時は経ちまして(魔状の稽古編1)
時は少し戻り、ゆるりと流れる空気が枯れ木の乾いた匂いを運ぶこの頃。
地球でいえば十一月になったくらいだろう。こちらでは『実りの半ば』と呼ばれる時期に、ヨウはヘケット村からハイシェット村へ一度戻ることにした。
『巡』なしの仕合いでゼンネルと削り合えるようになってきたタイミングだったので剣の訓練に後ろ髪引かれる気持ちもあったが、魔状も剣と同レベルで学んでおきたい技術である。とにかく情の薄そうな白髪の親父がまだ教える気のある内に帰っておかねば、ということで文字通り全速力でひた走ってきたわけである。
村長宅へ挨拶に行くと自身が想像していた以上に歓待され、これまで通りここで寝泊まりすることになった。次の日からマーリンに会いに行くと、挨拶もそこそこにすぐに訓練が始まった。
――
「ふむ」
いまや主武器となった氷弾連の他、覚えた全ての魔状の行使を命じられるままにひと通り行使してみせた後、マーリンがぼそりとつぶやく。
「工程間の繋ぎが滑らかになっているな。魔状の行使に慣れ始めたか」
「たしかに、ある意味あまり考えずとも次の工程に移れるようになりましたかね」
「それでいい。工程の意味を理解しているのであれば、次はその場で最も適当な魔状を瞬時選択し行使することが重要になってくる。今まで覚えた魔状について、状況に応じて速やかに行使する訓練に入るか」
「わかりました」と伝えると、マーリンは頷いて続ける。
「氷弾連については俺より上だ。氷魔状を使う魔状師は少ないから、氷弾でいえばお前は既に熟練域だろう」
言われ、ふと気になって訊ねる。
「得意とする魔状系統ごとの魔状師数って、けっこうバラつきがあるものですか?」
マーリンの眉根にくっきりとシワが寄る。「そんなことも知らないのか」という顔だ、とヨウはすぐに察した。
「まだそんなことも知らんかったか」
今日の俺は冴えている。にしても遠慮なく言われてしまった。相変わらず口さがない。
「まあそうだな。やはり魔状にも流行り廃りの他に主流というのはある」
「今は火魔状、風魔状、水魔状、土魔状の順に多いと言われている。火と風を得意魔状とする魔状師の数は同程度。次いで水、そして土魔状だ。それら四系統が主流。―少数派で存在するのが氷魔状、雷魔状、影魔状。扱う魔状師の数もこの順だな。そして枠外の位置に血系魔状と、……終魔状というものがある」
「?終魔状とは?」
「終魔状は一定の才ある魔状師にしか使えん。もちろん俺も、そしてお前も行使できるだろうが」
「マーリンさんもまだ使ったことが無いということですか?」
一拍のち、マーリンさんは「そうだな」と静かに言った。
「終魔状というのは文字通り終わりの魔状なのだ」
「……自爆のようなもの、ということですか?」
「近いが違う。選ばれた魔状師が、生涯で一度だけ許される魔状だ。一度行使すれば普段の数倍とも言える莫大な魔状を数十秒の間行使できるようになる。元々才ある魔状師だからな。それだけで起死回生の一手と言える。……しかし代償も大きい。死ぬほどではないが」
「……どうなってしまいますか」
「今後一切、『及』が使用できなくなる」
マーリンさんは俺の目を真っ直ぐ見た。
「お前はそれほど執着は無いかもしれんがな。この国の人間にとって魔状の力とは最高クラスの地位と同じなのだ。一度として失ってはいけない、命の次に大切なモノと考えられている」
―それが正しいかは知らんが。
ポツリとつぶやいた後、話を続ける。
「よって行使した例は多くない。玉砕覚悟で戦場に送り込んだ例もあるが、それは余程のことだ。先ほども言った通り、終魔状を使える魔状師は逸材級の才を持つ者。本人の意思もあるだろうが、何より国家が貴重な人材を失うことを嫌う」
「……なるほど。事前に使えるかどうかはわかるものですか」
「ああ。すぐにわかる。終魔状を教える教えないは師匠の胸三寸だ。俺は教える。……それは、弟子や歳に関係なく、持てる手段は持つべきだということ。そして魔状を使うかは『魔状師』である己が決める事だからだ」
ここまで話すと、マーリンさんはため息を一つ零して切り替えるように話を終わらせた。
「終魔状の話はまた教えるときに話すぞ。魔状の系統で何か聞きたいことがあるか?」
「あ、はい。火魔状も主流なのですか? 風魔状はわかるのですが」
俺も終魔状のことは脳から切り離して、主流魔状の話に意識を戻した。
風魔状は何も生み出さない。
土魔状は既にある物体を操作することが基本ではあるが、熟練域の者であれば空中から物質を生成することさえ可能であるし、硬度を高めるために土同士を結合し、別の硬質物質に再生成することもできる。
風魔状は物体ではないため他の魔状よりも軽い。しかし逆にいえば視認が難しいため避けにくく、さらに行使する魔状によっては殺傷力の高いものもある。そこらにあるものを飛ばすこともできる。つまり実戦向きなのだ。
まあ、というのも『火』『土』『水』『氷』などに分類できないものをまとめて『風魔状』にカテゴライズしている節があるため、魔状の種類が幅広く汎用性があるのも当然のように思えるが。
対してヨウが不思議に思った火魔状はどうだろうか。
ヨウは火魔状が得意ではなかった。
当初炎弾の要説を聞いた際、扱いづらいというイメージを持ってしまったが故かもしれない。
炎弾の利点は燃焼している点である。相手に引火すれば間違いなくダメージとなり二次効果が期待できる。さらに言えば、本来燃焼や爆轟は効率の良いエネルギー変換であり、ヨウも当初は火魔状が主武器になると考えていた。
だが、実際に火魔状を学んだ際に衝撃を受ける。炎弾には可燃物が必要なのだ。
いや、当然なのかもしれないが、魔状でも燃焼条件を大きく逸脱することはできないのであった。
すなわち可燃物と酸素と火種である。
金等級レベルの上級者、もしくは代々伝わる独自の魔状行使過程を持つ貴族などは可燃性物を用意せずとも炎弾を発現できる。プロセス内で可燃物、あるいは可燃性物質を生成しているのだろう。
しかしほとんどの魔状師は自前の可燃物を用いて燃焼させて炎弾を完成させる。しかし持っている可燃性のモノがなくなれば炎弾は使用できない。
魔法の基礎の基礎である「ファイアーボール」を楽しみにしていた分、失望を隠せなかったこと、さらに取り回しの不便さと効果の薄さを考慮して主武器とすることを回避したが、主流のさらに二大派閥となっているということは、もしかすると炎弾以外は効率のよい魔状が揃っているのかもしれない。
「いや、お前の思っている通り火魔状は初級者に優しくない。燃える素体、つまり燃料が必要な魔状が多く、思っている以上に炎による殺傷効果は薄いからだ」
そう。炎はポピュラーな攻撃手段ではあるが、実際に炎を敵に投げつけた場合、相応の効果を与えられるかというと疑問符である。
なぜなら、炎はそう都合よく相手に引火するとは限らないからだ。
当たった瞬間爆発するならばまだしも、炎弾に爆轟能力はない。よしんば炎弾が相手に当たったとしても、炎が十分に可燃部分と接地しない限り、そう簡単に引火してくれない。さらに、一瞬の熱というのは意外に耐えられるという問題もある。
日本にも宗派によって火渡り修行というものが存在するが、触れる時間が短ければ炎の熱さというのはさして感じないものなのだ。
よって、放った炎弾は手で払われる可能性さえあり、払われた場合は火傷のダメージ分さえ与えられないことになる。
「だが、練度が高くなるにつれ火魔状の殺傷力は格段に上がる。燃焼も広範囲になり、可燃物を必要としなくなり、さらに爆裂魔状が使用できるようになれば魔状師として別次元に強くなる」
もっと言えば、とマーリンは追加する。
「今の開拓者、そして国属で有名な魔状師には火魔状が多いのだ。つまりまあ、印象だな。実際に戦果は目覚ましいものであるし炎は派手でもあるため、一度観ると憧れる輩が増えることも分かる」
「なるほど……となればやはり俺も覚えるべきですね」
上級者であれば、地球でいう爆薬などの莫大な膨張エネルギーを魔状として行使できる。そのメリットは相当に大きい。
爆裂魔状は間違いなく、燃焼による温度上昇によって引き起こされた体積の膨張、圧力の急激な上昇による爆轟現象のことだろう。地球でも爆薬は令和まで長く使用されている兵器だ。この世界の発達水準であれば強力すぎる魔状である。
しかし。
「ヨウは、どうだろうな。修練すればおそらく行使できるようになると思うが」
妙に歯切れが悪い。
「ですよね。えっと……なにか不都合ありますかね?」
「俺が使えん」
「……それは確かに。マーリンさんは土が得意魔状ですからね」
「お前なら、これから他の魔状師に指導されることもあるだろう。まず間違いなくな。火魔状師に師事することがあればその時教えてもらえ。今言った通り、各系統の魔状師の数は教えられる者の多さにもよる。火系統が主流の今ならば指導者も見つかりやすいだろう」
周囲の評価を聞く限りマーリンの実力は折り紙付きである。都市から離れた村だからというわけでもないだろう。それでも得意魔状以外は初級または使えて中級程度だという。
「意外に向き不向きの問題もある。火が苦手、水が苦手な者はやはりその系統が苦手だ。自分に合う、と直感的に思ったものが結果的に向いている魔状だということはよくある」
さて、と一息ついてマーリンはヨウを見る。
「お前は氷でいいか?」
「え」
「土魔状も並ではないし俺が教えることができるが、しかしせっかくの希少な氷適正だ。ハイシェットやヘケットにいる間は土と並行して覚えていく方がよいと思っている。俺も大して行使できんが、氷魔状の種類はある程度覚えているしな」
マーリンの物言いに首をかしげる。
「氷適正があるんですか、俺に」
今度はマーリンが首を傾ける。
「氷弾の話をしただろう。初級の氷弾でさえあの速度と同時射数と破壊力。適性がないわけがない」
―それは、どうだろうか。
心の中でモクモクと疑念が湧き上がる。彼としては前世の知識を活用しただけであり、氷についてそこまでの愛着はない。先ほどのマーリンの話では「直感的に自分に合う」と思ったものが得意な魔状になるとのこと。ヨウとしては、氷にピンとくるものはなかった。
前世の知識云々は省略して、それを素直にマーリンに伝えると彼も唸った。
「そうか……それならば初級の魔状の出来によって決めるのは早計かもしれん。確かに自身の感覚を蔑ろにした結果想定ほど伸びず、しかし初期の成功体験に縋ったがために後悔する人間も相当数いる」
『後悔』という言葉に反応し、ヨウは軽く顔をしかめる。
「お前がそう思うなら、心の動きを信じればよい。……しかし、そうすると何がいいか。ある程度方針は決めておいた方がいい。ヨウは何か学んでみたいと思った系統があるか?」
そう言われて、ヨウは考えていた気持ちを伝える。
一番興味のある系統。しかし率直な感情に逆らうことなくはもうしない。
「雷魔状、ですかね」




