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稽古(vs ウィン)1

 敷地の中には既に三十人ほどが集まって思い思いに過ごしていた。

 村人は基本他の仕事を持っている。農地だったり開拓作業だったり木こりだったりと朝から忙しい。そんな中、朝早くから稽古にくる者が三十人もいることは、それだけ自衛の気持ちが強いことの証左だろう。


「今日はやっぱり人多いなー」

「あ、やっぱりこれは人多いんだ」


 さらに、昨日のこともあって皆モチベーションが高いようで、朝から訓練場だけ気温が3度は高い。


「まあねえ。流石に毎回朝来れるほど時間余ってる人はいないよ。俺らだってやんなきゃいけないことはあるしな」

「ただやっぱりこの村、他と比べて魔獣が多いらしいんだよ。だから父ちゃん母ちゃんも稽古は必要だって思ってくれてんだよね」


「あの森、近いからね」


 ここからでも視界に入る、しかしどこまで続いているのか見渡せぬほど深い森。

 (まだら)の森には、前線都市が相手取る開拓地や、その他の名のある森と比べると強い魔獣はいないと言われているが、先のアドミラドリアが現れたように村が相手にするには全く油断はできない。さらに、あれほどのアドミラドリアが森を出て里に降りてきたのだ。自然、警戒心が湧いてしかるべきだった。


 ゼンネルさんとクレアさんが家から姿を現すと、集まった人たちは口々に挨拶をする。

 俺らも挨拶しに近づくと二人も気付いたようでこちらに歩み寄ってくれた。


「おはようございます。ゼンネルさん」「「おはようございます!」」


「おはよう、朝から来てくれたね」

「おはよ」


 そこですぐに気づいた。


「お二人とも、もう稽古を始めていたんですか?」


 えっ、と同い年の二人と周囲の人は不思議そうな顔をしたが、当の兄妹剣士は少し驚いたような顔をした。


「……よくわかったね。クレアにせがまれて日が昇る前から手合わせしてたんだけど」

「昨日も思ったんですが、ここの水は独特な香りがしますから」


 多分俺がこの村に来たばかりだから気づいたんだろう。毎日飲んでいれば匂いにも慣れてくる。

 俺も朝に水浴びしたかったけど村長宅では遠慮して言えなかった心残りから、水の気配に敏感だった可能性もあるが。

 あと念のために言っておくと、水の香りは嫌なものではない。


「ここらで汗もかいていないのに朝から水浴びする人ってあまりいませんし、事実周りにはいなかったので」


 この二人は純粋な村の守り役だ。たまに狩りもするらしいが、なんとなく今日は狩りよりも稽古だろうと思っただけだった。

 だが、ここの村人からすれば俺は相当おかしなことを言ってしまったようだ。


「えー、普通気付かねえよそんなこと」

「もし気付いたとしても、そこまで深く考えねえな」


「魔状師になれるような人は、やっぱどっか違うんかね」「ありそうだな」


 どうも勘違いされてしまった。

 と、クレアさんは自分の二の腕をくんくん嗅いでいる。確かにお年頃の娘に言うことではなかったか。


「ま、とりあえず稽古を始めようか」


 ゼンネルさんの号令で朝の稽古が始まった。




**********************


 まずは柔軟。そののち走り込み。

 そして横一線で素振り。巻き藁への打ち込み。そして手合いと、最後にまた素振りという流れだそうだ。


 柔軟で特筆すべきことは無かったが、走り込みではウィンが張り合ってきた。

 どうも狙っている女の子が俺に興味を持っているようで、俺を負かしたという事実が欲しいらしい。


 しかし俺は前世、走ることに六年もの歳月を費やしてきた男である。


 ―心は三十路過ぎなど関係ねえ。俺に走りで勝とうなぞ愚かなやつめ。

 

 極限まで絞られる心肺機能への耐性を"言葉通り"魂が覚えている俺に、がむしゃらに走るだけのウィンが善戦するなどありえなかった。


 地面を殴りつけて大げさに悔しがる少年を尻目に、素振りの準備を始める。


 素振りはゼンネルさんが見回ってくれて、改善点があれば指摘してくれる。

 俺の前に来たゼンネルさんは、全身を視界に収めながら俺を眺めていた。

 はじめは気になったが、唐竹の素振りをするうちに思考が剣の軌道に収束する。

 大したことの無い風切り音だが、身体が徐々に微修正を始め、間延びした音が次第に切れ味のいい音になる。


 唐竹。袈裟。薙ぎ、逆袈裟、刺突―


「ヨウくん」


 無心で順々に繰り出すなかで急に後ろから名前を呼ばれた。


「あ、はい!」


 ゼンネルさんは稽古の中でも物腰は変わらず柔らかだった。


「短期間しか訓練していないと聞いていたけど」


 辺りを見回しながら言う。


「動きが馴染んでからの剣筋は十分鋭かったよ。もしかして素振りは嫌いではない?」

「ええと、そうですね。身体を動かしながら一つの所作を最……調整していくのは好きみたいです」


 思わず「最適化」という言葉を使いそうになったが、こちらには無い言葉のように感じたので途中で切り替える。


「大変よろしいね。たしかに、最初はバラついていた剣閃の具合も、徐々に安定してきてた。教えてくれたのはマーリンさんだろう? あの人の出自柄、剣速と正確さで勝負する型を教えられたと思うけど、ヨウくんの好みはそれに向いてるよ」


「マーリンさんの出自、ですか?」

「……そっか。そういえばあまり教えられてないんだったか。じゃあまあ本人から聞く方がいいか。今の無しで」


「それは置いておいて」という万国共通の手ぶりをしたあと、ゼンネルさんはさらに話を進める。


「ここで教えている剣は、どちらかというと大剣か両手剣の想定なんだ。だから違和感を感じる部分もあるかもしれないけど、相手を斬ることを目的とすることには変わらない。ちゃんと参考になるから、色々考えて取り込んでみてくれ」


 そういうと、いくつか改善点を伝えられてからゼンネルさんは離れて行った。


 ―このとき、遠くからクレアさんが観察するように俺を見ていたことに、俺は全く気づいてなかった。



――


 巻き藁で打ち込むのは楽しかった。

 重い木剣を振り回し、固めに巻き付けられた藁のその奥にある柱にまで衝撃が届くよう振り抜く。

 やはり手ごたえがあると違う。アドレナリンが放出されて破壊欲求が脳内に広がる。


「狙いが揺れてるよ。相手を想定して、面じゃなく点か線を狙うように」

「はい、すみません!」


 だが欲求のままに振り回していればすぐに指摘してくれる。


「今のままでブレていると、『巡』を使えばさらに定まらなくなる」


 そう言うと、ゼンネルさんは持っていた剣を振り抜く。

 腰の捻転も何もなく腕だけで振ったようにしか見えなかったのに、斬撃は俺よりも数段速かった。

 剣の先端が巻き藁を掠め、一部分に切り込みが入った。


「ここに狙いを定めて打ち込んで。どの斬撃でも百発百中になるまで毎日繰り返してもらうから」


 意外とスパルタ!



――


 朝稽古なのでそれほど時間は取れない。

 キリのいいところで打ち込みは終わり、巻き藁を片付けたらいよいよ最後の手合わせだ。

 ちなみに本当の最後は素振りだが、これは手合わせが終わった後の個々人の反省の時間なので実質の稽古は手合いまでだ。


「おっしゃ!ヘイヨーウ!俺とやろうぜ!」

「……いいよ、やろうか」


 ウィンのグルーヴ感ある呼びかけに一瞬前世を思い出しつつ、了承の意を示す。


「ウィンとヨウくんか。よし、じゃあやってみようか。ヤハトは一応見ててもらえる? 二人とも、ただガムシャラにやるんじゃなくて、何か一つ目標を設定してから手合わせするように」


 ゼンネルさんの言葉に頷くと、簡易な防具をつけて、お互いに大きく三歩ほど離れるよう指示される。

 周りの数人がこちらを見ており、その中にはクレアさんもいた。


「じゃあ、―はじめ!」


 特に囃すことも煽ることもなく、さらりとヤハトが宣言した。

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