時は経ちまして(剣の稽古編)
「おらぁ!」
「ふっ」
凶悪な風を吹き散らして大剣を模した模擬剣を振るうが、半ば予想していた通り手応えはない。
しかしそれは織込み済み。避けられれば二撃目を振るうのみ。
目で捉えるより早く、跳弾するように剣が逆進路へ跳ねる。足を踏み込み追撃の逆袈裟。
射程範囲内、必ず当たる。
―だがこいつは躱す!
必中と思った一閃を苦も無く躱される。ぬるい剣閃ではないはずだが、こいつと闘ると自信が揺らぐ。曲芸的に避けるのではなく、剣が届く前には既に一歩引いている。それでもまだ致死圏内からは抜け出していないが、剣先が迫る時点にはもうスウェーやヘッドスリップ、細かなサイドステップで避ける余地を残した位置にいるのだ。
これには兄のゼンネルでさえ毎度驚かされる。およそ思考の挟めぬ高速下で最適解をほぼ過たず選択する。
剣を振りだす前の初動作で軌道を見抜いて最速で一歩分の退避。可能な限り離れた場所から最小の動作で回避。
これらをこなすには最低二つの才が必要なはずだ。
『洞察力』と『反射神経』。これらがヨウは飛びぬけている。
しかしクレアも、言っては何だが躱され慣れてきている。振り切った剣の手首を素早く返し、一瞬で切り返しの一閃をお見舞いせんとする。が、三合目は流石にヨウが速かった。躱し様とはいかないまでも、避けきった状態から素早く後の先を繰り出す。
伸びきった脇腹目掛けて剣を薙ぐ。空気に切れ目が入るほど鋭く短い風切り音を響かせ放った剣筋は狙いたがわず肋骨に吸い込まれた。
「それまで!」
その瞬間、ギャラリーと化した村人たちから息をつめた反動のような歓声と感嘆の声が破裂した。
「いやー!一気に強くなったなあヨウくん! あんなさらっと避けんだもんなあ」
「あれだったら王都の大会でさえ勝ち抜けそうだ」
「んーでもやっぱ王都とか都市は桁違いなんじゃねえ?そらゼンネルさんやクレアやヨウくんは段違いに強えけど、ここらの村での話だしなぁ」
「いやいや、ゼンネルさん銅等級よ?そのゼンネルさんが最近捕まえきれん時点でクレアもヨウくんもめちゃくちゃ強いって」
ゼンネルは周りの声を黙って聞いている。
(確かに)
もはや、クレアとヨウの2人は辺境での戦闘レベルを遥かに超えている。最近では二人に対して勝利の道筋が見えないことも多い。しかし盛者必衰は開拓者としては当然のこと。
それに、単純に二人の成長を喜べる時点で、ゼンネルは開拓者としての人生が既に終えていることを悟っていた。
―あの二人が王都や主要都市でやっていけるのか。
と問われれば、間違いなく「通用する」と返す。
特にクレアは贔屓目抜きでも目立つだろう。膂力は最近さらに上がったが、それにも増して剣技が冴えてきた。『鬼子』の時点で今の時代は引く手数多であり、さらに大剣を主武器とする点でも魔獣討伐に最適。とくれば、都市ですぐにいい暮らしができるだろう。
対してヨウくんはどうだろうか。
間違いなく強い。特にここ最近の成長度合いは凄まじい。
ヘケット村で訓練すると決まってから九か月程度しか経っておらず、途中ハイシェット村にも戻ったので実質五か月無い程度であるが、早い時点で『巡』を行使せずともゼンネルとクレア以外は相手にならなくなった。
最初はクレアにボコボコにされていたが、次第に速度と力に慣れ始め、最近は『巡』を行使しての手合いにも順応してきた。
特に当初から抜きんでていた剣閃反応にはさらに磨きがかかり、模擬剣でなく速度の出る木剣でもクレアやゼンネルをして当てることさえ難しくなってきた。
クレアが急成長したのも、明らかにヨウに触発されたからだ。
しかし、ヨウのスタイルはクレアほど重用されない可能性がある。
躱して後の先を取り、身軽さを重視した片手剣で素早く斬る流派はもちろん存在するが、どちらかと言えば対人向きであり、魔獣討伐がメインの開拓者の中では少数派となっている。
なぜなら開拓が進むにつれ大型の魔獣と遭遇する頻度が上がっており、且つ大型の強力な魔獣から採取される魔臓のほうが品質が良いため、一撃で致命傷を与えることのできる大剣使いが昨今の主流となったためだ。
という思考が頭で繰り広げられていたが、はっと大事なことを思い出す。
―そういえば、彼は魔状師だ。
思わず苦笑する。さっきまで『巡』行使をその眼で見ていたのに呆けてきたのだろうか。近接戦の天稟があるが故、一瞬抜け落ちてしまっていた。
そうだ、彼には魔状がある。それを考えれば、クレア以上の争奪戦になるだろう。いや、そもそも開拓者になる前に国属として登用される可能性の方が高い。
暑さが和らいだ頃に三か月ほどハイシェット村に戻ったが、年越しして再びヘケット村にやってきた時、村の誰かにせがまれて魔状を行使したことがあった。
そして思い知らされる。
魔状の力は、一個人の力や技など軽く凌駕してしまうことを。
あれほどの力を見せられれば、なるほど魔状師は国に使えるべきだと痛感する。少なくとも、村のような小さい土地に縛り付けてよいものではないだろう。
個の才能で、万の人間を救える可能性があるのだ。 ―もちろん、万の人間を殺すこともあるだろうが。
彼をこの先どうするのか。一度マーリンさんと話してみる必要がある。
ゼンネルは記憶に留めておく。
――
「いってえなこの」
「一応当たるギリギリ手前で加減しましたよ」
まあそりゃわかる。じゃなきゃ『巡』行使状態の斬撃が打ち身程度で終わるはずがない。それに『鬼子』も『巡』を行使した魔状者も体の傷の回復が常人よりかなり早い。この程度の打撲なら腫れることもなく夜には痛みが引いているだろう。
にしてもまた負けた。身体は以前より格段に動くのに、最近の勝率が悪いことは自覚している。ヘケット村に滞在し始めの頃は余裕で勝つことが普通だった。調子が悪いわけではないのに勝って敗けてを繰り返しているということは、もう実力はほぼ変わらないことを意味していた。
まさかこれほど早く追い付かれるなんて。
嫉妬はそれはまああることはあるが、どちらかといえば感心のほうが勝る。
ヨウはついこの間十四歳になったらしいが、年齢からすれば異常なほど落ち着いていて理論的だ。
ぶっちゃけクレアの目からすれば「んーなんかこむずかしいこと考えてんなぁ」という程度の印象だったが、訓練を開始した当初からゼンネルはヨウのこの性格を手放しに褒めていた。
悩む前に飛ぶ性格のクレアについても高く評価してくれるので、どちらが優れているという話ではないようだが。「ヨウくんの性格が二割でもクレアに遺伝すればありがたいんだけど」という様々な意味を含んだ発言は物議を醸したが、ともあれどちらの性格も長所であり、過ぎれば短所ということだ。
しかし、最初は大して良いとは思わなかったヨウの性格も、剣を交わし、共に修練する中で大切なことであったと気づく。
ヨウは私からすれば「そんなに必要か?」というほど訓練内容についてゼンネルに確認する。
この訓練で何が身に着くのか。どんな時に役に立つのか。より効果的にするために気を付けるべきことは。
―要約すればそんな感じ。
やれと言われた訓練をやる人間がほとんどの中でヨウは異色だったし、ゼンネルの訓練を疑うようなその質問に好意的な印象を持たない者もいた。
だけどもうそんな人間もいない。
ヨウは誰よりも訓練の必要性を理解した上で、『確かな一振り』を誰よりも数多くこなし、一段昇っては一息つくを繰り返す村人たちを横目に数段飛ばしで駆け上がっていった。隣を猛スピードで通り過ぎていったヨウを見て周囲もやっと理解する。
ヨウが正しかったのだ。
あいつのあの姿勢こそが、ゼンネルの指導に対して最も誠実だったのだ。
一日一回は必ず手合わせしていたクレアがいち早く気付き、ヨウとゼンネルに教えを請うた。
周りとは徒歩と馬車並みに違う成長速度。クレア自身もアドミラドリア戦以降は伸びている意識はあったが、それでもヨウと比べれば駆け足程度だ。強くなるための最速経路を示してくれた年下の弟分に、頭を下げることを厭う気持ちは起きなかった。
一人が変われば周りが変わる。
今では訓練メニューも少し変わった。皆で知恵を出し合い、より効果的な訓練がヘケット村に根付いてきていた。
――
「……なあ。前も聞いたかもしんないけど、なんで私の剣そんなに避けれんの?」
こいつからもう一つ学んだことがある。
素直は美徳だ。
「割と真面目な話ですか?」
「不真面目に答えてほしいように見えるか」
そう返すと、ヨウは考えるように一拍置いて、目を合わせないまま口を開いた。
「一瞬の判断なのでおそらくなんですけど」
「俺は肩と、あと腰?というか太もも辺りで判断してるような気がします。 クレアさん、おそらく強く剣を振るために、直前にテイクバック……うーんと、力を溜めるために直前でもかすかに後ろに引いているんですよね」
ヨウが身振りで表す。
「後ろに引く向きである程度どんな斬撃が来るのかを判断できます。……何ですかその目」
「いや、別に疑ってはねえんだけどよ」
「それは疑ってるやつが言うセリフです」
「ほんとにそこまで見て避けてんのかなって」
「やっぱり疑ってた」
ワザとらしく腕を組んで不満を表すヨウ。
それでも納得しかねる顔を崩さない私を見ると、再び考え込むような顔に切り替わる。
「確かに、あの一瞬一合の中でそこまで思考して動いているわけじゃないですよ。今みたいに、後で説明を求められて言語化したらそうなるってだけで」
「ちょっとナニいってるかわかんないんだけど」
「うーん、つまりですね」
と言った瞬間。ヨウは腕をしならせ手の甲を振り払うようにしてクレアの顔面へ裏拳をお見舞いしてきた。
一瞬体が硬直したものの、すぐに立ち直り顔を外側に振ることで躱す。
避けたクレアを満足気に見やった少年が問いかけてきた。
「どうです。クレアさんは今どうして外側に回避したんですか?」
「いきなりやんなよ。びっくりすんだろ。……いや、なんとなく?」
「頑張って言葉にしてみてください」
「えー……。んー、裏拳飛んできたから、内側に逃げても腕が当たるだろ。だから下か外になるんだけど、下に逃げるよりも首振って外の方が早かったから、……確かに、な。言葉にすると色々やってるみたいになるわ」
言っているうちに気付いた。ヨウの言う通りだ。
「そーゆうことです。本能で生きてるクレアさんも実は色々考えてるわけですね」
「殺されたいの?」
赤い髪とは対照的な氷点下の眼差しを向ける。
「まあまあまあまあ落ち着いて。ということで、どうしても小難しい話になるんですよ。でも間違ってないんです。人間の脳は斬撃の事前動作で取得できた各要素をかき集めて、本能的に一瞬で処理しているんです。で、最初の話に戻るんですが」
「クレアさんが剣を放つ前の動作で一番目について、且つわかりやすいのが溜めの動作なんです。おそらくそれを瞬間的に感知して、ゼンネルさんも躱すか受けるかしているんじゃないでしょうか。逆に言えば、それを解消すれば初動が格段に読みにくくなるはずです」
馬鹿にされてむー、と口を曲げたクレアだったが、わかりやすく噛み砕かれた説明に最後は納得した。
「なるほどな……。ありがと、役に立ったわ。これでお前倒す目途立ったし」
「まあそれでも躱しますけど」
「はは!」
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「てな話をしてたんだけど」
稽古も終わって夕餉の時間のこと。クレアはゼンネルに今日のヨウとの話を聞かせていた。
ヨウの初期動作についての見解に、ゼンネルはうなった。
「理解してもらうのが中々難しい話なんだが、まさかクレアを納得させることができるとは」
「2人とも今日はケンカ売ってんのかな」
ゼンネルはむすっとした顔の妹を愛しそうな目で見た後、ヨウとは違いすぐに謝って話を戻した。
「だが実際その通りだ。上級者ほど、斬撃前の初動は極限まで削られている。地道な訓練になるが、敏い人間には間違いなく有効だ。早速明日から意識やっていこうか」
「ありがと。了解」
笑って感謝の意を示した後、妹はふと問いかけた。
「でもさ」
「うん?」
「ヨウは、初期動作の粗を掴んで躱してたって言ってたけど、本当にそうなんかね」
「……どういう意味だ? 俺としてもヨウくんの回避技術は、『反射神経』に加えてさっき言ったような『洞察力』が融合されて初めて可能なものだと感じるが」
「まあそうかぁ。うーん、まあそうだよなあ」
「なにか気になることがあるなら言ってみな」
「気になるっていうか。『洞察力』だけじゃ避けきれないものまで躱してる気がするからさあいつ。ヨウに一対多の乱戦形式で仕合させたことあったじゃん」
「ああ、あるね。……なるほど、確かに」
「あいつケイズが完全に死角から放った突きを体捩じって避けただろ? それだけじゃない。初めての乱戦で戸惑ってはいたけど、結局有効打をもらわなかった。最初くらいはいいのもらうと思ってたのに」
あんとき思ったんだよね。とクレアは脳裏であの日を再生しているかのように、虚空を見上げながら話す。
「こいつ、ものすごい『勘』が鋭いんじゃないかって。反応が超絶いいのはわかってたけど、それは面と向かった対戦の中で一番効果を発揮するじゃん。目に見えない場所からの攻撃を防ぐのに適してるわけじゃない」
「あいつはもちろん『洞察力』もあるんだろうけど、根っこの部分じゃ、もっと別の、本能でしかできないような能力で回避してるんじゃないかって。……まあわかんないけどね」
最後は照れたクレアの言葉に、ゼンネルは思わず再度唸ってしまった。
確かに。
確かにヨウは時折超人的な反応で回避する。完璧に決まったと思った会心の一撃ほど、ヨウはこれ以外ないと思える動作で躱す。その時は「恐ろしいほどの反応速度だ」と感嘆して終わっていたが ――なるほど確かに。言われてみれば『勘』や『嗅覚』といったある意味不確かな能力が根源と言われても否定できない。
大別するならば、『洞察力』は技術と経験であり、『勘』は本能と才覚だ。
簡単に分別できるものでもないが、大まかに分ければそうなる。とすると、技術も経験も積んでいないヨウの回避技術は成程『勘』が根っこにあると言われても納得してしまう。
「ま、どちらにしてもさ」
クレアの声が、深い思慮の海に沈んでいくゼンネルの意識を急速に浮上させた。
「あいつが来てから、どんどん強くなれてる。感謝しかないよ、ほんと」
嬉しそうに笑うクレアに、今日何度目かの「確かに」をつぶやく。
「これから立村祭の準備も始まるし、今年は宴も豪華になりそうだしな。ヨウくんにもいい思いをさせてやりたいところだ」
「狩りが近年稀にみる大量だったからな。楽しみだ」
立村祭はヘケット村が誕生した日を祝って村内でお祝いをする日。
ヨウの滞在とも重なるので、お祝いの宴では多くの少女がお近づきになろうとするだろう。
楽しそうにしている妹を見ながら、どうなることやら、と今から不安になる兄であった。




