時は経ちまして(魔状の稽古編2)
『雷魔状』と言う単語に思わずマーリンは渋い顔になる。また扱いづらいものを。
ヨウは聡い。今回もすぐに気づいた。
「……お勧めできないみたいですね。 理由教えてもらっていいですか?」
―まあヨウならば、ともすれば使いこなせるかもしれない。
俺がすべきことは、知る限りの情報を与えて判断を委ねること。それだけだろう。
「雷魔状は強力ではある。しかし、主流の四系統だけでなく氷魔状からも行使者数には大きな差がある。なぜなら、四系統よりも実戦向きでないからだ」
ヨウは黙って聞いている。
「雷魔状の行使には反復工程が多い。そうでなければ行使するほどの雷撃が溜められないからだろう。……結果として雷魔状のほとんどが行使に時間がかかる。初級でさえ速度がないし射程が狭い。雷魔状自体の種類も少ない。今一線級の開拓者で雷魔状を主武器としている魔状師は皆無と言っていい」
もちろんメリットもある。
「ただ、先ほども言った通り雷魔状は強力かつ広範囲、そして不可避とも言われている。なので開拓者には向かなくとも国属の魔状師には何名か在籍している。戦争時での魔状師は乱戦場から離れ、他の兵士に守られながら行使できるため行使速度の低さはある程度カバーできるからだ。速度にさえ目をつぶれば大規模魔状としては随一だからな」
「さらに、主武器ではないが金等級以上の開拓者で雷魔状を行使する者もいる。基本的にそいつらは水魔状を主として行使するが、大規模魔状が必要な時に雷系統を使う。水は雷と相性もいい。そして、水と雷を使用する魔状師が自分のことを雷魔状師と自称することは多い」
ここまで言い切って、マーリンはヨウを注視した。実情が想定通りだったのか、ヨウに不満や動揺は感じられない。
こいつがどういった判断を下すのか。
マーリンは、この瞬間がヨウの魔状師としての分岐点になる。
そう思うとふいに焦りを覚えた。しかし、後の判断はこの少年に任せるほかないと割り切ると、ことさらゆっくり目の前のグラスの水を口に含んだ。
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先ほどまでマーリンさんが話してくれた雷魔状を吟味する。
「気になることを聞いてもいいですか」
マーリンさんはのんびりとした動作で俺を待ってくれていた。頼れる師匠である。
頷くのを確認して話を続ける。
「初級の雷魔状、マーリンさんは使えますか?」
「初級は一通り学習しているからな。行使速度はとんでもなく遅く大したモノでもないが実演は可能だろう。練習しておこう」
この質問は予期していたのだろう。ノータイムで返ってきた。
しかし初級だけでも雷魔状が知れるのはありがたい。一通り学習するのはこの世界でも一般的なのだろうか。
「ちなみに、大抵の魔状師は初級を一通り学ぶものなんですか?」
「……そういう訳ではない。俺の育った環境が素養のある者に対して手厚かったから、指導者を呼んでほぼ全系統の魔状を学ぶことができた。あとは他の者に教える仕事もしていた時期があったから、まあそれだけだ」
マーリンさんは言い淀みつつ応えてくれた。こちらとしても詮索する気はないので話を本題に戻す。
「その次です。 雷魔状は種類も少ないと言いましたが、いくつあるかご存じですか?」
これもあまり悩まず返答してくれる。……詮索する気がないのは本当に本当だが、マーリンさんの知識水準は普通なのだろうか。
「名称認定されて正式な魔状と認められているのは五種だな」
気になる単語はあるが、今は確認を優先する。
「その認められている、という魔状は初級含め全て似たような魔状でしょうか? うーん、例えば全て空から雷を発生させるとか、一辺倒なもので合ったりしますか?」
マーリンさんが一瞬目を瞠るが、言わんとすることある程度読み取れたのか、何も言わずに回答してくれた。
「いや、実際に見たことがあるのは初級と中級に分類される雷魔状だが、もちろん雷撃ではあるものの似た魔状という感じではなかった。使える場面によって向き不向きがあるようなものだった」
俺は安心して頷いた。
「じゃあ、まずは雷魔状の初級を教えていただきたいです。それがどれほどのものかで判断します」
俺のこの言葉にマーリンさんは了承の意として首を縦に振った。
一先ずの話は決着したので、先ほど気になったことを聞いてみる。
「あの、先ほどの名称認定って何ですか?」
本日二回目の呆れ顔を見せられたが、教えられてないものは知らない。
俺の頭にも植え付けられてないので一般常識でもないようだし。
マーリンさんも俺に教えてないことを思い出したのか、指摘しても詮無いことだと諦めたのかは不明だが、すぐにいつもの仏頂面に戻ってして説明を始めた。
「魔状それぞれに名称があることは知っているな。お前とて魔状行使の際に口にしているものだ」
それはわかる。「氷弾」や「流砂の刃」など、この世界で二か国語を操れる俺でさえ意味不明な言語の魔状の技名。このことだろう。
「これらは古代語で名付けられている、ということも知っているな。なぜ魔状行使の際この名称をつぶやくのかも」
それも教えてもらったので覚えている。
「魔状行使の際、魔状名を口に出さなければ威力が減退するからです」
―これがこの世界の、魔状のとっても不思議な部分だ。
古代語で付けられた意味不明の魔状名。これを口に出した時とそうでない時では、魔状の威力が大幅に変化する。魔状名を言わずに行使した場合は、魔状の威力が三割程度は減衰するのだ。生死を分ける魔状行使において全く無視できるものではない。
魔状とは大気中の魔子を操り、自然界の法則に従った現象を発生させる。
つまり魔子という不思議物質に目をつぶれば、他は自然の摂理に反してはいないはず。
そうやって理解した俺に衝撃を与えたのがこの「技名言わないと魔状が弱くなる法則」だ。なぜそうなる。
もしかしたらナーロッパで活躍する数多の主人公も、この法則によって仕方なく叫んでいるのかもしれない。
そうか、みんな同志だったのか。
しかし名称認定とは。まるで商標登録のような響きだ。
この世の不思議に突如政が絡んできたような相容れなさである。
「古代語というのは一般人には知られていない。せいぜい魔状名称くらいだ。貴族でさえ知りえない。知っているのは、この国で言えば王直属の部署のごく一部。人頭院の長老方と王だけになる」
「そのため、例えば新しい魔状を考案したとして、自分で付けた名称を叫んでも意味はない。減衰した魔状が行使される」
「一説には」とマーリンさんは話を続ける。
「古代語とはこの世界の神の言語だと言われていてな。古代語自体に魔子を操作する力があり、行使した魔状に合う古代語を口にすれば魔子の操る力が増幅されると言われている。しかし、根拠はない」
マーリンさん自身も特に信じていなさそうだ。
俺もどうにも受け入れがたい。設定が甘すぎる。担当編集がいれば赤が入るぞ。
「まあそれはいいだろう。信じようが信じまいが、実際に魔状の威力は下がる。名称認定とは人頭院のお偉い爺さんたちが新しい魔状をご覧になり、そこで認められれば晴れて古代語の魔状名称を献上される。そういう国の仕組みのことだ」
―どこの世界も同じだ。頭の切れる人間によって、自陣に利するようなルールは作られる。
「国にとって利点しかない話ですね」
「――やめておけ。それ以上口に出すことも、思い至ったことを安易に周囲に振りまくこともだ。誰もがお前ほど知見があるわけではないし、知らないほうが平穏に生きていける」
古代語を使ったこの仕組みによって、新しい魔状のプロセスは全て国に管理され、優れた魔状師は国に束縛され、さらに国の権威付けにも一役買うというわけだ。
確かに知ったところで役に立つものでもなし。
「すみません。話が逸れましたね。参考になりました」
以前氷弾のプロセスを少々いじったことがあるが、あれは『氷弾』の名で威力が下がることもなく行使できた。つまり既存の氷弾と分類され、新しい魔状とは見なされない程度の改修だったということだろう。
さておき。
「思いの外座学が長くなった。次は実践だ。お望みの雷魔状がどんなものか見せてやろう」
俺はいそいそと立ち上がる。
この世界の雷電を使用した技とはどんなものか、単純に興味がある。
地球上では、炎熱などと比較すると電気は効率が悪いと言われていた。しかし魔子で大抵のものが操れるこの世界ならばあるいは。 行使時間の長さも、条件式を変えれば実践に耐えうるものになるかもしれない。
雷魔状の可能性を思いつつ、的当て用の木板を持ったマーリンさんの後を追ってワクワクしながら庭へ向かった。




