稽古(vs クレア)
「あー!くっそ。全然つええじゃんか!」
首に手を当てながらウィンが早々に騒ぎ出す。自分より稽古時間が短い者に敗ければ腐る人間も多いだろうに、彼は悔しがってはいるものの負の感情はなかった。そのことに俺は安堵する。
「つええなヨウ。すげえ簡単に躱してたけど」
「どうやら躱すのは得意みたいだ」
「自分のことだろ」
他人事のような俺の答えに笑ってツッコむヤハト。それにウィンも加わって感想戦が始まった。
一しきり意見交換して次はヤハトと、という流れになったその時。
「―ヨウ。私と一戦やってくんない?」
少しざわついていた空気が、逆にぴたりと静止した。
俺も驚いて数瞬フリーズする。
「えっ、と、クレアさんが?」
ウィンが呆然とした声を出す。
それもそうだ。クレアはこの村で二番目に強い。剣を始めてわずかの俺の相手としては明らかに役不足である。
(でも、俺も試合してみたいな)
クレアさんの戦いを見てから、一体どれほどすごいのか一度体感してみたかったのだ。
アドミラドリアの一戦はそれくらい衝撃だった。
それに稽古の剣ならば死ぬ可能性もないだろうし。ただの手合わせ程度だろうし。
受けて立つ空気を感じたのか、クレアさんがニッと笑って身を翻した。
「やる気なら剣変えなきゃな。私とやるとすぐ折れちまうし、ちゃんと芯のはいった模擬剣じゃないと試合になんないからさ」
……あれ。急に死の影が。
しかし試合してもいいものなのか。
俺がそっとゼンネルさんを伺うと、あちらも首を縦に振った。問題ないようだ。
クレアさんが声もかけず模擬剣を放り投げてくる。―横から飛んできた剣を、俺は視線も切らずに片手でキャッチした。
気付いてなかったが、離れて見ていたゼンネルはその動作を興味深そうに視ていた。
「じゃあ、俺からもお願いします。実はちょっと手合わせしてみたかったので」
「……へえ。意外と好戦的じゃん。そういうのけっこう好きだよ」
ニヤリ、というより、ニタリと楽しそうに笑うクレアさんから、獣のような獰猛さが漏れ始める。
魔状でもないはずなのに、俺の首から背中へ不快な虫が這い降りる。
(これはやばい)
今回は立会人の宣言など不要だろう。
彼女が飛び掛かってきた時。それが開戦の合図だ。s
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とりあえず、ウィンの時と同じくらいの距離を取った。
その直後。
ざり、と彼女の足元の砂が鳴った。と思った瞬間―
(――!)
―間近まで一歩で移動したクレアさんの模擬剣が袈裟の軌道で振りかかってきた。
考えるより速く手が動く。
思考を挟む余地がない時、慣れていない人は安易に攻撃から一番近い体の部位で防御しようとする。
まさに今の俺だ。
袈裟斬りの軌道上に模擬剣を差し入れて受けようとし。
「―っ!」
激しい音とともに、防いだ模擬剣ごと押し込んで、俺の身体にクレアさんの模擬剣と自分の模擬剣がぶち当たる。
(なんて力!想像よりはるかに上だ)
「素人が甘く見積もるもんじゃないよ」
くそ。全くその通りだ。
激しくぶつかった右あばらもだが、それよりも手がジンジンとうずく。
近づいた状態から敵は片足を大きく一歩下がって距離を少し空けたかと思うと、きゅるん、と胴を連動させた重みのある回転薙ぎが飛んでくる。
―無理だ。近距離の薙ぎは避け難い。
ならば。
今度は意識と無意識が瞬時に噛み合い最適の防御行動をとる。
剣閃の軌道にいるクレアさんに向かうように一歩踏み込み、模擬剣を縦に構えて体に沿わせ剣身に片手を添える。重心を低くし完全防御の形を取る。
再び衝撃音。模擬剣とは思えぬくぐもった重い音が響く。
「つぅっ!」
根本付近に当たりにいったのに、ありえないほど弾かれる。
剣に密着していた左半身は明日間違いなく青アザだ。
しかし体勢はすぐに戻せる。次こそ。
(次こそ完璧に迎え撃つ)
―『鬼子』と常人の差など知らない俺はこのとき気づいていなかった。
ゼンネルも、ウィンもヤハトも他の村人も。そしてクレアも。
『鬼子』との初手合わせで二合目まで耐えたヨウの姿に心底驚いていることを。
――
(三メートルくらいはじき飛ばされるとは。それほど重量差は無いのにありえない)
いや実はクレアさん重いのか。いやそんな馬鹿な。
しかし本当に、固い芯の模擬剣が折れてもおかしくない。
だがクレアさんも本気じゃない。全力でやれば一合目の時点で骨が折れている。
(―活路は初撃。やはり一撃目を避ける。後の先は出たとこ勝負)
意識的に後の先の型に当てはめようとしても現実の速度には追い付けない。
だから型など今は考えない。
避けて斬る。
それだけに集中することに決めた。
離れて仕切り直しとなった空白の時間で、ヨウはこの世界でもオーソドックスな正眼の構えから、中段にあった腕を下げ、相手から見て半身になり、少し前傾した構えに移行した。
少し前のめりだが、それは日本人からすれば居合斬りの構えに近かった。
「む……」
ゼンネルが声を上げる。
明らかに、「受ける」ことを考えず「避ける」ことに特化した構え。
「躱しきることに賭けたか」
それはクレアにも伝わった。
受けるための剣も腕同様に下がり斬り上げ以外に剣を振れず、躱せなければ致命傷となる構え。おおよそ実践では使えないような無謀な対応に思える。
しかし、二人はその選択を悪手と思わなかった。
(この少年には、賭けるに値する天稟がある)
だからこそ、クレアも笑みを深くする。
自身の常人離れした膂力ゆえ確かに本気で仕合うことはできないものの、手を抜くと言えるほど力を緩めているわけでもない。
しかしヨウは『鬼子』である私との二合の撃ち合いの上で「三合目の斬撃は躱すことができる」と踏んだわけだ。
―うぬぼれているようには見えねえ。
クレアは逆に試されているような気分になる。
初心者との模擬剣での稽古にも関わらず、脳内から興奮物質が噴き出すのがわかった。
(力抑えらんないかも)
だめだ、笑いが止まらない。
ならば避けてみせろ。そして一撃当ててみな。
売られた喧嘩を買うように、柄を握る手に力が入る。
気付いたゼンネルに稽古を止められる前に、クレアは地面を踏みぬいた。
――
瞬歩で接近し目の前で剣を振るうクレアを視認していたのは、間違いなく無意識に住む自分だった。
一合目は防御したヨウだが、今回は避けることしか頭にない。
近づくと同時に放たれた上段からの真向斬りと擦れ違うようにヘッドスリップし、頭から斬撃を避ける。
この瞬間、ヨウの頭には何も無かった。空っぽだった。
己が身のすれすれを切り裂くように通り過ぎた一閃を他人事のように視ていたが、直後響いた地面を叩く音によって我に返る。
急いで剣を薙ごうとするが、たった今地面を抉った剣は既に二撃目を放っていた。
急拵えの初心者の薙ぎと、幾分殺気の混じった鬼子の薙ぎ。どちらが強いかは明白だった。
ヨウの剣が勢いよく弾け飛び、若干弱まったクレアの剣が脇腹へ吸い込まれる。
「やめ!」
ゼンネルの少し焦った声によって、手合わせは終わった。
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「いったー……」
「やー悪い悪い。最後の方ちょっと力入っちゃったわ」
折れてはなさそうだが、脇腹の鈍痛はじくじくと主張を続けている。
ゼンネルさんは苦い顔。
「お前はまた。せめて俺のときだけにしておけよ」
「途中まではそうしてたって。でも最後ヨウが挑発してたようなもんだし」
「ええ?」
身に覚えがない。ひどい言いがかりである。
「あのときのヨウくんは無意識だろう。乗せられたお前が悪い」
「あれぇ?」
否定してくれないだと?
「はいはいっ。まあ、そのー……ほんとにごめん! 次は気を付けるから」
「……いえ、こちらこそ良い経験になったので。ありがとうございました」
まあ挑発うんぬんは一旦置いておいて、実際に言葉通りだった。
俺は躱すことに関してはそれなりに自信を持っていいらしい。
かと言って剣技自体はお粗末だし、避けてからの斬撃はどうにかしなければ。
そこで、クレアさんが俺をじっと見つめていることに気付く。
何事かと思い、こちらも見返したまま静止していると、あちらが先に目をそらした。
「どうしました?」
「いや別に。 そういやさ、ヨウはハイシェットからこっちに移って剣の訓練本格的にやり始めんだよね?」
若干早口でクレアさんが聞き返す。
「そうですね。ウィンにも聞かれましたけど、いつからかはマーリンさんが来てからですかね」
「だね。まあ俺からもできる限り早くとお願いするよ。剣技については、みっちり教えてあげるから」
熱を感じるゼンネルさんの宣言に首を傾げつつ、俺はお礼として頭を下げた。
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午後。
地球と変わらぬように見える太陽が中天にかかった頃、マーリンがヘケット村へ到着した。
「もう終えていたか」
「ええ。しかし、ハイシェット村に助けていただいたことは変わりません。また、間接的にですがマーリンさんにもお世話になってもらいましたし」
「ふん、そうか」
意味を汲み取ったマーリンが一呼吸置いた。
「あれは役に立ったか」
「間違いなく。大量のアドミラジだけでなく、アドミラドリアも1匹仕留められましたよ」
そうか。と再びつぶやいた。
「ならば俺が留まる必要もないな。ゼンネル、今後の話をしたい」
村長宅で報告を受けるマーリンの前には村長ホズルとゼンネル。
アドミラドリアが番だったという情報には流石のマーリンも目を瞠ったが、その他は時折相槌を打つ程度だった。
先ほどの弟子の話以外は。
「ヨウくんですね。こちらはいつでも大丈夫ですし、大歓迎です」
「……?どうした。何かあったか」
「弟子のことには敏感ですね」とか言ってみたかったが、不機嫌になりそうな気がしたのでぐっと我慢する。
それでも口元がピクピクしていたのは見逃していただきたい。
「今日の朝稽古に参加してもらいまして……」
そこで不意に、今朝の妹との手合わせを思い出した。
特に最後。最小動作の最短経路で、斬撃を躱してみせた光景を。
「マーリンさん」
目が合う。出し抜けに名前の呼ばれた彼は、じっと言葉を待っている。
「―彼は、いずれ国属の前衛魔状師にさえ届きうる。そう思いましたよ」
その言葉に、隣の村長が目を剥いてこちらを向いたのがわかった。
貴族の中でも優秀な魔状師を輩出する名家でさえ座ることの難しいエリートの中のエリート席。国防の要となる『血系』の魔状師さえ在籍する一団に、身元不明で孤児扱いの彼が所属できると、ゼンネルはそういったのだ。
ゼンネルの目が曇ったのか、ホズルが慌てて目線の先のマーリンを見やり。
再度驚いた。
「まあ、そうだろうな」
マーリンは一言そう応えると、美味そうに茶をすすった。
――
その日、マーリンとゼンネルの間で短い話し合いは終わり、ヨウは本人の意志に関係なく一度ハイシェット村に戻って村長に挨拶した後、すぐにヘケット村に来ることが決まった。
食料などは全てヘケット村で持つ。魔状師が一人の食料と寝床だけで手に入るならば、村長としても文句なぞ一つもない可決法案であった。




