改修した魔状
「そういえば、今はどこに向かっているんですか?」
「ああ失礼。村を囲っている森側の柵だよ。ナハセ村でも同じだと思うけど、やはり森に近いところから被害が出ているし魔獣も多く出現する。森側の柵近くの住人はもう避難してもらってる」
柵が見えてくれば、なるほど確かに帯剣した人間が見える。
「あれ、ゼンネルさんどうしました? と、誰ですっけ?」
「ウィン、ケイズ、二人ともご苦労さん。今の魔獣の状況と村の造りを助っ人に説明しているだけだ。気にせず警戒していてくれ」
「え?そいつ助っ人ですか?」「ていうかマーリンさん以外で呼んでましたっけ?」
年若い二人に疑惑の目を向けられる。
とりあえず頭を下げておこうとしたところで、説明不足のゼンネルさんが追加情報を流した。
「この子はハイシェット村のヨウくんだ。マーリンさんのお弟子さんだよ。本人も馬車で向かってくれているが、それより早く着けるヨウくんが先に来てくれたんだ」
「え!?あの人、弟子いたんすか!」
ウィン少年が驚く。二人ともジンさんくらいの歳かな。ケイズくんは体が大きい。もう少し年上かもしれない。
「俺も先日ハイシェットに行った時初めて知ったよ。三か月ほど前、からだったか?」
「そうですね。それくらいです。初めまして、ヨウです」
ゼンネルさんの質問に答えた後、改めて少年達に頭を下げた。
「はあー。じゃこいつも魔状師?いや、魔状者か」
「まあなんか雰囲気あるけど」
口々に所見を言い合うが、どうも疑念は消えていない。
「こいつ本当に役に立つの?」という思いが分かりやすく透けて見える。
たしかに身体的な強さは彼らにも及ばなそうであるから、そう見られても仕方ないし、侮られても気にもしなかった。
過小評価なら安全側だ。過度に期待されるよりもずっといい。
が、ゼンネルさんはそうは思わなかったようだ。
「彼はまだ魔状も剣技も始めてから三か月だ。剣の訓練も型と素振りのみらしいしな」
ここで2人はあからさまにつまらなそうな顔になる。
うーん、低く見積もられるのはいいのだが、期待外れや失望されるのはあまりいい気分にはならない。
「ただ、魔状は短い期間、短い訓練時間で『及』を行使できるようになったと聞く。それにあのマーリンさんが戦力として寄越したんだ。……あんまり失礼な態度をとるなよ」
どうやらゼンネルさんも気になったようで、最後にちょっとした苦言を付け足すと、ばつの悪そうな顔をした。
悪い人らではなさそうだけど。まだ子どもなんだろう。
いや、外見十三歳の俺が言ったらぶっ飛ばされるな。
その時森から三匹ほどのアドミラジが顔を出した。
アドミラジはすぐ向かってこず、今飛び出してきた森側を気にしている。
「……あれ、雌だ」
ポツリとケイズ少年がつぶやく。確かに体毛が灰色に近い気がする。
さっき道中に聞いた話では、現在の討伐数は三十から四十程度だと聞いているが、既に雌が顔を出すということは、全体の総数が予定より少なかったのだろうか。
と思っていると。さらに森端が揺れ、茶色の体毛のアドミラジが一斉に飛び出してきた。
「うっわ!」
ケイズが大きく声を出す。確かに十数体の雄のアドミラジが同時に湧いてくると驚くな。ゼンネルさんも一瞬目を瞠ったようだがすぐに落ち着いた。
「おそらくだが雄うさぎの最後っ屁だな。思ったより早かったが、たまにある行動だ。小さい脳で考えた結果、近くのうさぎ共が結集して特攻を仕掛けてきたわけだ」
なるほどなあ。
いやいや、悠長に構えている時間はない。最初に出てきた雌も合わさって、二十匹ほどの群体が一団で襲ってくる。
だが、勝手にまとまってくれたのは俺にとって好都合だ。先制攻撃に一番向いているのは俺だろう。
「最初の一撃は自分にまかせてくれませんか。一団で行動している今なら、俺が一番打撃を与えられると思います」
二人からは相変わらずの視線であり、ゼンネルさんも驚いた顔をした。
「君は今まで『巡』で村まで来てくれただろう。魔状の行使はできないんじゃ?」
「少しは休めましたし、先制の一撃くらいならお役に立てますよ」
なおも思案顔をしていたが、時間の猶予もないことがゼンネルさんを後押ししたようだ。
「わかった。数を減らしてくれるのであればありがたい。無理はしないでいいので、頼めるか」
訓練期間三か月の俺だってガッカリされたままでは気分は悪いし、数少ない実践機会を逃すこともない。
それに。幸い俺の体力はまだいける。
――
ナハセ村で魔獣相手に魔状を行使したことで、色々と分かってきたことがある。
やはり訓練で的に当てるものとは全く経験値が違う。ぶつける対象が明確になるだけでここまで意識が変わるとは。
「心が変われば行動が変わる。行動が変われば……」という言葉があるけどそれに近いドミノ構造かもしれない。
的には急所がない。どこに当てようと的は的だったので、今思えば狙いの絞りが甘かったのだろうし、行使までの過程が実践的ではなかった。
実際は、狙う魔獣から視線を切ることができない。行使の準備をしながら狙いは定めたままでなければならない。
そのことに気づいてから俺は魔獣と魔状への意識を2:8程度の割合に割き、パラレルにタスクを進める訓練を始めていた。
幸か不幸か前世から器用にこなすことに長けていた俺は、この二過程を同時進行することを特にストレスなくこなせることに気付いた。
むしろ、狙いながら行使することをほぼ1アクションで行えることに気付くと、精度も行使スピードも上げることに繋がった。
(貴重な機会だ。試させてもらおうか)
一群全てを視界に入れる。今回も自分の中で最速かつ強度も高い氷弾を選択。
自分の命が懸かった場面だと一番得意な魔状を選択してしまう。前世では命の危機なんてほぼなかったから、やはり信頼できるものを偏重してしまう。一度死んどいてなんだけど。
他の練度も上げなければ、と思いながら、昨日よりも急速に水弾が構築される。今回はアドミラジ単体ではなく一群にまとめて狙いを定めて、貫通させる勢いで撃ち出す。
そのためには、硬く、速く。
今回は極寒の空気を使って撃つ以前に、水弾の状態から見直した。
―氷屋さんの氷は透明で溶けにくく固い。純水を一定方向からゆっくりと凍らせるかららしいが、それは何故か。答えは不純物と気泡の有無である。ミネラル分を含まない純水を使用して気泡が抜けるようにゆっくりと固めれば、バーで提供されるウイスキーに浮いているような美しい氷が出来上がる。
であれば今回は、水の分子の生成から曖昧さを排除し、純粋に水素と酸素を結合するイメージを描くことに注力する。
ゆっくり固めることは不可能だが、気泡を抜けばいいのならば水弾作成時にそもそも空気を含まぬよう方法を変える。個別に作成した水滴を結合するのではなく、一か所に凝縮した水素と酸素を一気に結合して水弾を作る。
速くというのは存外難しい。拳銃の要領で回転を加えれば貫通力も上がりそうだが、そこまでは時間がなく試せてない。
今は硬く鋭利な氷弾を作ることで精いっぱいだった。
――
「うおー……!」
ウィンとケイズが無数の水弾を見て声を上げる。
傍らのゼンネルも目を瞠る。魔状の水弾を見たことはあるが、自分の記憶にある水弾は果たしてこれほど美しかっただろうか。
既にアドミラジまでの距離は二十メートルを切っていたが、構築を開始したヨウを見て今は三人ともに待機の状態を取っていた。
特に年若い二人は魔状のことなど分からない。素養がないので感じることもできない。
しかし、明らかに高水準の魔状が発現したことを、本能が察知していた。
無数の水弾が浮遊する中、ヨウが無造作に、右手を振った。
「氷弾連」
途端、自身さえ数えられない百近くの水弾がうなりをあげて弾き出され、道半ばで急激な冷却によって氷弾となりアドミラジを強襲する。
着弾するや否や、魔獣の身体に黒点ができた。
と思う間もなく、穴から濁った血が間欠泉のごとく噴き出した。
―狂ったように駆けてきたアドミラジ全てからであった。
沈黙。
氷弾連を浴びた後の光景は、惨状と言って差し支えなかった。
ヨウの後ろで成り行きを見守っていた三人は、大量殺うさぎ事件の現場を前にして言葉を失う。
「…………」
いや、もう一人。
惨劇の張本人であるヨウさえ、過失致死罪の被疑者のような顔をして絶句していた。




