番(つがい)
アドミラジの群れにアドミラドリアが二体いることは稀中の稀であるが、過去一度も起きていないというわけではない。だが、異常に低い可能性を考慮して行動することもまたナンセンス。
群れの中でアドミラドリアとなるべき二体が生まれた場合、どちらかが群れを離れるというのが通説であった。アドミラドリアが共存していた事例が極端に少なく、一体で行動するアドミラドリアが確認されているためそう言われている。
しかし今実際にヘケット村を襲うアドミラドリアは二体いた。
そして、過去の共存事例に対して、識者からある可能性が示唆されていた。
「番……」
先ほど二体目出現の一報を聞いたゼンネルはつぶやいた。
ゼンネルは西面にまだ向かえない。
断続的に出現する雌のアドミラジの討伐と指揮のため、ある程度正面で削っておかなければ安心して離れられない。
おそらくアドミラドリアの周囲にも一定数いるだろう。であればこのアドミラジどももそれほど湧いてこないはずだ。
何とかこの場に自身を押しとどめようとする気持ちとは裏腹に、ゼンネルから焦りが汗のように溢れ出してくる。
伝令役より、クレアの討伐が芳しくないことは聞いている。その状態で二体目が出ることはクレアの命さえ危険であることを告げていた。
「頼む、ヨウくん……!」
東面のヨウは一体目出現の時点で向かっていると聞く。
多大な犠牲を払わずしてアドミラドリアに勝てる見込みがあるのは、もはや彼しかいなかった。
――
「くそがっ」
口の悪さには定評がある彼女から悪態が口を衝いて出る。
二体目のアドミラドリア。
大きさは今戦闘中のものよりも小さい。そして体毛は雌のアドミラジに近いように見える。
(そんな話きいてねえぞ!)
叫びそうになるが、その言葉がどれほどダサいかはクレアでもすぐにわかったので今度は口を噤んだ。
今は雄のアドミラドリアに意識を割かねばならない。
しかし不幸中の幸いか。雌のアドミラドリアはジッとクレアと雄の戦闘を観察しているようだった。
クレアの他にいる支援役も二体目の出現当初は村を守るため死を覚悟したが、アドミラドリアが動かないことを見て取ると、今は刺激せぬよう息をひそめて待機している。
心中で考えることはみな同じであった。
―頼むから、応援がくるまで大人しくしていてくれ。と。
雄のアドミラドリアには深い裂傷が既に刻まれているが、まだまだ致命傷とはいえなかった。
太ももと掌の傷により機動力も攻撃力も下がっている。それでも戦意はいくらも衰えているようには見えない。どころか、今は痛みより怒りが上回っている。そんな目をしていた。
クレアも先ほど打ちつけた肩の鈍痛がなかなか引いてくれない。剣を弾かれた時の手のしびれもまだ残っており、あまりいい状況とは言えなかった。
だがやるしかない。
―私は、『鬼子』だから。
『鬼子』が今必要とされているのは、「強い」からだ。
自身の力に心身共に振り回されて厄介者としか見られない『鬼子』もいる中、クレアは違った。今の戦闘からも分かる通り全てを制御しているわけではもちろんなかったが、それでも強弱もつけられぬほど力に翻弄ことは無かった。
だから村に置いてもらえているし、貴重な戦力として扱われてきた。
クレアは考える。意識はせずとも、心の奥底にいつもある。
(魔獣を倒せなければ)
魔獣を倒せなければ、強いとは言えない。
強くなければ。 ――『鬼子』は村では暮らせない。
心を浅くでも掘ればすぐに顔出す、確信にも似た思い。
自分には強さしかないと。
自分は強いと、そう周囲に思ってもらわなければ集団の中で暮らしてはいけないと、無自覚ながら確として疑っていなかった。
だから、いつ何時も強さを見せることに執着する。精確さよりも派手さを知らず知らずのうちに重視してしまう。
「斬り潰してやるっ……」
実際、鬼のごとき力と速度を以てすれば、十五の歳でもアドミラドリア程度、圧倒することは可能。
経験値の少なさから今まで上手く事が運ばなかったが、きれいに斬るのではなく押し斬ることに割り切れば、アドミラドリアの巨体さえ吹き飛ばすことができる。
二体目が現れた時点で鮮やかに勝ち切ることは難しいことは分かっており、クレアは逆に踏ん切りがついた。
(二体目までは意識を割けない。……まだ私はこんなもんだったか)
強いと勘違いしていた自分が、己惚れていた自分がひどく情けない。
それでも、最後の一線は譲れない。
(だけど、お前にここは抜かせねえ)
強さを求めるのは何故か。自分の居場所を守るためだ。
では自分の居場所とはどこか。
―それはヘケット村以外にありはしなかった。
低く構え、引き絞るように腰を捻転し、そのまま留める。
溜めた力をいつでも放てるよう、巨体の一挙手一投足に集中する。
いつの間にか、クレアは無心の領域に踏み入る。
雄も本能で嗅ぎ取る。目障りに飛び回っていた羽虫の存在感が、急激に重くなったことを。
本能が知覚した濃密な死の可能性を消そうと、獣は一撃に賭けるための力を溜めこんだ。ただただ強くぶつかるために。
基本的に濃い鈍色等級(クラス2の上位)に分類されるアドミラドリアであるが、ヘケット村に現れたそれは通常個体よりはるかに大きい。単調かつ物理的な攻撃しかない魔獣であるためこのクラスに格付けされているが、逆に言えば突進等の巨躯をフルに使用した攻撃力だけで言えばクラスは一つ上がるだろう。その上平均以上に大きいアドミラドリアであれば、クラス3の上位に入る可能性さえあった。
向かいあう二つの個体は示し合わせたように一呼吸置いた後。
魔獣が爆発的な速度で駆け出し、一瞬でクレアへ突貫した。
体が交錯する刹那、クレアの身体がブレる。
同時に、押さえつけて溜めこんだエネルギーを剣身に乗せて一気に解き放ち、迫りくる獣の肉を水平に薙ぐ。
「―っああ!」
一閃を、クレアは今度こそ振り抜いた。
後方へ押し戻されたものの体制は崩さず、頭から飛び込んできたアドミラドリアの衝撃に耐え抜き、厚い大剣によって頭蓋を裂き骨を断ち、剣筋はついに臀部までも通過した。
これこそ『鬼子』。
底上げされているのは本当に膂力だけなのか、と疑うほどのすさまじい斬撃に、一部始終を目撃した人間は絶句する。
クレアは、間違いなくヘケット村の砦となる。
そう思わせるにふさわしい光景だった。
しかしクレアは。
「はあー。ちくしょー」
片割れのアドミラドリアが、風を巻き上げて接近するのが見える。
(もっと強くなれたのになあ)
悔やむ思いが滔々と湧き出てくる。確かにデカかったが、アドミラドリア如きでこうなってしまうとは。最後の斬撃がキレイに決まったことだけが慰めだった。あれを突き詰めていけば今よりずっと高いところに行けたのに。それが残念だった。
動き出したいが、手も足も痺れて言うことを聞かないし、大剣に至ってはひび割れてもう使えない。避けるも迎え撃つもできそうにない彼女は、五体満足で生き延びることを半ばあきらめていた。
―兄貴、ごめん。
残された自分を守るため、都市部で積み上げたものを捨てて戻ってきてくれた。
過保護なきらいもあったが、もう二度と家族を失う悲しみを味わいたくない気持ちは、私だってよくわかる。
せめて兄より後に死にたかった。
欲を言えば、今度は私が兄を守りたかった。
「……ごめんねえ、兄ちゃん」
幼い頃に戻ったような声が思わず漏れた。
支援役の村人はもう間に合わない。一撃だけであれば、この体なら耐えられるだろうか。
今いない兄に向けた声と同時にあふれた涙が土で汚れた頬を伝った。
その瞬間。
凍りついた風がクレアの頬を滑って一瞬で通り抜ける。
直後。アドミラドリアが爆発したように絶叫した。




