っこ抜いてぐちゃぐちゃにしてや―


「る?」


 カクン、と。


 突然。視界が下にブレた。膝が折れる。足に力が入らない。


 ―なんだ?なんだなんだどうしたんだ。せっかく野郎を掴むところだったのに。


 ジンは何が起きたかも気づかない。しかし観客であるクレアとゼンジには視えていた。


「手まではええな」


 組むよりも速く顎先を掠めた手甲は、簡単にジンの足を起動不能にした。

 痛みがないので逆にジンは混乱しているだろう。


「ありえん……狙って当てられるもんじゃない」


 運良く、と思ってるんだろうが、そういう訳でもないんだよなあ。

 と、ゼンジのつぶやきにクレアは心の中で応える。


 あいつのああいう正確さは余裕からくるものなのだ。

 ヨウにとって敵の攻撃を躱すということは、それほどリソースを割くほどの労力ではない。周りからどう見えようとあいつからすれば全て難なく避けただけであり、その分次の攻撃へ切り替える手間が少ないだけのこと。守勢から隙をついて繰り出した一撃ではない。相手の攻勢をいなした後に狙いを定めて撃った一打なのである。


 闘場内ではジンが動かなくなった足を無理矢理再起動し、ヨウに向かってガムシャラに飛び込んだところだった。


 さらに拳速を上げようと振りかぶったテレフォンパンチが射出された瞬間、内側から振るように現れた手甲によって拳が大きく払われる。手甲と手甲を叩き合った軽い音が、青空の残る広場に響いた。


 パーリングされた驚きによって動きの止まったジンに向かって、がら空きのボディーに左の拳がめり込んだ。


「―えぶぉ!」


 えずくような声とともにたったの一発でジンが沈む。


「……! 止め! 勝者はヨウ!」


 終戦と同時に今日一番の歓声が雲の多い空を舞う。

 まさに圧巻の圧勝であった。

 その中心にいる少年は、闘場脇に立つ男に目をやった。


「じゃあ次はお兄さん?」

「……調子に乗るなよ、ガキが」


 流石は兄弟。似たような言葉を吐く。クレアは何故かため息が出た。

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