クレア
ブックマーク着きました。
うれしいです!ありがとうございます。
「ヨウって、あんたのこと?」
「そうですが、あなたは?」
聞き返すと、少女は少し驚いた顔をした。
「兄貴から話聞いてるんじゃないの? まあ挨拶はしとくか。クレアね、よろしく」
今度は俺が驚く番であった。
「クレア、さん? え、でも若い……?」
思わず一番近くにいた少年に顔を向けると、素直に頷いてくれた。ゼンネルさんの妹さんで間違いないようだ。
一連のやり取りを見ていたクレアは、目をしばたいた後納得の表情になる。
「ああー、若いってそういうこと。兄貴と年が離れてるっていうことか。最近は初対面の人に会うことなかったから忘れてたよ」
「すみません。勝手にゼンネルさんの少し下くらいの方かと思っていて。ヨウです、よろしくお願いします」
「はいはいよろしく。兄貴の母ちゃんは兄貴が小さいときに亡くなっててさ。その後けっこう経ってから兄貴の親父が私の母さんと結婚して、私が生まれたってわけ」
「いまはどっちもいないけど」とさらりと言い、今度はこちらを見つめてきた。
……なるほど。この子が『鬼子』。
手足が長くすらりとした体形だが、服からは女性らしいラインが浮き出ている。
髪の長い女性が多く感じるこの世界で、クレアはミディアムショートで肩にかからない程度の長さの髪を、さらに後ろに結んでポニーテールにしていた。
つり目がちでパッチリした目は猫目と評するにふさわしく、身長はそれほどでもないが俺よりは高い。
しなやかな体と目、ふてぶてしい態度から、中々靡かない野生の猫を思わせた。
「ふーん。確かになかなか恰好いいけどやっぱ細っこいね。『及』はすごいって聞いてるけど剣術は『巡』だよ。練習相手少ないから増えてくれると助かったんだけどなぁ」
確かに、『巡』状態と同等の身体能力である場合、練習相手になるのはよほどの剣技熟練者か魔状者。それか魔獣くらいになる。
狭い村では訓練相手を探すのも難儀するだろう。
「噂の魔状者をちょっと顔見に来ただけだから、すぐ戻らないと兄貴に怒られちゃうか」
剣の強さを感じさせない自分に興味を失ったのか、目を切ると来た方向へ進みだす。
が、最後にこちらを向いて言った。
「アドミラドリアが出たら、一分耐えてくれれば私が来てあげるよ。それまで頑張ってくれればいいからさ」
ひらひらと手を振り、その場で軽く跳ねた直後。
一歩目から最高速度に乗り、跳ねるように駆けていった。
残ったのは俺とサポート役の少年達と土埃のみ。
「なんか、すんませんでした」
「いや、多分あっちもそこまで期待してなかった節あるし、大丈夫ですよ」
若干煽られはしたものの悪意はなかったし、そよ風程度の可愛いものだった。
しかしなあ。
さてさて、どこにアドミラドリアは来るだろうか。大体こういう時は、一番弱いか、楽勝フラグ立てたやつに来ると相場は決まっている。この法則が異世界でも同じならば。
「現れるとしたら、俺かクレアのどちらかだな」
「?……アドミラドリアが? 正直西と東は念のためで、出るのは森の正面でほぼ決まりだと思いますけど」
真っ当に返してくれた少年に、俺も笑いながら返す。
「ただのなんとなくです。とりあえず、東に姿を現すはず、という心持ちでいることにしますよ」
それを聞いて少年も納得していた。
事態が動き始めたのは、その五分後だった。
――
だしぬけに騒がしさが近づいてくる。振り返ると、全速力で走ってくる少年。
俺が守る東ではなかった。さあどちらだ。
「西でアドミラドリアと複数のアドミラジが出ました!応援をお願いします!」
「承知しました」
サポート役の少年全員が驚きの目で俺を見ていた。
不思議に思ったが、西か東に来ることを当てたからだと思い至る。
フラグの概念は銀河系規模で共通のようだ。
さておき、急がねば。
『巡』を行使し足に力を入れ、つま先を跳ね飛ばして地面をえぐる。
心地よいアクセル感。風景を吹っ飛ばして柵を飛び越え、地面に靴底が触れた瞬間、弾けるように足を出す。
ほぼ一直線に村を横断しながら、しかし頭の中は冷静だった。
思考の対象はクレアについて。
果たして、彼女は応援が必要なのだろうか。『巡』と同等であるならば、一瞬で魔獣と交差し、その刹那に剣を振り切り、獣の胴体を上と下に断つことも可能な気がする。
加えて彼女は剣術を学んでおり、俺と比ぶべくもなく剣の扱いが優れているはず。俺が行ったところで戦闘が終わっている可能性さえある気がした。であれば俺は東面に留まり、残党のアドミラジを向かい打つ方がよいのではないだろうか。
しかし気になるのはゼンネルさん程強くはないという事実。何か欠点があるのかもしれない。
気にはなりつつもまずはお願いされた通り、俺は跳躍するように西の端へ向かった。
**********************
その五分前。
東面に近い森の端から、枯れ枝が折れる音を響かせて姿を現したアドミラドリア。
「やーっと来たか」
好戦的な一面を隠すでもなくクレアは笑った。
鈍足でもなく脆いわけでもないアドミラドリアは、その実クレアと相性がいいわけではない。
でも、私よりは遅い。
ウサギに触れられる前に八つ裂きにする自信が、クレアにはあった。
「さってと、兄貴とあいつが来る前に終わらせてやろうかね」
アドミラドリアは既に臨戦態勢。二足歩行から四足歩行に移行し、兎ではなく闘牛の如く地面を掻く。
そして太ももに溜めをつくったと思うと、重量を感じる足音を響かせて、巨体に似合わぬスピードで一直線に向かってきた。
時は既に夕闇濃い頃。黒く塗りつぶされた森から質量の塊が飛び出してくる。
村側では篝火を焚いているものの、明るく照らすことのできる範囲は思いの他狭い。
クレアは視界の悪さに舌打ちを一つ。しかしすぐに気持ちを切り替える、
アドミラドリアがはっきり視認できる範囲に来た時点でこちらからも飛び出してアドミラドリアに近づき、まずは一振り当ててあの突進を止める。
その後は接近と即離脱を繰り返して仕留めていく。青写真はできた。
篝火の明かりにより完全に姿を露にするまで、ぐっと待つ。
そして、アドミラドリアがその範囲に侵入し、その全容が誰の目にも明らかになった瞬間。
クレアが前傾姿勢で走りだす。
瞬時に最高速に到達し、まずは足を切断してくれようと襲い掛かった。
恐ろしい膂力。
それに任せて振り切るように放った斬撃はもちろん、アドミラドリアの幹のような太ももさえ断つにふさわしい力であった。
しかし、結果は伴わない。想定外の事態にクレアは目を見開く。
当然ダメージを与えられなかったわけではないが、剣は狙った位置とは別の部分をそこそこの深さまで傷つけたところで止まっていた。
「思ったより頑丈かよ!」
望む通りにならなかった現実に苛立った一言を吐くと、剣を引き抜いて一旦離脱。
振り切れなかったのは自分のせいではない。言外にそう聞こえるような言葉を無意識に吐いた。
だが都市部でも評価を受けていたゼンネルはこの結果を予想できただろう。
確かにクレアの言葉も間違っていはいない。実際、ヘケット村のアドミラドリアはナハセ村よりも一回り以上大きく、同じ魔獣の中にもランクがあることを顕著に表していたが、今回の本質はそこではない。
クレアは『鬼子』。常人から見れば圧倒的な力を持って敵を封殺できるが、そのために急所を狙うような精確な斬撃をおろそかにしがちであった。本人は努力しているつもりだろうが。
仕方のないことでもある。
精確な斬撃をしなければ勝てない存在はゼンネル一人しかいない。クレアの二倍以上の年月をかけて修練を重ねた兄でさえ、無造作に振った一振りではじき飛ばせるのだ。狙った位置へ剣を振る意識も低くなろう。
だが斬ることは、必ずしも筋力だけがものをいう世界ではない。
分厚い肉と固い骨を断ち割るためには。
肉の繊維に垂直に中てる。骨に垂直に中てる。腰を入れる。腕を抜く。インパクトの瞬間に強く握る。その他諸々。
非力な者が固い魔獣の装甲に刃を通すために、これらを意識的に修練し、無意識に実践しているのだ。
強者に対する経験値の低さ。そしてクレア自身の練度の低さが、今回の結果を物語っていた。
クレアもまた分かっていた。
この暗闇と篝火の相対で、先ほどの斬撃は上手く照準を合わせられなかったことを。
(今度こそ上手くやる)
兎らしさの欠片もないその図体を、調理用に解体してやる。
一足飛び、という言葉の通り、広いストライドで再度アドミラドリア目掛けて突進する。
が、ここでも経験の浅薄さが浮き彫りとなる。
広い歩幅は一瞬で距離を稼げるが、その分地面の接地時間も短い。宙に浮いているタイミングで打撃を受けたとき、カウンターで大きく弾かれるのだ。
アドミラドリアは頭は悪いが腐っても獣。本能的に動いた攻撃は無視できない鋭さを持つ。
自分より早く動く人間が接近してきたと思った瞬間、人間の倍以上の太さがある腕を大きく振るった。
「うがっ!!」
振るわれた掌が走りだした剣先と交錯する。
今回押し負けたのはクレアの剣閃。剣を持つ腕ごと後ろに弾かれ連動して体も引っ張られるが、慣性の法則により下半身は前に進もうとする。
その結果、後ろに回転するように背中から地面に落ち、肩をしたたか打ち付けた。
地面と激突した瞬間、肺に留めていた息が全て漏れ、激痛と同時にアドミラドリアへの意識が瞬断する。
しかしアドミラドリアの掌も無傷ではない。大きく肉を削がれ激しい痛みで後退したことで、クレアは命拾いした。
痛みから立ち直り再び魔獣と相対すると、もう一度大きく距離を取る。
それから二合三合とぶつかり合うが、浅くない傷は刻めるものの、確かな致命傷を与えるには至らなかった。
―なんでだ。なんでさっきから上手くいかない。
思うような状況に持ち込めないクレアは苛立つ。怒りと混乱、そして肩の痛みで目がくらむ。
自分が自分の力を十全に使いこなせているとは思っていない。それでもこれまで何とかなってきたし、大抵の魔獣は大した力を入れずとも易々と斬り潰すことができた。
なぜ今回は同じようにできないのか。
もう少しで兄も到着するだろう。もしかしたら、あの黒髪の魔状師が先かもしれない。
早く倒さないと。そう思い剣を構えなおした時、目の端が何かを捉えた。
本能が、目の前のアドミラドリアから意識を引き剥がした。
―森と同化した暗い闇の向こう。
そこにもう一体のアドミラドリアがいた。




