イモとトマトゥルと私
可及的速やかにヨウの取り扱いが決まった後、マーリンが辞するタイミングでホズルが声をかける。
「そういえばマーリンさん。少し前にロイさんから手紙で言付けがありましたよ」
「ロイか。行商役でソラの夫だったか。何かありましたか?」
「いえ、それが」
何とも言いにくそうにホズルが言葉をさまよわせる。
マーリンはじっと待った。
「……ハイシェット村に帰る途中にヘケット村で一泊させてほしいと。まあそれはいつものことですし、ロイさんの荷物を楽しみにしている者も多いので助かるのですが」
迂遠な言い回しは、言いにくいことがある証左だ。
「今回は護衛役として、ゼンジくんとジンくんが付いているとのことでした」
片眉がピクリと動いた。
「あの二人が? 里帰りついでに護衛か。フーフォンテで華々しく活躍中と聞いていましたがね」
鼻で笑うようなマーリンの声音に、伝えただけのホズルと近くのゼンネルも顔がこわばる。
「どうも、ロイさんに無理を言って護衛の任に着いたようです」
「つまり、縁故でもなければ遠隔地の護衛任務も受けられない等級ということか。まあ、そんなものでしょう」
活躍の噂など毛ほども信じていなかったことが余すことなく伝わってくる。
「ともあれ、お伝えいただいてよかったです。あいつらが戻ってくるとなると、少しハイシェット村も騒がしくなりそうだ」
「道中で問題がなければ、そろそろロイさんがうちに到着する頃ですね」
自己評価だけが肥大したあの二人が戻ってくることを考える。
関わらないこともできるが、兄のほうは何のかんのと俺の周りで騒がしい。
小さくため息を吐き、ゼンネルに連れられてヨウのいる稽古場へと向かう。
「そうか。ヨウのこともあるか」
面倒になりそうな気配を感じ、マーリンはさらにため息を重ねた。
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「リュシー!」
「シエル姉。どしたの急いじゃって」
少し上がった息で扉を開けたシエルを見やる。
どこか嬉しそうだ。なにかいいことでもあったかな。
「うふふー。実はね、今さっきユウラさんと会っちゃって」
「ふんふん?」
「そしたらね。今ちょうど帰って来たんだって!」
誰が。と聞こうとしてすぐに思い出した。急に村からいなくなった男の子を。
「え、ヨウ?」
「そうそう。マーリンさんとのお仕事無事に終わったみたいよ。忙しそうだったから聞けなかったけど、なんかすごい活躍したみたいだし」
忘れていたようでどこかにつかえていたらしい心配の種が、するりと流れて消えていった。
そうなんだ。帰って来たんだ。
無事に終わったんだ。よかった。
「でね?あのね?」
「なによー」
すり寄ってくる姉。
シエル姉は外ではおっかなびっくり過ごしているため、楚々として控えめなイメージを持たれがちであるが、意外にもはしゃぐし男性にだって興味あるし、姉の強権を使ってくることだってあるのだ。
もちろんそこで無理強いしないのがシエル姉だが、最近はそれも作戦の一つではないかとさえ疑っている。
「ヨウくん今日はもう仕事せずに村長さん宅で過ごすらしいから、だれか話とか聞きに行ったりしないかなーって。えーっと、思いまして」
てへへ。みたいな顔をして照れた顔をする。我が姉ながら可愛い。
そして自分は恥ずかしくてできないことを妹にさせようとしている。控えめな態度の割に強欲である。
「いや、用事もないのに行けないよ。ヨウとも幼馴染みたいに気安いってわけでもないんだよ?」
シエルほどの抵抗感はないが、わざわざ男の子に会いに行くのはリュシーだって恥ずかしい。
さらに、人をダシにして男の情報を手に入れようとする人妻に反発したい気持ちもある。あなたはもっと夫を大事にしたほうがいい。
「あ、それなら大丈夫!さっきユウラさんゴショイモ足りなくて外に出たらしかったから、うちにある余ったイモ届けますって咄嗟に言っちゃってるから!」
なんて野郎だ。
そして何が大丈夫だ。しかもそこまで自分で言っておいて妹を送り込もうとするとは。
「ごめん、つい……」
妹の目がキツくなったことを敏感に察知したのだろう。しゅんとして謝ってきた。
私はこの顔に弱い。というか、家族の悲しい顔をするのはあまり見たくない。
それに、別に大して怒っているわけでもなかったから。
わざとらしく長いため息を一つ。
「わかったよ。そんなに落ち込まないでよ。ゴショイモ持って村長さん家に行って、ヨウと軽く話してくればいいんでしょ」
途端に輝く姉の顔。わかりやすいものである。
「りゅーちゃんありがとー!あ、今やってる仕事も残ってる仕事も、もちろん全部私やっておくから!はいイモ!」
どこに所持していたのか迅速に渡されたゴショイモに苦笑いしつつ、奥の部屋にいる母に一声かけてから外に出た。
母の部屋にある鏡でついでに服を確認したのも、ついでに櫛でさっと髪の毛を梳いたのも、別に、特に深い意味はない。
――
「あらリュシー。あなたが届けに来てくれたの?助かるわー」
「いえ、ゴショイモは今うちにけっこうあるので是非使ってください」
「ありがとう。お礼にこれ持って帰って。ナハセ村でとれたトマトゥル。個人的にいっぱいもらったからリュシーの家にもおすそ分け」
トマトゥルは赤い果肉とゼリー状の果肉が特徴のほどよい酸味と強い旨味を持つ野菜だ。
ハイシェットでも栽培されているがナハセのほうが力を入れているので、やはりナハセ村産のトマトゥルのほうが美味しい。
「以前夫が助力した時のお礼を、マーリンさん達がナハセ村で依頼をこなしてきてくれたついでに受け取ってくれたの。これからしばらくはトマトゥルの料理が続きそう」
マーリンという言葉に取って付けたように反応する。
「あ、そういえばマーリンさん、とヨウくん。帰ってきたんですよね?」
「ええ。依頼の方も普通ならかなり大きい仕事になってたらしいんだけど、二人の力でしっかりと収めてくれたらしくて。ナハセ村の村長さんもヘケット村の村長さんも、手紙には最大級の謝辞を書いてくださってたわ」
「へえー!じゃあ、ヨウも活躍できたのかな?」
そこでユウラさんはくすりと笑った。
「気になるなら、本人に聞いてみればいいんじゃないかな?少し前に木剣もって庭に出てたわよ」
「そ、そうですね。じゃあちょっとのぞいてみます!」
急激に顔が紅潮する。
ユウラさんの悪戯っぽい笑顔をそれ以上見れず、宣言して足早にその場を離れた。
そんなリュシーをニコニコしながら目で追っていたユウラだったが、ふと悲しげな表情になってつぶやいた。
「でも、そっか。あの話知らないのよね」
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空気を裂く音がする。
近づくほど音は大きくなり、痛めつけられた空気が委縮してしまったせいか、ヒリヒリとした緊張感が庭を満たしていた。
―いた。
少し長い髪を散らせて、型稽古を繰り返す少年が目に入った。
「……お邪魔かな」とつぶやいて、しばし稽古に見入る。
何度も何度も同じ動作を繰り返す。淀みのない動きは素人目にも綺麗だと感じた。
どれほど経ったろうか。最後の斬撃を振り切った後、荒い息をつく少年をただぼんやり見つめていたが、ふとその目がこちらに向いた。
一拍遅れてリュシーも我に返る。
「あれ、リュシー?」
「あ、ああははは。ヨウ、今日もがんばってるねー」
「……? そうだな?」
変な声のかけ方になってしまった。
「大失敗」という単語が脳内を埋め尽くす。なぜかはわからないが。
「なんか久しぶりに会った気がするな。村長さんの家に用事?」
「そうそう。ゴショイモをお裾分けに。あ、その分トマトゥルもらったよ」
「あー、ナハセ村の。ものすごい荷台に乗ってたからなあ。今日はトマト、じゃなくてトマトゥル料理だろうな。楽しみだ」
「美味しいよねー、ナハセ村のトマトゥルは特に。トマトゥル味のゴショイモの煮物かな?」
「明らかに美味しい組み合わせだ」
始まりは微妙だったが、二人はすぐにいつもの会話の空気に戻ることができた。
「そういえば聞いたよー。魔獣の討伐だったんでしょ?それで活躍したんだって?」
「まあ俺より活躍した人はいるけど。自分にできる限りのことはやれたって気はする」
ヨウは聞かれるままにナハセ村とヘケット村で起きたことを順序よく説明した。
魔獣との戦闘の話のたびにリュシーはリアクションしてくれるので、ヨウとしても話していて楽しかった。
「はあー……。充分ヨウも大活躍じゃない。すごいねー」
と、そこでリュシーは思い出したように声を上げた。
「あ、ねえ! じゃあ前言ってたマーリンさんの仕事を手伝う役に、ヨウはもう認められたってことになるの?」
「よく覚えてたな。そう、まだホズルさんからしか聞いてないけど、充分マーリンさんの助手としてやっていけるって言われたよ。つまり戦力として認められたってこと、のはず」
「すごい!良かったねー!おめでとう!」
真っ直ぐな祝福の言葉にヨウは少し照れつつもお礼を言った。
「じゃあこれからは、日中は開拓の仕事じゃなくてマーリンさんの家で魔状の修行?」
この言葉で、ヨウはリュシーに言ってなかったことを思い出す。
「いや、これはマーリンさんがさくっと決めたことなんだけど。俺はこれからしばらくヘケット村で暮らすことになったんだ」
「……え?」
「うん。ヘケット村のゼンネルさんって人がいてさ。その人剣技がすごくてマーリンさんも認めてる。『巡』の訓練のために、その人の元で剣術を学ぶことになってる」
「えっと、じゃあヨウしばらくはいなくなっちゃうんだ……。それは、いつから?ていうか、いつまで?」
「明日からすぐかな。いつまでかはわからないけど、定期的には帰ってくることになるはず。三、四月ごとにハイシェット村に戻って、て感じ。マーリンさんからまだまだ『及』も学びたいし」
「へー……、そうなんだ……」
「どうした?」
「あ、いやちょっとびっくりしただけ!でも、ヨウもやっぱり男の子だね。こうさ、強さを求める感じがさ!」
暗くなったり元気になったりと上下動するリュシーを怪訝に思いつつ、ヨウは今言われたことを反芻した。
「俺は強くなりたいのか」と自身に問えば、答えは間違いなくイエスだ。
しかし誰よりも強くなりたいとか一番になりたいとか、強くなること自体を目的にしているわけではなかった。
強さは支えだ。
率直にぶっちゃければ、強さは保険だ。
「そうかも。でき得る限り、強くなりたいって思ってる」
リュシーがこちらを向いている。思ったよりずっと真剣な目に少し驚く。
「……俺は運よくここに来られたけど」
「……?」
「以前の俺は、なにかやりたいこととか、すべきだって理解してることがあっても、どっかできない理由を探して結局諦めることが多くてさ」
ヨウが過去の話をし始めたことに、逆にリュシーが驚いた。
「そのせいで、今でも息が止まるほど後悔したことがあるんだよ」
話しているだけで、あの時の絶望とも言える後悔の記憶が忍び寄り、鳩尾の奥をきゅうきゅうと締め付けた。
一本の針に偶然落とした米粒が刺さるほどの確率で起きた強運を振り返ったとき、やってくるのは安堵や喜びではなく恐怖だった。
ヨウは確かに救われたが、これほどの幸運が不慮の事故で意識を失った不運と釣り合っているだろうか。
再び手に入れた時間と機会。再び選ぶことのできる人生の進路。毎朝起きては今日が昨日の続きであることを確認する。そして胸を撫でおろす。
この奇跡を無駄にしてはいけないと、毎朝毎夜思い続ける。
後悔しない人生など不可能だが、それでもやれることはやっておかなければ気が済まなかった。
「だから、これからはもう、ビビって選べなくて後悔するようなことはしたくないなって。そう思うとさ、やれることをやれるうちにやっておこうって気持ちが強くなって」
前世の波戸陽路が尻込みしていたのは、結局のところ今の自分に自信がないからだ。
この世界のヨウは、何を選んでもどうなったとしても大丈夫だ、と言える何かを持っていたかった。
「強くないとやれないこととか、押し通せないことって多そうでしょ。この世界は特に。……やりたいことをやる時のために、今は少しでも強くなっておきたいんだよ。多分」
長く語ってしまったが、リュシーの反応がない。
気になって横顔を見た直後、大きく息を吸う音が聞こえてきた。
そして盛大に息を吐く。
「……そっか。なんか、色々あったんだなって。よくわかんないけど、よくわかったよ」
そしてにっこり微笑んだ。
「ありがとう話してくれて」
「いや、いきなり語りだして悪かったよ。むしろ聞いてくれてありがとう」
「いやいや、いつでも言ってよ」
そう言うと、勢いよく立ち上がって形の良いおしりをはたく。
「さってと、そろそろ帰らないとね。今日はうちもトマトゥルの料理だよ!」
「たぶんゴショイモも晩ご飯に出るだろうな。ありがたくいただきます」
「おうおう。私に感謝して食べなよー」
最後はふざけ合って話しながら手を振ってわかれる。
「ヨウ」
少し進んだ後、リュシーが振り返った。
「ん?」
「応援してる。頑張れ」
「? おう、ありがと」
今度こそ、リュシーは大きく手を振って駆けだした。




